前世は聖者、今は破戒僧

@AwayukiShibuki

第1話 破戒僧の一日

 頭痛、胃のムカつき、不快感と共に目が醒めた。身体を壁から離し、凭れながらも立ち上がる。


「うぁ……やべ、結局宿まで辿り着かなかったか。ぎぼじわる……」


 昨日までの記憶が無い。当たり前だ、その日の稼ぎ、その半分を酒と肴に費やした。火酒を呷り、肴を掻き込むように食う。

 その場の判断だったのだろう。人目のつかない路地で眠った。持ち物を確認するが、盗られた物はない。

 腰の括り付けた酒を少し飲み、塩を取り出して舐める。頭痛が少しマシになり、足元がふらつく。しかし、歩けない事はない。

 覚束ない足取りで路地を抜け、大通りに出て宿を目指す。


「ねっむ……。おっとと、あぶねー」


 早朝、大通りに出たは良いが、それなりに人通りは少なからず有る。大きく右へ左へとふらつきながらも人と衝突しないよう足を運ぶ。すれ違う者たちは、その様子から顔を顰めるがそれだけだ。

 当然だ、酒の臭がして、オマケに二日酔いで人相も余り宜しくないと来た。誰だって関わりたくないだろう。何せ、腰に酒瓶を吊るし、帯剣しているのだから。酔った人間は何をするか判らない。それの顔立ちが良かろうと、不機嫌かつ人相の悪さが少し滲み出ているだけで警戒に値する。

 どうにか宿に辿り着き、早朝のため店員と顔を合わせることもなく部屋に辿り着き、雑に武装を解除してベットに倒れ込む。

 これが珍しくない、ロイセルア・メイオンの朝だ。元敬虔な僧侶にして、飲んだくれ破戒僧の冒険者。黒髪に金色の目を持つ、この地方では珍しい特徴を持つ男だ。正確な歳は知らない。推定10代後半。孤児院育ちで優秀な僧侶として育てられたが、酒に溺れて破門の上幾ばくかの路銀を渡され追い出された。そして、酒代と肴の為に冒険者として日銭を稼ぐ生活を送る。

 剣の腕は二流、元僧侶の知識と経験で治療の腕は一流。これが主な収入源になる。破門される前は、まともだったからだ。


「ぅくぁああ……昼か」


 二日酔いの日は、宿で昼まで寝る。それから、町の外で活動できるように装備を整える。町の外は、何と出くわすか分からないからな。

 この世界には、冒険者と呼ばれる、主に町の内外で活動し、採取や納品、狩猟を行う。謂わば何でも屋である。それを組織として束ね、会員制の資格にしたのが冒険者ギルド。本部はどこの国にも属さない自由都市。もう三百年以上前に出来上がった組織だ。

 俺も、そんな組織に所属する、万年Eランクの冒険者。下から三番目の下位冒険者だ。五年前に登録してから、未だにこれ以上はランクを上げてない。理由は……面倒事を避けるに尽きる。俺の実力であれば、もっと行けそうだけどな。

 真面目さ無し、街の中だろうが外だろうが所構わず酒を持ち出す、不安心と不安全の塊。周囲は俺を、酔いどれ剣士、泥酔僧侶、破戒僧などと呼ばれる。真っ当な評価だ。これ以上無い位に相応しく、都合の良い事だ。


「……ッチ。薬草の相場が下がってらぁ。供給しすぎたかぁ? 流石に」


 薬草採取は常設依頼で、十株銀貨一枚。状態が良ければ、更に報酬がプラスされる。しかし、今の相場は銅貨八十枚まで下落している。

 仕方無いので、別の常設依頼も引き受けるしかないだろう。さてはて、何が良いか……。


「ゴブリンか、ウルフだな。それで、酒と肴は買えそうだが。何れも、数を熟す必要があるな」


 遭遇戦、或いは索敵からの奇襲。獲物は限定しない。酒の為なら魔物は選ばない。それが俺のモットー。


「ロイスさん、また酒の話ですか?」


「んぁ? メニラネか、悪いかよ」


 茶髪にモノクル、緑の眼を持つクールビューティーな美女が話しかける。コイツは受付嬢のメニラネ。五年来の付き合いで、最近は俺に話しかける。


「しかも……酒臭い。いつか、近いうちに死にますよ。そんな、頻繁に飲酒すれば」


「それを言ったのはもう三年前だ。俺はそう簡単にくたばりゃせんよ」


 ヘラヘラしながら受け答えをし、腰にぶら下げた火酒を煽るフリをする。

 彼女はその様子を見て、呆れたように溜息をく。


「で、本命は何だ? まさか、そんな小言を言う為に話し掛けに来たわけじゃねぇだろ」


「えぇ。暫く傷薬系統の薬草採取は控えてほしいの。既に、市場崩壊一歩手前なのよ。それの忠告と……」


「そんな!?」


 話の途中で遮るような形で、驚きの声を上げてしまう。そんな俺の声を無視するような形で、彼女は続けてこう言った。


「なので、状態異常回復系統の薬草を納品して頂ければ幸いです」


 よし、まだ宛はあるようだ。酒を我慢するのは、やはり嫌だから。


「しっかしよぉ、前まで結構需要あったじゃねえか。一時的に大量の怪我人でも出たのか?」


「領主軍が盗賊団の討伐に乗り出したので」


「あー、そう言えばそんな募集あったっけ……」


「あなたは、素行に問題があるので紹介はしませんでした。例え目について申請したとしても、私は受け付けませんよ」


「頭の硬い軍人さんと仕事やってられっかよ。そんなもしもは無い」


 息も詰まるし、酒も飲めない。報酬が良くても、拘束が長いからな。偶々、目に入ることは無かったが、有ったとしても参加は見送るつもりだ。


「そうか……ゴミ共の討伐は終わったか」


「ロイセルアさん……?」


「要件は解ったわ。じゃ、毒消しとか麻痺治し採ってくる。もしかしたら、二日酔いに効く薬草があったりしてな!」


「……はぁ、酒が絡まなければ優秀な人なのに」


 ウキウキで仕事に向かう俺の後ろでは、そんなぼやきが聴こえた。だが、気分の良い俺には全く気にならない。

 町の外に出るには、町を囲う外壁の二つの門から出る事以外、例外を除いてないと言える。門はそれぞれ、北北西と南の方向に伸びている道に設置されていて、どちらにも他の町があり、途中に村が一つや二つ存在する。俺が出るのは主に南門。比較的森に近く、薬草が植生する場所が多い。だが、近場は殆ど薬草は採られているだろう。そうなると、どうしても森の深い方へ踏み入る事になる。当然のように、魔物と遭遇する確率も上がる。

 今回は常設依頼の、状態異常回復系統の薬草採取や、モンスターハントを並行的に行う。目的に適したエリアでもある。

 いつもの様に、南門から町の外へ出ようとすると、顔見知りの門番と出会った。


「よう破戒僧! 酔っぱらってると、町の外には出さねぇぜ」


「んぁ? ……ジャン。ジャンじゃねぇか! お前、全く顔を視なかったから心配したぞ」


 ここ最近顔を見なかった呑み友。飲み比べを仕掛けられて知り合った。


「どうしたんだ、何で急に居なくなった?」


「この前盗賊団の討伐があったんだよ。そん時に、騎士団にも少なくない被害が出ちまってな……俺を含む何名か後処理の応援に駆け付けることになったんだわ」


「なるほど、そりゃ姿が見えねぇ訳だ」


「ロイスは相変わらず森か?」


「あぁ、回復薬の需要が落ち着いたからよ、状態異常回復系統の薬草を納品と、適当にモンスターハントするんだわ。最近、回復薬の相場が崩れる手前らしい」


「一時期、需要が跳ね上がってたもんな。頑張れよ、森の中で酒飲むんじゃねぇぞ」


「安心しろ。報告するまで呑まねぇよ。流石にねぇわ」


 どうせやるなら、美味い酒が良い。自殺志願者でもなければな……。


「酒は全て忘れさせてくれる。嫌な夢見も、辛い事も……一時は目を逸らさせてくれるさ。俺にはこれが手放せねぇからよ」


 腰に付けた火酒。そいつに手を掛けながらぼやく。

 ただ飲むために持ち歩いている訳じゃない。魔法の威力増加を図るための触媒や、傷口の消毒、祓いにも使用できる……どこにでも売ってある度数の高い酒だ。こんな使い方するのは俺ぐらいしかいないだろうが、今日はこれを使う事の無いように祈ろう。



 南門から出て、道を歩くと森の入り口が見える。そして、森と道には明確な境界線が有り、領域を分かつ。一歩踏み入れば、空気が一変するのを肌で感じる。

 何だったかな……『森自体に目を向けられる』と聞いた事が有る。それを感じる人間は珍しいし、危険を察知しやすい。ありたいに言えば、ここはそう言う森と言う名の領域だ。

 下手をやった奴から森に飲み込まれる場所。当然のように歩き方もあるし、慣れていれば自然と行動する。それを逆手に取る奴もいる。

 開かれた領域って奴は、全てを受け入れ、全てを吞み込む。

 タブーその一。匂いを振り撒く。

 タブーその二、追跡されやすい痕跡を残す。

 タブーその三、自身の存在を広域的に知られる。

 基本的に、これらはどの領域にいても共通している。

 俺は火酒の栓を緩めて、酒の匂いを漏らしながら薬草を探した……。使わざるを得なかったというべきか。生き物の気配が、少ない……。


「何だぁ? 小動物すら居ねぇな。暫くこれで様子を見るか……」


 せっかく森まで足を運んだのに、薬草採取だけでは採算が合わない。多少危険を冒してでも、魔物を招く必要がある。四半刻(およそ三十分)待っても変化が無い場合は、素直に栓をしよう。そして、早急に離脱する事。

 タブーその四、異変が恒久的に継続する場合は長居をしてはいけない。これだけは絶対に破ってはならない。



 暫く薬草採取に勤しんだ。既に十五分が経過したが、薬草は十分な量を確保できている。ここは薬草の宝庫だから、態々探す手間が少ない。ついでに、俺が必要な分も確保している。下処理も済ませたので、色を付けて買い取ってくれるだろう。

 もう此処に要は無い。直ぐに離脱しよう……とした時、ゾワリとした気配を感じた。


「ッ!?」


 跳躍し、直ぐに近くの木に跳び乗って息を潜める。


「(見られた様子は無い……。気取られた感じはしない。でも明らかに、何かが通り去った気配がある。通り去った……だけだよな?)」


 何れにせよ、危険な状態ではある。脅威が去っただけとは到底思えない。姿は見えないし、不気味過ぎる。


「(過去、こんな気配を感じた事があっただろうか?)」


 記憶を振り返り、該当しそうな現象はない。更に周辺を観察しようとすると、気配が増えた。動物たちや、魔物共の気配が戻った。正常な森へ、変わった。


「ふぅ……帰るか」


 何事も無ければ、それでいい。帰って、報酬を貰って、酒を飲んで寝る。それが俺の、日常だ。

 日が傾き、まだ夕暮れ前に帰る事ができた。森の異変以降、大した異常は認められず、道中は無事な物だった。

 あれは一体何だったのだろう? 山や森は、明確に此方とは違う領域。不思議な事が、一つや二つ有ってもおかしくは無いが……。僧侶だった時にも、領域に関する事も教わったんだがなぁ。詳しい事に踏み入ると、『外典』に手を伸ばす事になるんだよな。要するに、専門外。

 考え事をしながら歩いていると、既にギルドの前に着いていた。


「たでいま」


 受付に着くなり俺はメニラネの元へまっすぐ向かった。


「お帰りなさい、ロイスさん。今日は早かったですね」


「あぁ、ちょっとトラブルが有ってな。いやなに、報告するような事じゃない。念の為モンスターハントはせず、薬草採取だけやって、それで終わりだ。これ、納品分」


 目標の金額には達してないものの、三日分は仕事をせずに住む薬草をカウンターテーブルに置く。量ではなく、質を揃えた物だ。


「ロイセルアさん、つくづく上質な薬草を……こうもあっさりと納品する物ですから、異常な事と思い知らされます。相場を調整する会計担当者達のことを考えてもらえませんか?」


「毒にも薬にもならない雑草を渡すより、断然良い事じゃないか。それにほら……なんだっけ?」


「一株で通常の七割増しの薬品を量産、そのまま調合すれば通常より効能が高めの薬を作れますね。はいはい」


「そうそれ」


「全く……。貴方の存在自体、神の御業……」


「人間の努力だ。そこは間違えないで貰おう」


 彼女の言葉を、被せるように遮る。しかし、若干の棘が含まれる声が出てしまった。

 表情も固くなってしまったので、片手で眉間揉み解す。


「……そうでしたね、申し訳御座いません」


「破壊僧に神様だのって、何の皮肉だよ。これが俺の実力だ。俺には、神様は不要だぜ! ガハハハハッ」


 悪い雰囲気を誤魔化すように、火酒を煽る。メニラネもそれを察して、茶化すように言う。


「絶対に、聖職者相手にそんな事言わないでくださいね?」


「俺、こう見えて信心深い奴は見分けれるから」


 納品した分の報酬を受け取り、その足でギルドを出て酒場に向かおうとしたところ……血の臭がした。気のせいだろうか?


「ロイス! ロイスは居るか!?」


 俺の略称を呼ぶ声がして、入り口に目を向ける。ガタイの良い体に皮鎧を装備した髭面のおっさん。顔なじみの、レグと言うベテラン冒険者だ。

 そいつの背中に背負っている人間を見て、俺の頭が冷めていく。


「急患か!」


 どうやら気のせいではなく、怪我人が発生したようだ。しかも重症。

 知り合いの冒険者が担いできた急患は、所々裂傷が有り、緊急手当が施されている。が、状況を見るに十分な手当を施す猶予はなかったようだ。止血が不完全で、出血を確認できる。


「治療費は後で請求するぞ。おい、そこの広場開けろ! 暇な受付嬢は、毛布と汚れても良いシーツもってこい! 当直、何をやっている?! さっさと造血剤もってこい! この前大量に納品しただろが!」


 一気に酔が醒めてしまい、必要な人員に怒号じみた指示を出す。近くのテーブルに患者を載せ、その全身に火酒を振りまく。傷口の消毒には、治癒魔法を含めた火酒で対応する。感染症や、それに対する後遺症を防ぐ為だ。


「ヒーリング」


 初級治癒魔法『ヒーリング』を、全身に行き渡らせるように掛ける。普通だったら、中級以上の治癒魔法を掛なければならないが、時間が惜しいし、俺の技量なら初級で十分。


「レグ、回復薬はどうした?」


 急患を運んで来たレグに、回復薬の有無を確認する。


「コイツに全部使っちまった」


「俺のを使え。腰に付けてある、ロイセルア印の奴だ」


 指示通り、レグは俺の腰から回復薬を取り出す。ラベルも何も無い、普通の回復薬。だが、市販の物と比べると、クソほど効能が高い特別性だ。別にラベルが貼ってあったりとかはしない、市販の薬品瓶を使いまわしているだけだ。

 レグはそれを、患者の口に当て、経口摂取させる。幸いにして、無意識に飲めるよう訓練を受けた冒険者のようだ。


「……ピュリフィケーション」


 生活魔法『ピュリフィケーション』で血や汚れを綺麗にし、ズタボロの装備を外す。

 運の良いことだ……。革鎧がなければ、痕跡からして三本爪の魔物に骨ごと内蔵をやられていただろう。恐らく、傷口の深さは骨だけで済んでいる。


「相変わらず、初級でこれ程の治療が出来るとは。本当に驚くぜ」


「回復薬を併用すると、ある程度までなら初級で十分間に合う。内蔵まで達してたら、こうも行かねぇ」


 低級回復薬は、効能は回復力を高める事によって軽傷程度しか満足に癒せないが、その分即効性がある。そこへ、補助的に治癒魔法を施すと……回復量は術者の技量や症状に寄って差が出る。最低でも、中級の治癒魔法は保証する。

 俺が調合した回復薬は、治癒魔法を併用する前提で作られている。その為、内容量と回復量は通常よりやや劣るが、治癒魔法を併用した場合に即効性や回復効果を劇的に高めている。

 安い、早い、安全の三拍子が揃った素晴らしく画期的な回復薬! お値段何と通常の回復薬に比べて、材料費だけで三分の二の銅貨七枚!


「ふむ、一先ず峠は越えた。後は造血剤を飲ませれば、大事を取って五日後には活動を再開できるまで良くなる」


「助かったぜロイス! やっぱお前が居ると安心だな」


「金は取るがな。なぁに、そんな高くねぇよ。治療費は……そうだな、快気祝いに酒飲ませろや。そしたら銀貨七枚の所を、銀貨三枚だ」



 通常、あの大怪我は治療院でなければ治せないが、ここには元僧侶の俺が居る。しかも、安いし早い。ギルドからは、治癒院より七割の値段で治療を引き受けるならやっても良いという許可も得ているし、俺はこうして金を使わずに酒に有りつけて稼げるうえに、患者側は安く治してもらえる。まぁ、残りの銀貨分を取れるかどうかは腹の具合と酒の値段による。

 今日の利益を考えていると、やっとギルドの当直が造血剤を持ってきた。


「遅い! 物品の掌握は職員の基本中の基本だ! 俺がいつもここに居る訳では無いと思え!」


「す、すみません!」


 当直の職員は、患者に造血剤を飲ませる。これでもう安心しきっていいだろう。

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