第21話 パーティー壊滅
—1—
今回の実技訓練の想定タイムは1時間。
参考までに10キロマラソンの日本記録だと30分を切ってくる。
神能を持つ血族は一般人と比べて身体能力が高く、それでいて特殊な訓練を受けている為、記録保持者に並ぶかそれ以上の結果が期待できるだろう。
しかし、どこに魔族が潜んでいるか分からない戦場が舞台となると話は変わってくる。
常に周囲を警戒しつつ、前衛や後衛など隊形を維持しなくてはならない。
リーダーである亜紀を挟むようにして前衛が一条、後衛に四宮を配置。
パーティーは亜紀が魔族の気配を探りながら着実に仙台空港までの距離を詰めていく。
オレは万が一の事態に備えてその様子を遥か後方から見守っている。
日々の訓練に10キロ走を取り入れているから走ること自体苦ではないはず。
訓練当初に泣き言を言っていた四宮も涼しい顔で2人を追いかけている。
「前方2時の方向から魔狼が3体来ます! 一条さんは左から回り込んで下さい。正面は私が抑えます。四宮さんは一条さんの援護をお願いします」
「了解」
「う、3体も……」
亜紀の指示で一条が左から大きく回り込み魔狼の横を突く準備に入る。
四宮はやや怯えながらも足を止めて迫り来る魔狼に腕を伸ばして照準を定めた。
「いきます! 3、2、1」
亜紀がカウントダウンを始める。
0になった瞬間、魔狼の足元から氷の盾が出現し、魔狼を空中に打ち上げた。
「今です!」
「
空に投げ出された魔狼に一条の雷が降り注ぐ。
3体の内2体が塵となって霧散した。
雷が直撃したものの瀕死を間逃れた残りの1体は地面に叩きつけられて呻き声を上げながらも近くにいた一条に狙いを定めて地を駆ける。
「
刹那、水の柱が魔狼の腹を撃ち抜き、水飛沫が空に虹を作った。
相変わらず神能の威力が桁外れだ。
「四宮さん、ありがとう」
「うん」
一条に礼を言われて何と返せばいいのか分からなかったのか四宮がこくんと頷いた。
「この辺りに魔狼の群れがいるかもしれないのでこの先はより警戒を強めて行きましょう」
亜紀の実力を持ってすれば下級の魔狼3体くらい瞬殺できるはずだが、今回はチーム戦ということもあってサポートに徹するようだ。
盾は攻撃を防ぐ際に展開するもの。
亜紀はその常識を良い意味で壊した。
一条も俊敏に動けていたし、四宮も的確に標的を射抜いてみせた。
これ以上無い順調な滑り出し。
そう思えたが亜紀のチームも二階堂のチームも誰一人として仙台空港に辿り着くことはなかった。
—2—
——五色響視点。
二階堂さんが放った
「次から次へと鬱陶しいわね。これじゃあ向こうのチームに遅れを取るわ」
訓練開始から4キロ地点。
僕達は魔猿の群れに遭遇していた。
海沿いから北に直線で向かうルートを選んだのだが、千年希望の丘と書かれた看板が立つ緑が生い茂る広い敷地の中で足止めを食らっていた。
二階堂さんが炎の神能で片っ端から魔猿を焼き尽くし、星夜さんが二階堂さんの背後で炎剣を振るう。
八神くんも入り乱れる攻防の中で着実に魔猿を仕留めている。
「クソッ、どうなってやがる! 野良の魔族がこんだけ野放しになってたってのか?」
神能十傑の父が防衛する都市・仙台。
その拠点の1つが今回の実技訓練の終着点である仙台空港だが、周囲全ての魔族を討伐できている訳ではない。
前線で体を張っている父の代わりに魔族討伐部隊が安全区域外の居住エリアを巡回しているが巡回の目を掻い潜る魔族も当然出てくる。
群れ単位で逃げ隠れていたとなると統率していた個体が必ずいるはずだ。
下級ではなく知略型。中級に分類される個体の可能性が高い。
確か名前は『
「八神くん、後ろ!
八神くんの死角から飛び出してきた魔猿に風の刃を浴びせる。
「悪い。助かった」
「うん、数が多いから協力して対処しよう」
「五色、お前なんか変わったか?」
八神くんが僕の顔を見て首を傾げた。
「どうだろう? この間の襲撃で守られてばかりじゃダメだって気付いたんだ。僕も英雄候補生だからね」
「そうか」
「2人とも手を止めるな! 隙を見せれば数で押し切られるぞ!」
星夜さんの声掛けを受けて僕と八神くんは一定の距離を保ちそれぞれが魔猿と向かい合う。
「どこかに群れを統率する知略型の個体がいるはずです!」
声を張り上げて全員に意見を共有する。
「なるほどな。だとすれば話が早い」
「さっきから探しているけどそれらしい個体は見つからないわ。もう、時間がないっていうのに」
交戦しながら周囲を見渡す八神くんと標的が見つからないという二階堂さん。
魔族七将・氷狼のヴォニア討伐作戦に参加する権利。
訓練開始前、二階堂さんと星夜さんはどうしてもその権利が欲しいと言っていた。
その思いが2人の戦闘の原動力になっているのを感じる。
僕も力になりたい。
「状況の変化に応じて作戦を指示する為に必ずどこかで僕達を見ているはずです! そうだな、例えば木の上とか……」
指揮官は盤面を俯瞰して見る必要がある。
軍師級や魔族七将であれば脳内で状況を処理できるだろうが、相手は下級の上位互換。
高い位置から直接こちらを見ているに違いない。
風の盾を展開して攻撃を防ぎながら木々を隈なく見ていくと枝の上に仁王立ちする魔猿の姿があった。
「いた! 全員、木の上です!」
全身黒の体毛に覆われ、胸の辺りに白い三日月の模様が入った個体。
他の魔猿とは見た目もオーラも明らかに違う。
猿というよりはゴリラに近い。
「統率個体を倒せば敵も機能を失うはず」
二階堂さんが両手に炎を纏ったまま魔猿の間を潜り抜けていく。
八神くんも魔猿を食らい、強化した肉体で敵を薙ぎ倒しながら白月猿が立つ木を目指す。
「五色くん、俺たちでここを死守するぞ」
「はい」
僕と星夜さんは後衛として魔猿を2人に近づかせないように壁の役割を担当することに。
僕達が持ち堪えれば二階堂さん達の戦闘時間を確保することができる。
飛び跳ねながらこちらに迫る魔猿。
「
風の盾を横に大きく展開して衝撃に備える。
次の瞬間、背後からポコポコと何かを鳴らした衝撃音が聞こえてきた。
それを合図に魔猿の群れが戦闘を放棄して一斉に散り散りになる。
音の正体は白月猿が胸を叩くドラミングの音だったようだ。
仲間が無事に逃げたことを確認すると背後の木に飛び移りあっという間に去って行った。
「待てコラッ!」
「八神くん、深追いはしない方がいいわ。この辺りは彼等の方が地の利がある。誘い込まれたら終わりよ」
「それもそうだな」
八神くんは熱くなったら目の前が見えなくなりやすいと思われているが、訓練を通して冷静に物事が判断できる視野の広さを手に入れた。
こちらが不利になると分かれば無理をするような真似はしない。
「でも数で優っていたのになんで突然撤退したのかしら。何かを察知して仲間を逃がしたようにも見えたけど」
白月猿が去っていた方角を見つめながら二階堂さんが呟く。
「紅葉! 敵だ!!」
星夜さんの声が届いた頃には二階堂さんは宙に浮いていた。
自動車に撥ねられたかのように勢いよく地面を転がる。
「二階堂さん!」
呼び掛けるもぐったりとしたまま動かない。
ショックで気を失ったのかもしれない。
「
魔狼の進化形態。知略型の中級に分類される個体。
茂みの中から飛び出して二階堂さんを突き飛ばした犯人だ。
「チッ、猿の次は狼かよ」
「八神くん、ダメだ! まともに組み合ったらダメだ!!」
必死に声を上げて八神くんの援護に向かおうとするも遅かった。
「ぐああああああああああああッ!! 腕が!!! 腕がああッ!!!!」
黒焔狼が八神くんの利き腕である右腕を噛み千切った。
肘から下が無くなり、噴き出す血を反対の手で押さえて蹲る八神くん。
悲痛な叫びと悲惨な光景に足が竦む。
黒焔狼は魔狼の強靭な顎と俊敏さが強化されている。
接近戦はなるべく避けた方がいいが、逃げたところで追いつかれるのが目に見えている。
それに早く八神くんを治療しないと命に関わる。
「八神! 俺が時間を稼ぐから紅葉の所まで下がってろ!」
星夜さんが黒焔狼の突進を炎剣で弾き返し、八神くんに下がるようジェスチャーを送る。
が、八神くんは痛みを堪えるのに必死でその場を動くことができない。
「八神くん、しっかりするんだ。肩を貸すからこっちに腕を回してくれないか? その前に止血をした方がいいか。何か縛るものを——」
目の前が赤に染まった。
炎剣が地面に刺さり、星夜さんが仰向けに倒れた。
黒焔狼の爪で腹を裂かれたようだ。痛々しい傷跡が残っている。
「嘘だろ……」
どうしたらいい。
一瞬にしてパーティーが崩壊した。
僕以外の人間が全員倒れた。
相手は中級の魔族が2体。
不意を突かれたとはいえ、神能を宿した英雄候補生の僕達が手も足も出なかった。
短い間ではあるけど厳しい訓練を耐え抜いて技術も戦闘力も上がっていたのに。
僕は守られてばかりだ。
英雄候補生特殊訓練施設に来てからずっとそうだ。
ずっと誰かに守られてきた。
今もそうだ。
『守られてばかりじゃダメだって気付いたんだ』
八神くんに言った言葉は嘘偽り無い僕の本心だ。
でも結果はどうだ?
また守られているんじゃないのか?
人より知識があるから役に立てたと思い上がったのかもしれない。
英雄候補生の中で一番弱いくせに。
「GARURURURURU!」
黒焔狼が僕を見て喉を鳴らす。
このままだとみんな死んでしまう。
僕がみんなを守らなくては。
ポケットに忍ばせていた小瓶に手を掛ける。
『食べると力が湧いてくる魔法の結晶さ。お守りだと思って持っているといい』
那由他さんから貰った赤い結晶。
小瓶の栓を開けて赤に輝く結晶を手のひらに取り出す。
もう残された手はこれしかない。
「神様、どうか僕に力をお貸し下さい」
目を閉じて一気に結晶を飲み込む。
心臓が脈打ち、体内を循環する血液が燃えるように熱くなる。
全身から蒸気が上がり、耐えられない激痛が体を支配する。
「うあああああああああああああーーーーーーー!!!!!!」
僕の意識はここで途切れた。
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