第16話 獣人族と巨人族の絆


—1—


 ——三刀屋亜紀vs爆撃鳥のクロウ、三刀屋亜紀視点。

 兄さんを殺す。爆撃鳥のクロウはそう言った。

 大軍を率いて安全区域を攻めてきた目的が兄さんの殺害であることが判明した。

 『氷騎士』は兄さんが神能の武装化を発動した姿です。

 その姿を知っているということは第一次魔族大戦で何かしらの因縁があったと見るべきでしょう。


「う、ぐっ……!」


 『氷山障壁アイスバーグカーテン』で魔鳥の爆撃を防ぎ、クロウに対しては『氷拳』で応戦。

 神能を同時展開させながら軍師級を相手にするのは骨が折れる。

 私が得意とする神能の極地『広範囲攻撃』で上空の魔鳥の群れを一網打尽にしたいところですが、目の前のクロウがそれを許してはくれない。


 俊敏な動き。

 触れられると大爆発に巻き込まれる。

 氷の神能を外部に発散させる『氷拳』で相殺できているからまだこの場に立っていられるものの、神経が擦り減っているのが分かる。

 とはいえ、ここを通す訳にはいかない。


「なぜ兄さんを狙うんですか?」


 激しい戦闘により周囲の地形が変化した。

 地面に氷柱が刺さり、建物は爆撃で跡形もない。


「ヴォニア様の大切な存在を奪ったからだ」


「大切な存在?」


「氷騎士の血縁者なら知っているだろう。魔族七将・戦鎚のギガス様だ」


 怒気を孕んだクロウの声に思わず飲み込まれそうになる。

 魔族は人々の命を弄び、自身の力を証明する為に破壊の限りを尽くす。

 そう認識していたけれど、その認識は甘かったかもしれない。

 言葉を話し、感情を持つ軍師級の魔族と相対したことで考えを改めさせられた。

 私とクロウで違う点は人間か魔族か、その見た目だけだ。


「ギガス様は差別的扱いを受けてきた我々獣人族にも分け隔てなく接してくれた。獣人族を束ねる王として頭角を表し始めたヴォニア様の力をいち早く認めたのもギガス様だった。巨人族の戦士と謳われるギガス様の存在は我々獣人族にとってとても大きな存在だった。孤高の王だったヴォニア様も絶大な信頼を置かれていた」


「魔族七将・戦鎚のギガス。話には聞いたことがあります」


 兄さんが倒した魔族七将の一将。

 戦鎚を武器に魔族討伐部隊の精鋭を次々に薙ぎ払ったと言われている。

 神能十傑からは父さんと六波羅公士郎ろくはらこうしろうさんが迎え撃ち、六波羅さんが犠牲になった。

 後方支援だった兄さんがギガスを討ち取っていなかったら戦局は大きく傾いていたはずだ。

 それこそ人類が滅亡していたかもしれない。


「友を失ったヴォニア様は大変憤慨している。我々も同じだ。巨人族と獣人族は深い絆で結ばれていたからな」


 クロウが地を蹴る。

 憎しみを拳に乗せて私の命を刈り取ろうと喉元を狙ってくる。

 荒れた大地を踏み締め、私も氷拳を振るう。


「……ッ!」


 先程までとは気迫が違う。

 爆発を冷気で押し返すもクロウの拳から伝わる怒りに体勢を崩される。

 右からの蹴りを氷の盾を展開して防ぐもあっさりと砕かれてしまい、咄嗟に腕を立ててガード。

 勢いで体が宙に浮く。

 クロウはすかさず地面に触れて爆発を誘い、私の足場を奪った。


「子供とはいえ氷騎士の血縁者。容赦はしない」


 クロウが空へと急上昇し、手のひらをこちらに向けた。

 魔力が手のひらに収束していき、空気が騒つく。


「兄さん……」


 思わず口から溢れる。私の英雄の名前。


「エクスプロージョ——」


 技の発動が寸前で止まった。

 クロウが英雄候補生特殊訓練施設の方角を向き、顔を歪ませた。

 刹那、息が詰まるような殺気が襲い掛かる。

 私ではなく、クロウに対して。


「ふ、ふざけるな。これが人族に出せるオーラか?」


 怯えたように空高くに飛び立ったクロウは逃げるように四方の壁まで飛んで行った。


「亜紀!」


「兄さん!」


 東京で会議をしているはずの兄さんと那由他蒼月さんが姿を見せた。

 安堵から張り詰めていた緊張感が一時的に解け、体の力が抜けた。


「よく耐えた。後はオレに任せろ」


 兄さんの大きな手が私の頭を優しく撫でた。

 その瞳に一切の笑みは無く、冷たく凍りついたような目をしていた。


—2—


 ——三刀屋奈津視点。

 東京から宮城県までは新幹線を使っても1時間30分はかかる。

 飛行機だと1時間で宮城まで行けるがそれでも着いた頃には全てが終わっているだろう。

 だからオレは奥の手を使うことにした。


 『氷結縛鎖フリーズドスレイブ』によってオレが奴隷にしていた魔族の力を借りる。

 本来であれば魔族討伐部隊クリムゾンの隊長である那由他さんの許可が下りない限り魔族の使役は禁止されているが今回は緊急事態だ。

 処罰は全てが片付いた後に受ければいい。


「本当に奈津隊員には毎回驚かされるよ」


「すみません、処罰は全てが終わった後に必ず受けます」


 魔狼の進化形態である黒焔狼。

 その背中に乗ってオレと那由他さんは安全区域までやって来た。

 到着してすぐ氷の神能の流れを感じ取ったオレは周囲に殺気を放ち、亜紀と合流することに成功した。

 敵には逃げられてしまったが深追いする必要は無いだろう。

 こちらに向かって来ないということはその程度の相手だったというだけの話だ。


「那由他さん、オレは壁内の魔族を掃討します」


「私は避難場所の安全を確保しに行こう」


「分かりました。亜紀、亜紀は那由他さんと一緒に避難場所に向かってくれ」


「はい、兄さん、ご武運をお祈りしてます」


 2人と分かれるとオレは真っ先に壁上に足を運んだ。

 道中、魔狼や魔猿と遭遇したが漏れなく首を刎ねた。


「奈津くん、やっぱり戻って来ていたか」


「九重さん、大丈夫ですか? 一体ここで何が?」


 九重さんの額や腕からは血が流れていた。

 ここまでの傷を負うとは敵も実力者だったのだろう。


「怪我は見た目よりも大したことはない。魔族七将・氷狼のヴォニアの直属護衛軍と名乗る『三獣士』の2体と戦っていたんだ。ついさっきもう1体と共にゲートを通って撤退して行ったわ」


「そうでしたか。遂に敵も動き出したみたいですね」


「大和くんが危惧していた通りになったな」


 壁内に取り残された魔族はいずれも下級。

 『三獣士』からしてみれば捨て駒に違いない。

 格下であれば掃討するまであまり時間は掛からない。


 今回の襲撃で魔族討伐部隊の隊員、魔族狩人イビルハンター、一般市民から少なくない犠牲者が出た。

 現場の人間によって被害は最小限に食い止められたが、犠牲者の数だけ涙を流す人間が生まれる事になる。


 現実はいつだって理不尽だ。



【第2章 ゲート発生】END

NEXT【第3章 嫉妬と憧れと絶望と別れ】

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