ページ19速い男

 ~黎~


「イテテ……流石に無茶し過ぎました」


 マンションを傷つけない為に窓を割って飛び降りたが……痛すぎる。

 結局窓ガラスは割ってしまったし……後で弁償求しないと。

 地面にまともに激突した為か、銃を持っていた右腕全ての感覚がない。

 多分神経まで潰れたのでしょうかね。

 一緒に飛び降りた虚構物フィクショナリーは消滅したのか、その場には居ないみたいだ。


「……?」


 近くに置いていた銃を拾い、砕け散った腕を押えながら立ち上がると、ふと電柱の近くにあった1枚のコインに気がつく。

 黎はそのコインに近づくと拾い上げる。

 金色のよく使われている一般的なコインなのだが、表には天秤、裏には髑髏のマークが掘ってあった。

 中々不気味なコインですね……。

 って……こんな事してる場合じゃ無かった!

 私は弱った体をなんとか動かし、外壁にもたれかかると、懐から携帯を取り出す。

 携帯を起動させると、電話機能で110番をする。

 そして連絡を終えると黎は急いでその場から離れる。

 ちなみに警察がすぐ突入出来るように窓から飛び降りる際虚物らしい木箱を回収し、封印用の札を貼った。

 多分しばらくしたらあの子の意識は戻るだろうから……そこまで心配は無いですね。

 けど……バイトが無くなったのは……正直痛い。

 これからどう生活すれば……。

 そんな事を考えながら、この傷を治療できる場所へと進んでいく。


 あれから数分経っただろうか。

 腕を負傷しいる為、血がポタポタと地面に落ちてしまわないように、来ていた黒いシャツに染み込ませながら歩いていると近くからパトカーのサイレイ音が聞こえ、咄嗟にパトカーが来る道を避けて裏路地に入る。

 どうやらマンションの方に向かっているらしい。

 早めに通報しておいて良かった。


「……あ」


 生徒の無事が確定して安心していると、ふとある事を思い出す。

 生徒の部屋に乗り込んだ際瘴気が大量だった為瘴気避けに生徒に掛けたコートを置いてきてしまった事を。

 あれ……押収されたりしませんよね……個人的にお気に入りだったのでそれは困るのですよね。

 まぁ災厄、天沢あまさわ刑事に回収してもらえるように虚物の位置情報とメモを携帯メールに残しておいたから……見つけてくれるはず。


「後……ちょっと……っ!」


 順調に知人のいる病院を目指していると、突如視界が少しゆがんで見え、歩くのが困難になってしまい、路地裏の壁際にもたれかかった。

 負傷した腕を見てみると先程より出血の速度が早くなっており、ポタポタと地面に垂れ下がっていた。

 傷口は化膿しており、悪化していた。

 早いところ治療しなければ……参りました。

 どうするかなと考えていると1台の車が止まる音が聞こえた。

 私が倒れている方とは真逆の方な為、車種は分からないがパトカーでは無い事は分かった。

 少ししてドアの開く音と共に足音が聞こえてくる。

 その足音は徐々にこちらに向かっていた。

 しかしその足音を聞いた黎は不安よりも先に安心感と既視感を覚えた。

 少しして私の視界が少しだけ暗くなり、暗くなった先を動かせる限界まで頭を動かす。

 そこには黒スーツに緑色のネクタイをし、ローションでガッチガチに固めたオールバックの前髪からちょこんと少し髪が垂れ下がっている特徴ある人物がいた。

 その人物は爽やかな顔立ちに少し驚きと困惑が見られた。

 アァ……やっぱり聞いた事のある足跡だと思いました。


「おい……おメェ……」

「?……やはり……あなたでしたか……対能力者対策課のエース……速爽はやさわさん」

「……その傷……あ!」


 黎の傷を見た速爽は何か思い出したのか、古臭い昔の人のように手のひらをポンっと叩いた。



「さっき通報お前か!」

「ま、まぁ……はい」

「まぁいいや……ほれ車乗せてやるから病院行くぞ」


 黎が垂れ流していた血の池を踏まずに近づくと立ち上がるのを手伝う。

 そのまま誰かに見られていないかと十分注意しながら黎を乗せ、走らせる。


「流石……一応警察組織に身を置いてるだけはありますね」

「一応ってなんだァ?一応って」

「……いえすみません」


 さすがに禁句だったのか、運転しながら器用にこちらを睨めつけてきた。

 対虚課と対能課はフィクショナリーや能力ギフトを持ったもの達が現れた際に創設された急遽の組織。

 そのため捜査員のほとんどは正式な試験を受けないで入った警察官の為、一般の警察の権限が制限されている。

 その為警察内では偽の警察官と言われているみたいです。


「にしても、おメェなんであのマンションいたんだ?」

「えっと……実はバイトであのマンションに」

「へぇ~……お前も落ちぶれたな」


 言われると思っていたが……相変わらずこの人風の如くにズバッと言いますね。

 おかげで私のライフは今削れましたよ。


「でも良かったです……速爽さんが通りかかってくれて」


 正直あのままだと、大量出血死してしまう所だった。


「良いってことよ……偶然通りかかっただけだし……それにお前とあそこで会えたのは運が良かったよ」


 ん?……運が良かったって……何故?

 そう考えていると、ガシャ!っと機械的な音と共に左手に違和感を感じた。

 その違和感の方を見ると、手に手錠がかけられていた。

 黎は何が起こっているのか、理解出来ず、しばらくフリーズしていると、横にいる速爽から不気味な笑い声が聞こえてきた。


「え?」

「……瘴気侵入に、銃刀法違反並びに建物欠損……そしてお前の関わったじっくり聞かせて貰おうか」

「え、えっとぉ」


 こ、この男最初っからそれが!


「黙秘権を行使shi」

「出来るわけねぇだろうがァ?!」


 待ってましたと言わんばかりに黎の言葉を遮り、黎より大きい声量で言葉を放ってくる。


「黙秘権を使うっつう事はよ何かやましい事を隠したい奴か最近有名な俺職質受けずに拒否ってるのかっこいい〜って思ってる戯けしか使わねぇんだよ、でだテメェは後者はない理由は簡単だテメェはそんなウザったらしくてイキがってる糞の塊見てぇな奴じゃねぇのは俺は知ってるからだつまりだお前は何かを隠していたいんだろぉ?別に黙秘権は使えるがよそんなん使って何になる?なんもねぇよなぁ?!そこでだ貴様が隠したいのはズボンの腰部分に隠した銃に許可なく瘴気の中へと入った罪がバレたくないからだろぉ?!そしてフィクショナリーを倒していいのは免許を持った聖職者だけだ!それを取るのは骨が折れる程の修練をしないと受けさせて貰えない!貴様みたいな探偵が気軽に手に入る物じゃぁない!さぁ話せ!黙っててやる!この件も!あの事件も!」


 圧が、話の圧が!

 この人、エンジンかかるとものすごい速さで話してくるから怖いんですね。

 そしてお願いだからこっち見ながら運転しないでください!お願いです!前を見て!ぶつかる!ぶつかる!!私もあなたの車も!

 た、確かにからの許可なく瘴気に侵入したり、フィクショナリーを退治に銃刀法違反や建造物破壊は確かに悪いですが……。

 ここは早く説得しなければ!


「あははははは!!」


 少し考え込んでいると速爽のバカ笑いが聞こえてきた。


「……あははは!!嘘だよ嘘!」


 重々しい沈黙の中、手錠を掛けた本人が大笑いをすると、黎につけていた手錠を外す。


「今回の銃刀法や瘴気、それに欠損は目をつぶるよ」

「あ、ありがとうございます」

「……あの事件も……もし話す気があったら教えてくれよ?……が起こしたであろう事件」

「……」


 理想犯……その言葉を聞いた私の体が重くなる感覚を覚えた。

 それと同時に私の中で久しぶりにメラメラと赤黎の炎が揺らめいていた。

 理想犯は人の理を無視し、各々の理想を掲げて世界を暴れ回る存在。

 今現在はあるもの達の活躍で全員捕まっている。

 理想犯は全員で10人。


 絶望


 平等


 退屈


 復讐


 異殺


 破滅


 商人


 愛喰


 断罪


 博士


 この中の何人かは捕まっているが、未だに逃亡を続ける者たちがいる。

 メラメラと燃えたぎった怒りを何とか収めるように窓の景色を見つめながらしばらく速爽と他愛もない話をしながら運転していると、病院の近くで渋滞にかち合ってしまう。


「……しばらくかかりそうですね他に道は無いし……少し待ちですかね」

「……それは無いぜ」

「は?」


 黎が「何を言って」を言い始めた瞬間、車がいきなり高速でバックし始め、ある方向に車を向けた。

 しかしその方向には車が走れる道が無く、補強もされてなくなんなら田んぼ畑しかない所だった。

 その時黎は息をひとつ飲み込むと、恐る恐る速爽の方を見る。

 速爽の目はギンギンに開き、まるでエナジードリンクを飲んだのかと言わんばかりの興奮状態だった。


「いいか黎、道は無い……そんな言葉はなぁ」


 その言葉を聞いた瞬間私はめちゃくちゃ嫌な予感がビンビンに反応し、これは危険だと思い静止の言葉をかける。


「あ、あの……ちょ!」

「俺には存在しなぁァァァい!!」


 速爽は黎の静止を最後まで聞かず、アクセルを思いっきり踏みつける。

 次の瞬間、車から物凄いエンジン音が聞こえたと同時に黎の視界に一気に色んな情報が流れ込んでくる。


「いいかァ?!俺にとって道とはな!こういった規則ルールに縛られたものじゃない!俺の言う道はそんなルールに縛られる物じゃない!!俺が道と思えばそれは道なんだよ!!そしてその道には障害なんぞない!全ては越えられる道だァ!!」


 この時黎は思い知った……この人の運転は絶対乗らないと。










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