第52話 教育実習〜三波の場合〜

 他方、三波の教育実習は順調そのものだった。


「……とまあ、本当は反例があるだけどヨ、この問題の出題者はそこに考えが至らないおバカさんなんですヨ。キミたちは出題者という権力者の機嫌を損ねないように、内心ではバカなやつと思ってても忖度して向こうが書いてほしいであろう答案を作成するんですヨ」


 生徒たちはクスクス笑ってる。三波の授業は生活の知恵を中心に幹、枝葉を広げ実に軽快でリズミカルに展開し、生徒に好評だ。


「せんせ〜!」


「ほいほい。」


 三波が呼びかけに応えるとその子は、悪ふざけを始めた。


「我々選手一同スポーツマンシップに則り、正々堂々と協議することを誓います」


あぁ、宣誓と先生をかけたのね。甘い。


「そういう時はな、スポーツマンシップ乗っ取り、勝つためには手段を選ばず、どんな卑怯な手を使っても勝利を得るために奮闘しますといったほうが良いぞ。まあ、そこら辺はおいおい覚えていってくれればいい。」


子供の悪ふざけに大人の本気ジョークを指導する三波。オヤジギャグはつまらないというが、あれは各方面どこにも傷付けずにギャグであるということをわかるようにした記号。能面の向きだけで感情表現をする伝統芸能のようなもので熟練の技なのだ。ガキが考えつくようなネタは一通り全部おじさんは知っててそのうえでオヤジギャグをやっているのだ。おじさんの本気には勝てないのだよキミィ。


 部活の指導も担当した。OBのとびきり面白い先生が来たと部員もワイワイ盛り上がってる。物理部という全国的に珍しい部活だが、三波も中学生の現役時代ずいぶんここで悪さをしたものだ。卒業から8年が経つので当時の伝説を知る者はここには居ない。


 ふと部室の片隅にあるラジコンヘリを見つける。物理部と言いながら高度方向を利用した実験を出来ないのは名折れだと結果を見ると無理筋ながら書類をきっちり揃えて誰も逆らえない形で申請した文化部連合から引き出した補助金で材料費調達したオレサマのおもちゃだ。よし、コイツをパワーアップさせるための超小型三波サイクルエンジンを作ったる。


―――

 図面を拵えて出力を計算するとヘリに仕込む場合最弱で運転してもローターの耐久性に対してパワー超過に陥ることが発覚した。減速機を組むのもめんどくさいので電気変速機とバラストに鉛蓄電池を積むことにする。必要なパーツ一式の図面に落とし込んで、瀬名の店に行くと、酔いつぶれて管巻いてる並木と出くわした。とてもではないがあの天才錬金術師その人だとは思えない。


「おい、どうしたんだヨ。お前らしくない。」


「おれ、もうだめだ。」


「何があったか知らんが、お前は自信持っていいと思うよ。冗談とか掛け値なしに不世出の天才錬金術師だぜ。」


 三波はよく並木をお前こそが天才だと冗談かネタのように言うが、それはネタでもなんでもなく本心からの声だ。


「教育実習の評点が「可」だった。」


「ちっ、冗談キツイぜ。天は二物も三物も与えやがる。不可でないんだろ?合格って事じゃん。お前の才能に嫉妬してるオレから言わせりゃ一つか2つくらい不可でも取りやがれってもんだw」


「そうだよね。可は単位認定されたってことだもんね。」


「ただ、この一科目だけはオレが良以上をいただいて上に立つつもりだ。」


「うまくやってるようだね。」


「仮にお前さんが不可だなんて事になったら、この科目そのものの評価の信憑性、ひいては教員免許状そのものの信用なくすぞ。」


「いや、向き不向きはあると思うよ。やってみないとわからないことだけど、やってみてわかった。僕は教員には向いてないようだ。」


並木はかなりダメージを受けていたようだが、そうこうしているうちにラジコンヘリの部品が出来上がったので受け取っておく。


「仮にお前さんが教員免許状の単位落としたとしても、オレは教員免許状というシステムが並木に付いてこれなかっただけだと思うぜ。んじゃな!」

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