第3話 邂逅

 気まずい。今すぐこの空気を入れ替えたい。

 というか、私は何か悪いこと言った?

 あと、その可哀想なものを見る目は何!?


「……一応聞いておくが、ティアナは龍崇者なんだよな?」

「そうだよ」

「んじゃ、次の質問。今のデライアンは叛徒と戦時中なのは分かってるよな?」

「それくらい知ってるわよ」


 ゼクは目元を押さえて、やれやれと首を振った。

 な、何よ……その反応は何なの!?

 

「……わざと気がついていないふりをしているのか。それとも本当に気がついていないのか」

「ねぇ、その幻滅した目を止めてくれる?割と心を抉られるんだけど」

「はぁ……」


 ゼクの二度目のため息。

 その顔を引っ叩いてやろうと思ったけれど、まだ私の体は動きそうにない。無念。

 私に膝枕をしている少年は、会って初めて見せた真剣な表情になった。


「ティアナ、俺はな——」

『ティアナ様っ!!!ご無事ですかっ!!!』


 この声は——ひっ!!

 (私に)投げられたナイフはギリギリでゼクに弾かれ、地面に音を立てて転がる。

 瓦礫の山に降り立ったのは、雪のような銀髪を持つ私のお目付役。

 美しい美貌も合間って、その姿はまるで天使のようだ。


「フィーナ!!」

「ティアナ様……まずは説明をお願いできますでしょうか?」


 一瞬だけフィーナの顔が歪むと、次の瞬間には無数の光の矢が矛先を向けていた。

 いつもと様子がおかしい。

 普段の余裕たっぷりさが全く感じられない。

 ゼクが頭を優しく撫でながら聞いてくる。

 

「なんだ?あれはお前の仲間じゃないのか?」

「そ、そうだけど……」

「なら、迂闊に反撃はできないな」


 ゼクは左手を天に突き上げる。そして、何もない空中を握りつぶす。

 空中に光が一閃。全ての光の矢が粒子状になって宙を舞った。

 フィーナが驚き——すぐに苦虫を噛み潰したような表情になる。


「化け物がっ……!!」

「化け物で結構。化け物未満の雑魚に負ける義理はない」

「ちょ、ちょっと!!ストーップ!!」


 炎魔法を構築していたフィーナの腕が止まり、ゼクは優しく私の体を起こしてくれた。

 フィーナは一度深呼吸をし、静かに閉じていた目を開く。


「ティアナ様。まず、その男が何者かを教えていただけますか?」

「そうだね。えーっと、この子はゼク……じゃなくてシェル・ライゼク。さっき、空から落ちてきて、傷だらけだったから私が回復させた」

「……空から落ちてきた?」


 疑うのも当然だと思う。

 人が空から落ちてくるなんて、普通の人間は考えないからね。


「本当だよ。それと、フィーナはこの子の名前に心当たりがないかな?多分、空中戦をする部隊だと思うんだけど……」


 フィーナは顎に手を当てぶつぶつ。

 きっと何か頭に引っかかったのだろう。

 私のお目付役兼メイドは、知識の量なら右に出るものはいない……と私は思っている。

 ちょくちょく煽ってくるものの、基本は信頼できる優秀な人物なのだ。

 思考がまとまったようだ。銀髪メイドは深く頭を下げた


「ティアナ様、長考してしまい申し訳ございません」

「ううん、全然問題ないよ。それよりも何か分かった?」

「はい。私の知る名前に一人、シェル・ライゼクという名前を持つものがおりました」


 フィーナを中心に、空中に数百発の炎の矢が再展開された。

 何が起きているのか理解できずに狼狽する。


「ちょ、ちょっと!?それは何の冗談……」


 言葉が喉の奥で詰まった。

 銀髪メイドの顔から表情が抜け落ち、凍えるように冷たい瞳が私を貫いた。

 

「……やはり、ティアナ様はとても変わっていらっしゃいますね。いや、今回の場合は優しさでしょうか?」

「ひっ……」


 いつもとは違うフィーナの笑顔に悲鳴が溢れた。

 “怖い”という言葉で到底は表せない、もっと格上に存在する別の何か。

 フィーナが手を挙げる。何処からか現れた仮面をつけた神官達が私達を取り囲んだ。

 全員が黒いローブを着用。胸元には白い龍の刺繍。昔読んだ本を思い出す。


「音もなく現れ、命令のままに敵を殲滅するデライアンの白い龍。もしや……あなた達が龍神官ですか?」

「流石はティアナ様。博識でございますね」


 フィーナが手を叩いて褒めてくれる。いつもなら嬉しい。

 でも、今はそんな気になれない。

 容赦なく魔法を紡いでいる彼らに叫ぶ。


「どうして龍神官がここに!?あなた達の狙う外敵はここにはいない——」

「いますよ。あなたの目の前に」


 冷たい言葉が私の心を打ちつけた。

 銀髪メイドが短剣を私たちに向ける。他の龍神官もそれにならう。

 私の目の前。男の子は目を逸らし、小さく


「……悪い」


 と呟いた。

 頭の理解が追いつかない。

 銀髪メイドの周囲に浮かんだ炎の矢が音を立てて震え出す。射出準備が整ったのだ。


「叛徒は必ず殺しなさい。それと、台本はこうです。優しいティアナ様は叛徒に騙され」

「ま、待ってフィーナ!!まだ、まだ話し合える。だってゼクは何もしてな——」

「殺された。真実を知る者は消しましょう」


 冷たい命令が発令。殺意の込められた無数の刃と炎の矢が私たちに向けて放たれた。

 

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