第53話 ハンニバルの楔
ハンニバル達が目覚める1日前――
ハンニバルの出現から丸一日、警戒と周辺の調査を終えて『ブルーム』では現時点での危険性は薄いと判断され、警戒態勢は軽いモノに落とされていた。
「カッカッカ。してやられたのぅ」
「今回の件で艦が全て無傷だったのは幸いですねぇ」
果物をシャクるガイダルと、ハッタリにまんまとハマった事に笑みを浮かべるアンバーは沖合より少し港に寄った1番艦に来ていた。
その甲板で軽い申し合わせが行われる。
「あの時は無理をする場面では無かった。結果として軍の統率は乱れず、内々での混乱は最小限だ」
例え結果的にハッタリだっとしても【軍神】が姿を出した上での策ならば警戒する価値は十分にある。
【軍神】は自身が姿を晒す事さえも策の内であり、下手に仕留めようと踏み込めば戦いが終わるレベルの“返し”を受けるのが必定だった。
「何でも、フォルサイ艦長を含める2番艦の船員が魔女を庇ったと聞いていますが」
「その件の聴取は終えている。2番艦は仲間を庇っただけだとな。居るハズの無い、やるハズのないワシらの死角――魔女を潜入させると言うコチラの盲点を突いたハンニバルを褒める所だろう。フォルサイ達に落ち度はない」
「カッカッカ。情報収集をしに来たじゃろうて。その点に関してはワシも謀られた以上、コチラの完敗じゃな」
炎を操る魔女は仕留めたものの、それ以上に【軍神】に情報を与えたと言う事実の方が負債としては大きい。
「なにせ200年も姿が見えなかったのですからねぇ。生きていると考える方が無理がありますよ」
「そうだな。それに、スライムの使い魔……アレも警戒が必要だ」
新たを姿を見せた
「倒れるガレオン船を押し返したと聞いているが、どれ程の汎用性に長けているかは不明だ。警戒度は『巨人』と同じで良いだろう」
「ハンニバルなら色々な搦め手でけしかけて来るだろうね。幸いにもスライムを使う魔女の顔と名前は割れてるから似顔絵を配って兵には特に厳重注意とさせていますよ」
「コレもヤツの手の平の上である可能性も高いな。こちらがソレを知り、進行の手を緩める事を想定しているのかもしれん」
戦争はやり直しの効くゲームではない。兵の命をただの数字と考えた者達は【軍神】を前に尽く大敗している。
兵の一人一人が失われれば戻らぬ命なのだ。その中で生まれる人間性から発生する心。ソレをコントロールする事が【軍神】と対等に戦う唯一の手段である。
「しかし、ヤツは最も大きな手札を切ったのぅ」
「そうですね。姿を隠していれば、大きな罠を仕掛ける事も出来たでしょうに」
この遠征においてハンニバルの事は完全にノーマークだったのだ。魔女の陰に潜み続ければこちらを全滅させる搦め手を確実に決める事が出来たハズ。
『魔女』の掌握が出来ていないのか?
故に手元の戦力を失う事を嫌った?
となれば敵は一枚岩ではない?
今が攻め時か? それとも、コレも罠か?
場の三人は各々でその様な思考を巡らせるが、ふと改める。
こうやって思考の方向性を迷わせるのもハンニバルの策謀か――
「やはり、ワシは艦の制御で精一杯だな」
「私も軍師は向きませんねぇ」
「カッカッカ。ヤツの考えなど分からんよ。ミーハーな姫を除いてはのぅ」
今は、此度の件だけを改めよう。
今回は陸の掌握が完全に出来ていなかった事によるミスだ。やはり、最低限の測量と情報収集をした後に防衛を固め、スピキオ姫を待つのが最良か。
「今は、各々の場を固めるのが最善だな」
「楽しそうだね、提督」
「ああ、長い微睡みから目覚めた気分だ」
「カッカッカ。まことに……いくら関わっても飽きん男じゃわい」
「失礼します!」
と副官が敬礼しながら割り込んだ。
「魔女が襲来! 連絡路の兵士達が退却しています! 殿に『科学戦隊』が対応しておりますが……防衛ラインを街に入る門前まで引き下げました!」
「あちらには4番艦が配備されていたハズだ」
「敵は電流を操り、4番艦は機関を停止させられたそうです! ジドー艦長含める乗組員の面々は艦内へ閉じ籠もり、機関の再起動を試みているとのこと!」
戦艦は避雷機能も高い。扉を閉め切れば雷の直撃も耐えられる。だが『Aエンジン』は停止し、4番艦は航行不能。かなり強い魔女が来たと見ても良いだろう。
特に『Aエンジン』は一度停止するとアンバー以外に起動は出来ない。
「博士、前線だが行けるか?」
「問題ありませんよ。それに危険は無いでしょう」
と、既にガイダルの姿がない。見ると、カッカッカ! と上機嫌に笑いながら海面を高速で駆けて連絡路へと向かっていた。
「ガイダル様が先行してますので」
「ボートを降ろして、海路経由で博士を4番艦へ送ってやれ」
「了解!」
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