第52話 『嘘つき男ぉ〜ハンニバルぅ〜♪』

“さーて、どうすっかなぁ”


 ハンニバルは『夜樹』の枝木の中の最も深い場所にある檻籠の中で、格子に背を預けて座っていた。

 口には拘束マスクを着けられ、両手は木の枷で自由が効かない。更に周囲を監視する様に“デッド・ゴースト”が漂っていた。


 『星丘の樹』から拘束者が来るのは予想できていたが……思ったよりも早いのは想定外だ。しかも、“ゴースト”が使い魔の魔女とはな。ハハハ。上手い具合に“ゴースト”の欠点・・を補ってやがる。

 序列5位【夢鏡】ネムリア。思った以上にこっちの事を読んでる可能性があるな。ソレを踏まえた上で色々と仕掛けたいところだが……


“流石に“ゴースト”相手には無理だな”


 使い魔とは交渉もクソもない。ここに収監されてから三日か。オレ達を捕らえた事は『宮殿』にも伝わってるハズ。もし、オレの想定通りなら――


『嘘つき男ぉ〜ハンニバルぅ〜♪』

“おっと。なんか、聞こえるぞ? ハハハ。遂にオレも幻聴が聞こえて来たか”

『約束を破った君がのうのうとボクの所に来るなんて、なんと愚かで神経が図太いんだ』


 ハンニバルへ念話を送るのは彼よりも昔から『夜樹』に収監されている“魔女”――


“ソレがチャームポイントの一つでね。だからお前も信用したんだろ? それにまだ“嘘”と決めつけるのは早合点だぜ、メイカー”


 序列1位のメイカーだった。彼女は200年以上前にハンニバルが『宮殿』へ就任する際に彼とナギによって囚われたのである。

 現在は“デッド・ゴースト”を通して・・・ハンニバルへ念話を送っていた。


『“信用”と言う言葉は君の口から出る言葉の中で最も疑い深い。二度も騙されたボクが言うんだ。何よりも信憑性があると思わないかい?』

“ハハハ、ごもっともだ。だが、冷静に考えてみてくれ。国の状態が変わってないのに、お前を出したとしてもすぐに捕まって、根っこ・・・に逆戻りさ”


 メイカーの収容先はハンニバルとは真逆。

 『夜樹』が伸ばす根の深くに肉体は絡まる様に囚われている。意識は周囲の“動物”や“使い魔”を介して会話しているのだ。


『ボクが捕まると思うかい?』

“実際捕まってるじゃねぇか”

『それは油断したからだよ。それと君の口八丁に乗せられただけさ』

“人生に、たられば、は無いぜ。どこで成功しようともミスをしようとも現状が全てさ”

『なら、君は大きなミスを犯したんだね。こーんな、所に無様に捕まっちゃってさ』


 フフフと嘲笑する様な笑い声が不気味に響く。ハンニバルは肩を竦めた。


“メイカー、オレをここから出してくれ”

『やれやれ。君はどれだけ愚かなんだい? ボクが君を助けるとでも?』

“言ってみただけだ。もしかしたら、200年の間で少しは慈悲の心が芽生えたかと思ってよ”

『フフフ。慈悲など何も役に立たない。お母さんも馬鹿だよねぇ。ボクが自由なら『帝国』が『ミステリス』に入る事なんて出来なかったのに』

“あー、ってことは『リヴァイアサン』との“契約”が切れてたのか”


 メイカーを捕らえてから調べて分かった事なのだが、コイツは自主的に『リヴァイアサン』と“契約”し、『ミステリス』の周辺海流を操作させていたのだ。知ってるのはオレだけ。


『数年前に彼も代替わりをした様でね。今は世界で最も深い海の底で静かに隠居してるさ。フフフ。今回の件で【国母】様はボクが如何に『ミステリス』を外界から覆い隠してきたのかを知っただろうさ』

“じゃあ、お前。『内通者』が誰か分かってるだろ?”

『もちろんだよ。でも、教えなーい』

“ハハハ。なら、それでも良いさ”

『相変わらず、君はつまらないねぇ。置かれている状況を理解しているのかい?』

“現状は焦ってもしょうがねぇ。あたふたして状況が改善するならそうするが、そうじゃないなら体力と思考の無駄さ”

『なら、『ブルーム』奪還作戦がどうなったのか。気になるんじゃないかい?』

“スゲー気になるぜ。教えてくれるのか?”

『とか言って、大体は察しているのだろう?』

“まぁな”


 眠っている間に処刑されずにオレを拘留している時点で結果は予想出来る。問題は――


“誰が死んだかだな”

『フフフ。実に面白い結末だよ。いやはや、比喩ではないね。“神”の名を称号に持つ者は』

“今更か? お前はもっと早くにその事実に気づいてたハズだぜ”

『ああ、そうか。君は【軍神】だったね』

『ハンニバル』


 すると、別の念話が二人の会話に割り込んで来む。

 それは『夜樹』の最も高い地点に停まった“ヤタガラス”を介するナギからのモノだった。


『おや、ナギかい?』

『メイカー? 随分とヒマな様だな』

『君とハンニバルのおかげでね。それよりもボクの序列は君よりも上なのだけどね。敬意は無いのかい?』

『罪人に敬意など必要あるものか。【国母】様を殺す手助けをしたお前は特にな』

『相変わらず、つまらない女だ。ふぁ〜。君と話すと眠くなってくるから、ボクは一眠りするとしよう。じゃあね』


 と、周囲の“デッド・ゴースト”からメイカーの気配が消えた。


『ヤツと何を話していた?』

“昔の事でオレを嘘つき呼ばわりだ。まだ“嘘”になったワケじゃねぇのにな”

『私の目から見てもお前に信用できる要素は僅かしか無い』

“ハハハ。じゃあ、その嘘つきに何の情報を持ってきてくれたんだ?”

『…………』


 ナギの黙り込みでハンニバルは、己の予想が的中したと察する。


『ハンニバル。お前が前に私に語った……『ミステリス』を救う方法を【国母】様の前で話せるか?』

“何が起こってるのかを先に教えてくれ。上位魔女三人による『ブルーム奪還』はどうなった?”

『……お前の言う通り、待機し直接見ていた』


 ナギはその戦いを僅かにも損なう事なく語り出す。

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