第43話 フルパワーァァァァ!!!

 制圧した港街で破壊を間逃れた資材は貴重な物資だった。

 港の端に係留されていた大型ガレオン船もその内の一つであり、後にアンバーが改造する事で戦力として使う予定だった。

 船体は縄で固定していたのだが、吹き抜けた突風は思いのほか強く、縄が切れてしまいカッター会場へと倒れてくる。


「退避しろ! 逃げ切れない者は海に潜れ!」


 フォルサイは倒れてくる僅かな間でも可能な限り声を上げて一人でも多く適切な判断を取らせていた。

 ボートを漕いでいた兵士達はオールを捨てて海に飛び込む。しかし、フォルサイ本人は指示を飛ばす事で行動が遅れ、


「艦長!」


 部下の叫び声が響く中、逃げ切る事が出来ずにガレオン船に押し潰された。






「…………?」


 フォルサイは自分の最後を覚悟したが、不思議なことにまだ生きていた。それどころか、ガレオン船は自分を押し潰す手前で停止している。


「……! キャスト!?」


 見ると、キャスが倒れる根元に近い部分を押すように両手で持ち上げて塞き止めていた。

 本来、そんなモノでは止まるハズがない。しかし、実際には横転が止まっている。


「なんだ!? キャストか!」


 ガレオン船の被害範囲から泳いで離れたハンク達は海面に上がると様子を捉える。

 至近距離のフォルサイにしかソレはわからない。半透明の何かがガレオン船の横転を押し止めている。


「んぐぐぐ……半透明じゃ無理か……バエル! 持ち上げて!」


 そして、その“使い魔”の姿があらわになる。

 ガレオン船の側面へ纏わりつくほどに巨大なスライム――バエルは視認できる程に姿を明確にすると、更に体積を増していき横転を押し返し始める。


「フルパワーァァァァ!!!」


 キャスの声に呼応する様に彼女の魔力を得たバエルはキリッっと目に闘志を宿すと身体が淡く光り出して行く。そして、船体がゆっくりと元へ――


「どぉぉぉおおりゃぁぁあ!!!」


 戻るどころか反対側へ転がる様に大きく横転した。ガレオン船は、ずぅぅぅぅん……と音を立てて沈黙する。


「ぜぇ……ぜぇ……」


 船底をこちらに見せて倒れるガレオン船の前で肩で息をするキャス。その横に、ミニマムサイズになったバエルが寄ってくる。


「バエル、ありがとね」

「♪」


 肩に乗せてお礼を言うと、嬉しそうに流動する。


「……キャスト」

「あっ」


 フォルサイに声をかけられてキャスはようやく、自分が何をしたのか気づいた。


「な、なんだろなー! がむしゃらに押してみたらー、なんかー、向こうに倒れたぞー! 不思議だー!」

「……ふっ、それは無理が無いか?」


 キャスはフォルサイが笑った様子に逆に驚いた。その時、


「フォルサイ艦長! 離れてください!」

「げっ……」


 事を全て見ていた警邏隊が銃を構えながらキャスを包囲し始める。






 どうしよどうしよどうしよ! 煙玉……ウォっ!? 湿ってダメになってる!? あぁ……どうすれば……ハンニバルさーん〜


 警邏隊は、キャスを捕らえようと銃を構えながら近づく。“使い魔”は『魔女』の声で動く事は周知。キャスが何か喋ろうなら、そのまま射殺も視野に入れていた。


「待て」

「フォルサイ艦長?!」


 すると、フォルサイがキャスの前に立ち警邏隊の射線を遮る。


「何をしているのですか!」

「教官、危険です! 離れてください!」

「おいおい! お前ら待て待て!!」


 すると、カッターのBチームの面子は海から上がり、濡れたまま走り寄ってきた。


「ソイツは俺たちのチームのキャストだ! 仲間に銃を向けんな!」

「何を言っている!」

「お前らにだ! しかも、艦長が前に居んだぞ!? 誤射であの人に当たったらどうする! とりあえず銃口を下げろって!」


 すると二番艦の乗組員達が、艦長に銃向けんな! おめーらにケーキ作れんのか!? とドカドカ乱入してきた。その様子にキャスは素直に驚いていた。


「キャスト。君の名前は?」


 フォルサイが背を向けたまま聞いて来る。


「キャスレイ・バエル……」


 あまりに自然でキャスは思わず本名を伝えた。フォルサイは少し沈黙し、


「母の名はルゥレイか?」

「! なんで……お母さんの事――」


 その時、ゴォ! と無数の火の玉が場に降り注ぐ。それは、銃持った警邏隊員を優先して攻撃していた。


「!?」

「熱ちち!!」

「海に飛び込めぇ!!」


 混乱していた場は一気に火から逃れる為に海へ向う。その奥――一人の兵士がヘルメットを捨てながら走ってくる。


「イフリート! キャスを護れ!」


 人型の炎が現れると、フォルサイへ襲いかかる。


「キャスレイ。何が何でも生き延びなさい」


 フォルサイはそれだけを言い残すとキャスから離れ、イフリートの追撃から逃れる様に海に飛び込んだ。


「キャス! 逃げるわよ!」


 そのままキャスの側まで走り寄るとその手を取り走り出そうとするが、彼女の関心は海へ飛び込んだフォルサイへ向いていた。


「フォルサイさん!」

「キャス!」


 リタはキャスを無理やり自分と視線を合わせる。


「あんたの仲間は誰!?」

「リタさん……」

「何言われたのか知らないけど、今は逃げるのが先よ!」


 ここは敵の本拠地のど真ん中で一番奥地だ。すぐにでも離れなければならない。


「…………行くよ、バエル」


 リタさんの言う通りだ。今は……逃げなきゃ!






「……プランBしかねぇか」


 コイツはまだ切りたくない手札だったが……キャスとリタの二人を失う方が痛手だ。


 大型ガレオン船を“バエル”を押し返す場面を見ていたハンニバルはその時点で即座にプランBの動きを取っていた。

 向う先は今では望遠施設となっているラシルの廃屋敷である。

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