第42話 良い人なんだよね

「……」


 帝国の思想。

 リタはリアンの考えを聞いて少しだけ感銘を受けている自分がいた。

 世界の事など今までは全く考えた事はなかった。そもそも、『ミステリス』以外で生きるなどあり得ない選択肢だ。


「……これが、私達と『帝国』との違い……」


 視野の広さ。歴史の深さ。

 リタは悲劇的な事が深く記憶に刻まれると理解している。『帝国』の歴史はまさにソレだ。

 傷を受け、治し、また怪我をして、治して……そうやって国としての形を強固にして行ったのだろう。

 そんな百戦錬磨の『帝国』に対して『ミステリス』は肌の綺麗な赤ん坊もいい所だ。


 無垢で戦いを知らない国。唯一の傷はハンニバルによる【国母】様の暗殺未遂。

 ソレを肯定する事は決してあり得ないけれど……国を護るなら内側だけではなく外側にも目を向けなければいけなかった。


「…………」


 それでも、ハンニバルはこの戦争に“勝つ”つもりでいる。その方法は私では想像さえも出来ないけど、全てが終わった時、『ミステリス』は今度こそ変わらないといけないのかもしれない。


「ん? バエル?」


 リタはカッター勝負を横目に通り過ぎると、そろそろキャスと合流する距離感になってきた所で、半透明になっている“バエル”を見つけた。

 魔力を察知しなければ素通りしていただろう。


「♪」


 “バエル”は一度、ぽよん、と跳ねると建物の扉の下隙間から中へ入る。リタが扉に触れると鍵は開いていたので中に入った。すると、


「ふぇっくしょ!」

「……アナタ、何やってるのよ」


 そこには上着を脱いで水を切る様に絞るキャスが居た。


「あ、リタさん! やっと通りかかってくれたぁ。海に落ちちゃって……イフリートで乾かしてぇ……ふぇっくしょ!」


 リタは、やれやれと呆れながらも軽く熱してキャスの服を乾燥してあげた。






「『強化兵士』だぁ?」


 その単語を聞いたソイツは怪訝な顔を作る。


「おう。上陸戦の時、オレ艦内作業でな。魔女は逃がしたみたいだが外は圧勝だったって聞いてる。『強化兵士』が居たかと思ってな」

「一つ聞いても良いか?」

「なんだ?」

「その『強化兵士』ってのはなんだ?」


 その言葉にオレはヘルメットを目深にかぶる。


「200年前にあった『帝国』と『連合軍』の戦いで顔を出した特殊な兵士の事だ」

「ああー。そういや、そんな兵団が居たって習ったな。お前歴史ミリタリーヲタクか? 『強化兵士』は半分都市伝説みたいなモンだろ」

「……生物の遺伝子を取り込んでその能力を使うって噂だけどな」

「ああ、バイオ手術の事か?」

「バイオ手術?」

「再生力の高い生物の細胞を患部に取り込んで、完治させる手術の事さ。確かアンバー博士が第一人者で走ってて、『帝国』でも一般化してる。てか、知ってるだろ?」

「色々と陰謀めいた事を調べるのが趣味でね。もしかしたらバイオ手術の大元は『強化兵士』に繋がってるんじゃないかと思ってな」

「だとしたら、俺は電気ウナギと融合させて欲しいぜ。電流を自在に使えたらマジで最強じゃん?」

「ハハハ。そうだな【魔拳神】を除けば戦場じゃ一番強いかもな」


 オレは適当に話を切り上げて離れる。

 『強化兵士』はもう作られてない。しかも兵士でさえ忘れるほどに形骸化しており、存在しない形になっている。


「……アイツは飯と洗濯だけを繰り返す人生を送れたかねぇ」


 天那の隣がオレでなくても、武器を置いた生涯を終えたと思いたい。

 今の歩みは自分で選んだ道だ。だからこの寄り道はここまでにして、戦争に戻るとしますか。






「いやー、ホントさ! あたしも切り札の一つを切らなきゃいけないなんてね!」


 キャスは建物の中で参加賞のクッキーをリタと食べながらカッター勝負の顛末を語る。


「それで、泳げにないの始めて知った」

「キャス……アナタ。相当危ない橋を渡ってたわよ」


 クッキー味を忘れるほどにキャスの行動は危険であるとリタは肝を冷やす。

 敵のチームに混ざって勝負をするなど危険も良いところだ。下手をすれば全て明るみになり、今頃蜂の巣を突いた騒ぎになってただろう。


「でもさ。みんな……良い人なんだよね」


 キャスはクッキーを食べながら、“バエル”にも一つあげた。“バエル”は体内にクッキーを取り込むと、しゅうぅぅ……と蒸発させて“♪”と機嫌よく流動する。


「なんか……敵って感じなくて……あ! 別に戦うのが嫌になったってワケじゃないよ!」

「……私も、『帝国』全体が悪意をもってこんな事をしているとは思えなくなってきた所よ」


 キャスの考えにリタも少しばかり共感できる。今後、二人はフォルサイやリアンと本気で戦えるかと問われれば即答は出来ない。

 彼らの“信念”は自分たちの戦意など容易く呑み込む程のモノだったから。


「……ハンニバルさんは毎回、こうやって相手の事を知った上で戦ってたのかな?」


 勝つためには相手を知る必要がある。しかし、それは相手の事情を全て把握した上で叩き潰すと言う事だ。

 そんな戦いをハンニバルは何度も何度も繰り返して勝利してきたのだろう。一体、どんな考えを持っていれば戦い続ける事ができると言うのか。


「……キャス。今回、帝国の人たちと触れ合って感じた事は胸の中に収めておきましょう」

「……そうだね」


 彼女達は勝つために潜入したのだ。ここで生まれた縁はきっと戦場では意味をなさない。

 フォルサイとリアンとの関係はどこまで行っても“敵”でしか無いのだ。


 と、オレンジ色の光に室内が染まり始める。


「そろそろ夕刻ね。行きましょう」

「そだね。バエル、行こ」


 キャスの腕をつたって“バエル”は彼女の肩に乗り、共に外へ。その瞬間だった。


 『ブルーム』を定期的に駆け抜ける唐突な突風。キャスとリタは建物を挟んでいた為に少し服が浮く程度だったが、



「全員、退避! 退避!」

「急いで離れろ! 倒れてくるぞ!!」


 破壊を間逃れたガレオン船の固定が切れ、カッター勝負をしている会場を丸々押し潰すように横倒しに倒れてきていた。


 そこには決勝戦をしていたBチームと避難誘導をするフォルサイの姿も――


「! 待ちなさい、キャ――」

「バエル! 皆を護って!!」


 キャスはヘルメットを取ると迷わず飛び出し“バエル”にそう命令した。

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