第57話 さぁ、鳴らしていこう 合奏【8月】

夏休み終盤。今年は、やたら早く感じた。

毎日必死になって、教えたり聴いたり……俺も一緒に高校生活を送らせてもらっている気分だった。

でもその忙しさが、とても心地よかった。


8月下旬、秋の気配なんて少しも感じない、ジリジリとした暑さ。

セミも相変わらず元気だ。

――今日は、夏休み最後にして、特訓の成果を見る大事な日。

この合奏を見るのが楽しみで、こんな早くに学校に着くとは思わなかった。


俺は部室のドアを開け、熱気がこもった空気にむせながら、エアコンを風量MAXでつけた。


「おはようございます!」

「先生、おはようございまーす!」


しばらくすると、カランカランと楽器ケースにつけたキーホルダーの音とともに、続々と部員たちが入ってきた。

なぜか、みんな顔つきが凛々しくなったような、そんな気がした。


入ってくるなり、何の声掛けもなしに、それぞれが音出しの準備を始める。

吉川は、この前教えた、スティックを使った手首のストレッチを早速やってるな。


秀:「よっす!今日もあっちーな!」

小野里:「おはよ〜!今日は合奏だね!」

金子:「おはよ!なんか私が緊張しちゃう〜」


俺もだが、今日来てくれたこの3人も、今日の合奏の仕上がりを楽しみにしているようだ。


「よし、一旦集合。ミーティング始めるぞ」

「はい!!」


俺の声掛けで、全員が集まる。

その表情は少し固い。合奏を控えてたら、無理もないか。


「今日の午後イチ、最後の合奏だ。これが本番だと思って、臨んでほしい。俺もコーチも、同じ気持ちで見てる。いいか?」

「はい!!」

「……ただし、一番大切なことは、何だと思う?はい、吉川」

「はいっ!『楽しむこと』です!!」

「正解!分かってるなら、大丈夫だ。最後の仕上げ、入念にな。分からない、不安なところは残しておかないように。解散!」


吉川は、ニコニコして答えた。それと同時に、笑顔の輪は部全体に広がった。

こういうのを“青春”っていうんだろうな。

俺は、午前中は各パートの練習観察と、吉川の練習の大詰めといくかな。



――お昼休み後の音楽室


7脚のパイプ椅子、ドラムセット1台、指揮台1つ。

それぞれの譜面台にセットされた、使い込まれた紙とペン。


「準備は出来てるな。じゃ、頭からいくぞ」


俺は深呼吸してから指揮棒を持つと、みんな楽器を構えて、振り上げると同時に大きく息を吸う。


「さぁ、鳴らしていこう」


この夏最後の、合奏が始まった。



――曲、冒頭


最初は冷静に聴いてみるか。

……頑張ってきたことは、本当によく分かる。

この特訓期間が無駄じゃないって、この音を聴けば誰でも頷くだろう。

でもやっぱり、個人の実力差が浮き彫りになるな。


まだ緊張もあるのか、全体的に音量も音の伸びも、足りない。

吉川は、以前より正確性は上がった気がするけど、まだテンポが走ってる。

3年生以外は、譜面やチューナーから目を離さないな……これだと、アイコンタクトがとれない。


でも俺は、こういうバラバラな音も“生きてる音”って感じがして、嫌いじゃない。


(秀:これは、みんな……相当緊張してるな。いつもの音じゃない)

(小野里:木村さんも、珍しく肩に力入ってるかも…)

(金子:詩音ちゃん、みんなも…頑張れっ!)


「はい、お疲れさん。みんな、だいぶ成長してる。すぐ分かったよ、本当にすごい。成長をここで止めないために…今度はもう1回、頭からゆっくり丁寧に、詰めていこう」

「はい!!」

「んじゃ、いきまーす。4カウントで入ってきてね」


俺は、指揮棒で譜面台を、カンカンと4回叩いた。


曲の冒頭、木管のハーモニーが綺麗なシーン。

もっと音にハリがほしいな……


「木管!腹に力入れて!そうそう!良い感じ!」


気がついたら、俺は指揮棒を振りながら叫んでいた。

それに必死に応えてくれる部員たち。

顔を真っ赤にしながら吹く1年の菅野。

真剣な眼差しで、俺をじっと見る3年の斉藤と木村。


(小野里:木村さんの音、前より表現豊かになったなぁ…)

(金子:詩音ちゃん…!ちゃんと指揮に合わせて、修正出来てる!すごい!)


俺も、応えてくれたら、返さなきゃ…だよな?

どうすればいいか、よく分からないけど、でも……


「木管!そのまま頼むぞっ!」


笑顔とその言葉が、自然と出ていた。

部員たちは、奏でる音で返事をしてくれている、そんな気がした。


次は金管の魅せ場、特にペット(トランペット)には頑張ってもらいたいところだ。

学の指導がどれだけ効いたか、見ものだな。


――パーン!


その時、俺は一瞬、誰の音か分からなかった。

でもたしかに、1年の大山が、高らかにベル(音の出る口)を上げていた。

そんなに綺麗で澄んだ音、出せるのか……

俺はもっと、その音を聴かせてほしくなった。


「ペット良いぞ!もっと鳴らせ!」


俺は全体を盛り上げるように、身振り手振りでみんなの音量を加速させる。


(秀:何だ?あの音……学が教えたのか?こんな短期間で――)


そして金管が静かになったタイミングで、今度はドラムの目立つシーン!

ってあれ?あいつ、もしかして……


「イチ、ニー、サン、シー!」


本番では、口に出すなって言っただろ!

まぁ、おかげで少しはテンポキープできてるようだけど。

いや、でもまだズレてる。ちょっと速い。


「吉川!俺の指揮、よく見ろ!カウントは小声でな!」


吉川は力強く頷くと、俺の方をよく見るようになった。

初心者でちゃんと指揮見るのは、相当難しいのに…本当によくやるな。

ちゃんと譜面、読み込んでる証拠だ。

……なんだか、胸が熱くなってきた。


(秀:なんかすげー亘、嬉しそうだな…)

(小野里:亘くんって、あんな表情するんだ)

(金子:みんなで創る音楽って、最高…!)


さて、ここからクライマックス。

全体の音量をクレッシェンドして、最後のハーモニーでバシッとキメる。

俺の指揮棒も、みんなの勢いに乗せられて、弾むようになってきた。


……っ!?

盛り上がってきたところで、また吉川がフィルを――

全く、天才かよ。俺も負けてらんねぇな。


フィルを挟んで、木管も金管も、フルパワーを出してきてる。

またそれにつられて、フィルが入る。

まるで“化学反応”のような、“共鳴”のような……

これはラスト、いい仕上がりになるぞ。


「ラストー!鳴らしていけ!!」


全力のハーモニーが響き渡る。

――そして俺が拳を握って、終演。


気がついたら、俺も部員も、肩で息をしてる。

音楽室に、みんなの呼吸音だけが残った。

一気に静まり返る。


「……楽しかった、よな?」


俺は冷たい床に座り込んで、汗だくの顔をタオルで拭いて、出たひと言がそれだった。


「ものすごく、楽しかったですっ…!!」

「私も!楽しめました!」


涙なのか汗なのか、よく分からないが、みんなとびきりの笑顔だった。

部員たちはお茶を飲みながら、肩を抱いて喜んでいた。


秀:「お疲れ!お前、随分楽しそうだったなー?」

小野里:「ほんとに!すごい穏やかな顔してた!」

金子:「でも分かるなぁ〜みんな、すごい成長ぶりだもん」


「あぁ、お疲れ。お前らのおかげでもある。…ありがとう」


俺は疲れなのか興奮からなのか、両腕の震えが止まらなかった。

でも、自分がプレイヤーだったときには、絶対味わえなかった、この感覚。


俺がみんなの“青春”に少しでも、手を貸せたのなら……もう、新たな“夢”は叶ったのかもしれないな。



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