第56話 何のために叩くのか 1年生【8月】

「メトロノームに、全然合わせられない…」


真夏の楽器室。

小さなエアコンしか無いから、汗が止まらない。

スティックを握る手も、滑りやすくなってきた。


譜面台には、亘先生からもらった基礎練の楽譜。

やっと読めるようになって、ドラムを叩いてるけど…テンポがどうしても合わなくなる。


パーカスは私だけで、正直、心細い。

それに、私のミスで、全体に大きな影響が出るのは分かってる。

……でも、やりたくなったんだ。

先生のドラムが、かっこよかったから!


「おーい、水分補給してるかー?」

「先生、お疲れ様です!水分補給してきます!」


ちょうど良かった。私は、大きな水筒を手に取る。

水分補給したら、先生にテンポキープのこと、相談してみよう。


「楽器室、暑いよなぁ。もうちょい空調、どうにかなんねーかなぁ」

「ほんとに暑いです……」


なんか今日は、先生機嫌良い?なんでだろう。

とりあえず、早く、聞かないと!


「あの!先生に聞きたいことがあるんですけど、いいですか!?」

「お、積極的でいい心がけだな。で、何だ?」

「テンポキープが、全然できなくて…どう練習したらいいか、アドバイスください!」


先生は、目を丸くして、驚いた顔をしてた。

右手に持っていた水筒を机に置いて、先生が私の方を向いた。


「もうこればっかりはな……身体で覚えるしかない。俺が昔やってた方法、特別に教えてやろうか?」

「えっ!知りたいです!!」


先生はニヤッとして、楽器室へ向かう。

その背中は、私にとって“憧れ”であり、“信頼”の証だった。


先生は何も言わずドラムセットのチェアに腰掛けて、置きっぱなしにしていた私のスティックを両手に持った。

まさか、先生の実演…!?観るのは久しぶりだ。


「いいか?メモ取っておけよ?」

「あ、はい!お願いします!」


私は慌てて“パーカスメモ”を取り出し、ペンを構える。

先生はメトロノームを鳴らし始めた。


「このメトロノームを聴くだけじゃなくて、自分の口でも叩きながら言うんだよ。言い方は何でもいい。イチ、ニー、サン、シーでも、ワン、ツー、スリー、フォーでも」


たしかに、今まではメトロノームの音と振り幅だけで、リズム取ってた気がする。

そっか!口に出すことで、自分が叩いてる楽器の音と、拍の位置が分かりやすくなるのか!

1拍目は、シンバルとバスドラ……3拍目は、スネア!


「その顔、もう分かったって顔だな?」

「はいっ!多分……」

「多分じゃ困るぞ。合奏では声に出すなよ?あ、あとは――」


先生は、8ビートをかっこよく叩いて、最後のシンバルを豪快にシャーンッ!とキメると、私を見上げてスティックを手渡した。


「あっ、えーと…」

「目いっぱい、楽しむこと!」


その時の先生の瞳は、ドラムセットの金属に照らされて、とってもキラキラしてた。

先生が笑ってくれると、私は何でもできる気がした。


「はいっ!!」


私は、先生から渡されたスティックをギュッと握りしめた。

絶対、絶対上手くなる…!先生を驚かせるくらい!!


その後、ひたすら基礎練用の楽譜を、カウントを声に出しつつ練習した。

声、両手、両足……全部違う動作、これを普通にやるって本当に難しい。

でも私はひとつ、コツを掴んだ。


「難しい〜!けど、拍と楽器のタイミングで覚える!――イチ、ニー、サン、シー!」


あと、先生が言っていた“楽しむ”ことを忘れずに!

身体全体を揺らしながら、叩くドラムは本当に楽しい!

私は気がついたら、メトロノームを見なくても、ある程度テンポキープできるようになっていた。


「吉川。基礎練用、飽きただろ?こっちの、合奏用やってみ。きっともっと、難しくて楽しいぞ〜」

「えっ!?も、もう、ですか!?」


元々持っていたけど、手を付けていなかった楽譜。

先生からまさか、こんなに早くGOが出るとは……ちゃんと、できるかな。

基礎練用より、当たり前だけど音符がたくさんあるし、見慣れない記号も。

私は楽譜を見つめて、立ち尽くしてしまった。


「吉川は、何のために叩く?」

「えっ?それは……」

「俺はな、学生時代は練習がただ楽しくて、“叩きたいから”叩いてた。だから、自分のためだな」

「自分の、ため…ですか」

「そうだ。別に、悪くはないだろ?…で、吉川は?」

「私は……上手くなって、先生を驚かせるため、です!!」


先生は、さっきより大きく目を見開いて、すぐにお腹を抱えて笑い出した。

私、そんなに変なこと言ったかな……??


「おぉ〜いいぞ!その調子なら、3年には俺を超えてるんじゃねぇか?」

「でも…先生、なんでそんなこと聞くんですか?」

「俺、“自分のため”に上手くなろうとする、楽しむって最強だと思ってんだよ」

「……最強?」

「ああ。誰かに認められる、とかはさ、もうそいつがOK出したら、その先って無いだろ?でも、自分のためなら、自分でOK出すまで、無限に頑張れると思うんだよな」


なんとなく、分かった気がする。

私は、先生を驚かせたい、とは言ったけど、1回だけじゃきっと足りない。

何回も、何十回も、こんなにできるようになりました!って言いたい。

それは、紛れもなく、私のやりたいことで、“自分のため”に練習することで達成できる。


――よし、この難しくて“面白そう”な楽譜、やってやる!

まずは、楽譜を読み込むところから……それでも私は、川澄高校 吹奏楽部のパーカスだもんねっ!!








🎶読んでくださりありがとうございます!

今回の展開はいかがでしたか??

好きなキャラ、印象的な場面・セリフなどありましたら、ぜひ教えてください!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る