第47話 新しい自分 2年生【7〜8月】

やっと待ちに待った夏休み、そして部活漬けの毎日。

コンクールで他校との実力差を目の当たりにして、正直怖くなった。

双葉が上手いのは合同練習で知っていたけど、やっぱり格が違うって思った。

でも、優歌ちゃんが「コンクールに出たい」ってハッキリ言ってくれて、確信したんだ。

私も、みんなも、先生も全く同じ気持ちだってこと。

無謀だって笑われてもいい、私たちはそれでも挑戦したいんだ。


「よっし!んじゃ、練習始めますか!」

「はい、よろしくお願いします!」


結城さんの明るい挨拶はいつも通り。

でも今朝の先生の言葉が胸に刺さってる。

『今日からの練習は、今までと全く別物』

たしかにそれを実感するのは、私の手が震えているから。


「ちーちゃん、大丈夫。それはね、武者震いってやつだよ!」

「詠里ちゃん…ありがとう。一緒に頑張ろうね」

「うん!誰よりも上手くなって、先生を驚かせよ!」


チューバを横に置いた詠里ちゃんが、そっと私の手を握ってくれた。

でも、武者震いなんて言葉、どこで覚えたのかな?なんて、ちょっとクスッとした。

詠里ちゃんのおかげで、少し肩の力が抜けた気がする。


「今日から3日間、ひたすら基礎固めをしていこうと思う。結構しんどいと思うけど、こんなんでへばってちゃコンクールは見えてこないぞ」


結城さんの言葉、今はすごく重たく感じる。

基礎練は1年のとき、先輩たちに色んなバリエーションを教わって、自分なりにずっと継続してきたつもり。

それでもやっぱり、まだまだ足りないよね。

私たちはパートごとに初見の譜面を渡された。

これ、結城さんの手作りかな…?


「それは基礎という基礎を詰め込んだ、超地味な譜面だ。でも、これを意識するだけで演奏がのびのびできるようになる。じゃあ今から1時間、水分補給しつつ、その譜面だけ吹いてみてくれ」


早速、基礎練スタート。

『テンポ60から』って書いてある…よし、やってみよう。

隣の詠里ちゃんは、なんだか楽しそうに身体を揺らしてる。

――1時間経過


「はい、一旦おつかれ〜」

「お疲れ様です!」

「この後15分休憩したら、ひとりずつさっきの譜面吹いてもらうからよろしくね」


ふぅ、1時間吹いてもなかなか納得できる音が出せなかった。

基礎練、自信あったんだけどなぁ。

この後、結城さんに何言われるか緊張する…


「ちーちゃん!おつかれ!」

「詠里ちゃん、おつかれさま。なんか私上手くできなかったよ…」

「最初から上手くできたらさ、そんなの面白くないじゃん!地味だけど、あたしは楽しめたよ!」

「そっか、そうだよね。詠里ちゃんいつもすごいなぁ」


あっという間に休憩は終わり、ここからは結城さんの目の色が変わる。

トップバッターは詠里ちゃんが指名された。


「うん、なるほどね。ありがとう。…単刀直入に言うと、細かなミスが多い。大雑把に吹いちゃってるな」


さっきまでの詠里ちゃんじゃないみたい。

しょんぼりしてるけど、でもちゃんと譜面にメモしてる。

偉いな…失敗を受け入れて、進化しようとしてるんだね。


「ごめんな、でも責めてるわけじゃない。この基礎練で、塩谷さんの課題が見つかったんだから、そこを克服すればいいんだよ。次からはひとつの音をちっちゃいスプーンに置いていくような感覚で、丁寧に吹いてみて。期待してるからね」

「はい!ありがとうございました!」


詠里ちゃん、ちょっと目がうるうるしてる…?

でもそうなる気持ちはすっごく分かるよ。

次は私の番…大きく深呼吸して、今の私の精一杯を出すぞ。


「はい、ありがとう。村上さんはね、正確ではある。でも、ホルンの『良い音』が届いてこない。もっと堂々としていいんだよ、そうしたら深みのあるホルン独特の良い音になる。次からやってみよう」

「はい!ありがとうございます…!」


気持ちが音に表れるって、やっぱりあるんだな…

自信ないのがバレバレだったってことだよね。

こんなんじゃ、私の演奏はお客さんの心に届かない。


「ちーちゃん、すごかったよ!」

「ありがとう…でも全然だよ」

「あたし、ちーちゃんの吹くホルン、大好きなんだ」

「…え?そうなの?」

「当たり前じゃん!だから、そのホルンをあたしが支えてんの!」


ポロポロと泣きながら、私と詠里ちゃんは目を合わせて笑った。

涙を拭いて、私は楽器ケースに手をかけた。

そして何となくクロスを取り、ホルンを優しく撫でた。

その手はもう、震えてない。大丈夫。

この先、また怖くなっても、不安でも、隣に詠里ちゃんがいる。

私のホルンを「好き」だと言ってもらえるなら、それだけで次の一歩を踏み出せる。




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