第4話③

「ここで、〝オブスキュラ〟に行くのか?」僕は、部屋を見渡して言った。


 広さは、六畳ほどといった感じだろうか。思ったより普通の部屋だ。青いベッドが一つに、その脇に小さな本棚、勉強机。物が少なく、まあかなり綺麗にしてあるが、それ以外は僕の部屋と大差ない。


「そうだよ」君岡は床に散らばっていた物を片付けながら言った。

「ワクワクするだろ?」


 僕ははっきりとは答えなかった。ただちょっと笑っただけだった。


 でも、君岡は徐々に興奮が全身に浸透してきているのか、時折身体をぶるっと震わせた。


「パソコンを二つ点けて、それぞれ繋ぐんだ」君岡は机の横にある細長い箱の電源ボタンを押した。すぐにそれは薄い青の光を放った。


「もう一つは?」僕は部屋を見渡しながら聞いた。


「隣。兄貴の部屋にあるんだ」

「ああ」そう言えば、そういう話だった。


「少し電波が弱くなるけど、ギリギリ入るってことが昨日わかった」と言いながら君岡は机の上に乗っていたゴーグルを持ってきた。こいつもまた、今ではパソコンと同じように青い光を帯びている。


「これが現実を遮断するゴーグルだよ」君岡はなんだか少々誤解を生むような言い方をわざとした。君岡はVRゴーグルを僕に手渡した。重い。


「まだちょっと重いよな。でも、めっちゃ軽くなったんだぞ」君岡は僕の思考を読んだように言った。


 それから君岡はこのゴーグルがいかに画期的なものなのかを熱っぽく説明をした。詳しいことはよくわからないが、大きなセンサーがいらないとか、視野角が広いとか、解像度がどうだの、まあ今までと比べてかなり進化したらしい。


「向こうの電源も入れてこなくちゃ」ひと通り言い終えると、君岡は僕を部屋に残し出ていった。


 僕は君岡の足音を聞きながら、手元のゴーグルを見て、そこに〝オブスキュラ〟を感じ取り、静かに打ち震えた。だがそれを感じると同時に、君岡に対する罪悪感も湧き上がって来る。


「向こうも点けてきたよ」

 君岡が息を弾ませながら部屋に戻って来た。


「あとは、設定かな」君岡はキーボードをいじり、ゴーグルと接続しようとしていた。


「向こうの部屋に行こうか? 狭いだろ」

 僕は言った。君岡が整理して、スペースは確保されたとはいえ、目をゴーグルで完全に覆った二人が並ぶのには狭い気がしたのだ。


「ああ、それか……いいよいいよ」

 君岡は作業に集中しているのか気のない返事をした。


「今日は最初だし、こっちにいてよ。なんか問題が起こるかもしれないし」

「今日は?」僕は思わず聞いた。


「え? 今日だけのつもりだったの?」君岡は振り返り、意外そうな顔で僕を見た。


「い、いや、そうか、でも、まあ、そうなのか?」僕は首を傾げながら言った。


 君岡はその様子を見て笑った。


「全然気にしなくていいって。兄貴はしばらく家には帰ってこないし、だからその間に〝ANNE〟に会えたらいいなって。さすがに今日会えるとは思ってないからさ」


 確かにその通りだ。


 だがあまり貸しを作りすぎるのは気が進まなかった。このままでは、遅かれ早かれ、それは放課後にラーメンを一杯奢るくらいじゃ返せない量になってしまうだろう。


「よし、準備できたよ。じゃあ、それつけてみてよ」


「あ、ああ」


 僕は言われるがままに、視界を覆うヘッドマウントディスプレイから縦と横に伸びている二つのバンドを持った。


「まだ設定だけだよ」


 僕の不安を読み取ったのか、君岡がそう言った。僕は勢いよくゴーグルを被り、視界を電子の海で満たした。


「設定画面が見えるだろ。それで調整してよ」


 君岡の声だけが聞こえる中、ヘッドマウントディスプレイをつけている自分がどれだけ間抜けに見えるのか考えながら、僕は、画面に表示されているガイドに従って目の幅や、ピントを合わせ、バンドの締め付けなどを調整していった。


「できた?」


「ああ、まあ大体」僕は答えた。

「これ、音は?」それからずっと気になっていたことを聞いた。


「ああ、一応ゴーグルからも出るけど、イヤホンにも繋げられるよ。無線でも有線でも。繋げる?」


 僕は頷いた。こうしていると、ゴーグルの重さがはっきりわかる。さっきの君岡の説明によればかなり軽くなったようなのだが、かなり気になった。


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