第4話②

 バス停で降りて四五分ほどで、僕はその大きな家に着いた。静かな住宅街の一角。君岡の家は、西洋風の白い外壁に、赤茶色の尖った屋根をしていた。広い芝生の庭があり、二階にある手すりや、玄関のライトもまた、それぞれ植物を模したような形をして、独特のしゃれた雰囲気を作っている。


 ダークオークの木の玄関の扉の中央には、またしてもツタのようなアイアンが取り付けられている。その下には小さな天使の彫像が二つ。


「本当に、いいのか?」僕は、君岡の家が思ったよりもこじゃれて綺麗だったので、気後れしていた。


「僕たち、今日初めて話したばっかりだろ」


「どうして?」君岡は理解できないというように首をかしげた。

「急に怖くなった?」


「いや」僕は首を振った。


「ただ、なんていうか、ほら、VRゴーグルって高いだろ? そんなものを、今日初めて話したような奴に使わせるのは、やっぱりいけないんじゃないか、って思ってな」それから、思ってもないことを言う。


「なんだ! そんなこと?」君岡はホッとしたように笑った。彼は僕の方をおどおどしたような目つきで見た後、親し気に見つめて言う。


「それなら、さっきも言ったけど、全然気にしなくていいって。だって、野宮がいなけりゃ、使うつもりもなかったし。他にこんな話を聞いてくれる人いないし、こっちが助かってるんだって」

「他の」僕は君岡が最後まで言い切る前に言った。


「……他のもっと、適任な人間がいるだろ。……友だちとか」


 君岡は目を見開いて僕を見つめた。


「いないよ」それから冷たい声色で言った。

「そんな奴いないよ。だからもう入ろうよ」

 君岡は待ち切れないのか、玄関を開けながら答えた。


 色々考えたが、大人しく家に上がらせてもらうことにした。渋々中に入ってみると、そこもまた、外と同じように西洋風の造りで、しゃれていた。家の中はアロマが焚かれているのか、すっきりとした、それでいてほんのり甘いような匂いがした。


 玄関を入ってすぐのところには観葉植物があり、アーチ風の垂れ壁の手前に、大きな洋ナシの形の照明が光っている。床は白いフローリングで、照明の明かりを反射して輝いていた。


 そしてその空間を、音楽が満たしていた。バイオリンの音。それがスピーカーから漏れている。聞いたことがある。だが思い出せない。何の曲だろうと思った。


「こっち、早く来て!」


 先に靴を脱いで上がっていた君岡が、廊下の先で、そう手招きしながら言った。どうして急かされているのかわからないまま、僕は足を早めた。


 リビングを急いで通り過ぎ、曲線的な装飾のアイアンの手すりを伝いながら、階段を上ると、二階の一番奥の、君岡の部屋に勢いよく滑り込んだ。


「ああ、よかった!」部屋に入るなり、君岡がバッグを背負ったまま、振り返って言った。

「誰もいなくて!」そのまま君岡はバッグを机の横に下ろした。


「……誰かいたらまずいのか?」ほっと安堵している君岡を見て、僕はやっぱり家に上がらなかった方がよかったような気がしていた。


「誰かっていうか、お母さんなんだけどさ」君岡が言う。なんとなく嫌な予感がした。


「お母さんはさ、僕の友達についてしつこく聞いてくるんだよ。どこで会ったのか、とか何をしている人なのか、とか。そういうの、ウンザリなんだよな」


「へえ」それからしばらく考えて、僕は「靴はいいのか?」と聞いた。


「いや、それは別にいいよ」僕が扉の前に突っ立っていると、

「あ、そこら辺に荷物、適当に置いていいよ」と、君岡が気を遣って言った。


僕が適当な壁の横にバッグを下ろしていると、

「まあ、なるべく脇に置いた方がいいかもな。当たっちゃうかもしれないし」と、君岡はこれからすることに胸を躍らせながら、そう付け加えた。

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