第108話 謁見

 城に入ると、扉にいた兵とは別の兵が身分を確認してきた。ヴェルトスさんに渡された腕輪を見せると、少し待っていてほしいとだけ言い残し、そそくさと奥の方へと走って行った。

 兵が言った通り待っていると、走り去っていた方から凛々しい赤髪の女性が歩いてきた。腰には細身の剣……レイピアを下げ、全身を白銀の鎧で包んでいる。肩の部分にはアイヘンヴァルデ王国の印である狼が剣を飲み込むような模様が装飾されていて、そこら辺の兵とは一線を画した存在感を放っていた。


「シルトヴェルトからの使者である、フェリックス・バリエンテとその一行で間違いないだろうか」


 あるいてきた女性が俺たちの前に立ち止まって、そう問いかけてくる。


「間違いありませんよ。私がフェリックス・バリエンテと申します。以後、お見知りおきを」


 そんな女性の問いに礼儀よく返すフェリックスさん。


「して、こちらとしてはあなたは何者なのかと問いたくなるのですが」

「それは失礼。こちらの自己紹介がまだだったな。私はアイヘンヴァルデ現国王、マグナス・アイヘンヴァルデ様の近衛騎士団長、リディア・ルクセティアという。気軽にリディアと呼んでくれて構わない。今回君たちを案内する任務を受けている、以後は私についてくるように。ただ」


 リディアは腰に下げている剣を抜き、フェリックスさんの眼前に突きつける。


「余計なことをすれば、使者であろうと即座に仕留めさせてもらう。そのことを努々、お忘れなきよう」

「心配などしなくても、変な気は起こしませんよ。ましてや天下のマグナス様の懐であれば余計に」


 リディアはフェリックスの言葉を受け、着きつけていた剣を下ろし、鞘に納める。


「今の言葉が本当だと信じたいな。では今からマグナス様の謁見をしに向かう。いまこの時間でさえ、マグナス様が待っておられるのだからな」


 そう言って、リディアは城の奥へと進んでいった。俺達もそれに続いて進んでいく。


「それにしても、先程何も動かなかったのはなぜですか」


 フェリックスさんが小声で俺達に問いかけてくる。先程、というのはリディアがフェリックスさんに剣を突き立てた時だろう。護衛としての仕事はどうした、と言いたのだろうか。その質問に、アンナがゆっくりと答える。


「彼女からは殺気が感じられませんでしたから。剣を抜いたとて、殺す気はないだろうと。それに、仮に殺す気だったとしても、彼女の剣があなたを貫くことはありません」

「それはなぜに?」

「彼女の剣があなたを貫く前に私がその剣を弾くからです。もし私が弾けなかったとしても、カルラが常にあなたの身体に『マナ障壁』を纏わせているのですから」


 本当かと目で問いかけてくるフェリックスさんに本当だと頷く。この城に入ってからずっと、ラファイエットさんの身体の『マナ障壁』を纏わせている。


「それにしても、それを知らなかったラファイエットさんはなぜ彼女の剣を避けようとしなかったのですか?」

「彼女の眼が『殺す気はない、ただ脅すだけだ』と、言っていたからね」

 

 ラファイエットさんは俺達とは別の感覚で危険を察知できるらしい。眼が語っていた、なんて何とも商人らしい回答だ。これも、今回の代表にラファイエットさんが選ばれた理由なのだろう。


「そういう君こそ、ずっと僕にマナ障壁を張っていてマナは足りるのかい?」

「はい、今からドラゴンが出てきても倒せるくらいには余裕がありますよ」

「……君のそのマナの量には本当に驚かされるよ」


 ラファイエットさんは呆れて額に手を当てながらそう答えた。


「そろそろ雑談は終わったか。今から玉座の間へと入る。くれぐれも粗相のないように」


 リディアがそう言うと、いつの間にかついていた玉座の前をとつながる扉が開く。室内は広く、巨人が住んでいるのではないかと思うほど高い天井に、その天井を支えるための柱が十数本設置されている。そんな柱に挟まれている道の先にあるのは、玉座だ。その玉座には若い男が一人座っていた。


「よく来てくれた。余はそなたたちを歓迎しよう」

「王の御前だぞ、頭を垂れぬか!」


 玉座の若い男を眺めていると、隣にいた男――たぶん執政官とかなのかな――がそう俺たちに怒鳴ってきた。


「そう怒るでない。彼らは他国の人間なのだ。無理にこちらの礼儀を押し付けてもいいことはない。それに、会議中もずっと礼儀作法を重んじれば面倒なことこの上ないからな」

「しかしながら……」

「余に反論すると?」


 そう男が睨みながら告げると、執政官はまだ何か言いたげな表情をしつつも、ここは一歩下がった。


「うちの執政官が失礼したな。余にあまり礼儀を気にして接しなくてもいい」

「ありがたきお言葉です。ですが、先に礼を失したのはこちらなのもまた事実。お詫びというわけではないですが、共和国の手見上げをマグナス陛下に献上したいと思いたく」


 そう言ってフェリックスさんは右手に嵌めた指輪に少しふれ、何もない空間から小さな箱を取り出した。そしてそれを近くにいた兵が回収し、マグナス陛下へと渡しに行った。


「これは……クリスタルタルトではないか!」


 クリスタルタルト?!シルトヴェルト共和国のとある地域でしか採れないクリスタルベリーと呼ばれる半透明のフルーツを使ったタルトで、中にはゼリー状の層があり、そこは受けた光を乱反射して輝くと言われている。ただし、原材料であるクリスタルベリーの採取量がものすごく少なく、一欠けで金貨数枚するスイーツだ。それをホールって……。


「陛下は宝飾品よりも甘いものを好むと言われてましたので」

「うむ。国務をこなしていると甘いものが食べたくなってな。ありがたく食べさせてもらおう」


 マグナス陛下の眼が判断するようなものから友好的な物へと変わったのが見て取れる。フェリックスさんはここまで計算していたのだろうか。


「さて、会議は明日からなのだから本日はゆっくり休むといい、と言いたいところだが」


 受け取ったタルトを兵に渡してこちらを見つめなおすと言葉をつづける。


「そちらの小娘たちは共和国の代表戦力だということらしいが、一体どれほどの実力なのだ?」

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