泊まる人、回せ針④

「涙が溢れるのは〜♪」

「……おい、紳人」

「はぇ?」


今日の晩御飯クリームシチューに用いる、自分の好物の一つであるサフランライスを炊くため、炊飯器を操作し終えた時。


神妙な面持ちで腕を組む悟に声を掛けられた。


「どったの?サフランライスは好きくない?」

「いや俺も好きだけど。そうじゃなくてだな…」


ハッとする俺にブンブンと立てた手を横に振って、訂正するとその隣で落ち着かない様子の明と目を合わせ頷く。


そして悟は腕を解き、テーブルから前のめりになりながら、台所に立つ俺へ疑問を投げかけた。


「……何でお前は、お風呂場に女子が集まってるのに平然としてられるんだ?」


信じられないとばかりに此方を見る悟、こくこくと真剣な顔で首を振る明。


二人の微笑ましい思春期男子を見て漸くあぁ…と納得した。


そう、今の時刻は18:30。


夕ご飯の準備は家主として俺が担当することにして、先に女子陣にはお風呂へ入ってもらっているのだ。


言うまでもないがお風呂場もえらい広くなっている。


本当にどこまで頑張ったんだ、あの二神コンとウカミ…?


「何でってそりゃあ」


コンとはいつも一緒にお風呂に入ってるし、慣れたものだから。


と言い掛けて咄嗟に口を噤む。危ない!こんなことを言ったら、今夜のおかずに一品ゲテモノが増えてしまう。


「「そりゃあ?」」


不自然に口を閉ざした俺の言葉を不思議そうに反芻する悟たち。


いけない、カバーをしないと。


「そりゃあ、あれだよ…火の番をするもの、集中を乱したら危険だからね」

「だからってよく集中できるよな。尊敬する」

「僕なんて…姉さんがお風呂に入ってるだけで、気まずくて部屋に戻る…のに」

「だろ!?紳人、これが普通の反応だぜ」

「そういうものかぁ」


トントントン…手元が狂わないようしっかり気を付けてジャガイモを切りながら、あながち嘘でもない理由を告げる。


その背後で、やっぱり物珍しいとばかりの反応をされてしまった。


俺もコンと出会う前はそうだったけど…初日からお風呂は一緒に入ってたから、つい忘れていたね。


少しずつ日常のズレを感じつつ食材を切り終え、ボウルに分けていく。


今日は人数が多いので中々の量である。


これは、煮込みが殆どのシチューにして正解だったな…。


『----!』

『〜〜?----♪』

「「ッ!」」


大きめの鍋に油を引いて、その上から一口大の鶏肉や玉ねぎ、ジャガイモやにんじんを入れ炒めているとお風呂場から微かに声が響いた。


ピクンッと俺を含めた全員が反応する。


「しゅっ集中…乱れてねぇか」

「えっと、その。手伝おう、か?」

「大丈夫!それより、あ、味付けは濃いめと薄めどちらが好きとかある?」


焦がさないように気を付けつつも一度気になってしまうとどうも頭から離れず、俺たちは三人で必死に雑談して気を紛らわせるのだった。


〜〜〜〜〜


「ただいまなのじゃ〜♪いやぁ良い湯じゃった。紳人、お主らもお風呂場が冷めぬ内に…って、どうしたのじゃ?」

『何でも、ないです』


上機嫌な様子でパジャマに着替えて戻ったコンは、俺たちを見てキョトンとする。


俺と悟と明、男子三人は全員で台所に立ち一心にグツグツと煮える鍋を見つめていた。


「ふふっ…三人で見なくても、焦げないと思うよ?」

「お兄さんたちって心配性です〜」


未子さんは白色のゆったりとしたデザインの、真奈ちゃんは緑色で可愛らしいデザインのパジャマに身を包んで顔を出す。


「あら…仲良しさんですね♪」


クスッと微笑むウカミには、全部が見抜かれている気がしてならない。


けれど認めるのも恥ずかしいのでただひたすらに時間が経過するのを、黙って待つことしか出来ない俺たちであった……。

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