徒に咲く、戯れの花④
「全く、お主というやつは!」
「……」
「けしからんやつじゃのう?」
「……」
「弟くんったらもう…」
「……」
「おいたはめっ、ですよ」
「……」
ひとまずのぼせてはいけないと露天風呂から上がり---寧ろこの際のぼせて逃げたかった---、一人先に着替えて部屋へと戻った。
その後少し遅れてコンたちが宿に備え付けの浴衣に袖を通し、帰ってくる。
おかえりと迎えた俺に待っていたのは…コンによる、正座のお達し。
"いつもの冗談…だよね?"
一縷の望みを託し聞き返したところ、口元は笑っているが目は今にも息の根が止まりそうなほど据わっていた。
なので、即座に言われるままに正座した。
そして対面に座った神様たちにお小言を頂戴している次第である。
「あの、俺の話を」
「静かにしないとその唇を気絶するまでわしが塞ぐぞ」
「はい静かにします…」
一見ご褒美に見えるそれは、最後の晩餐と呼べる代物になりかねないので大人しく口を閉ざす。
あと決して唇で塞ぐとは言ってないしね。
尻尾でもふもふの上で昇天したら、ツクヨミの
「紳人…何故お主がこんなことをしたのか、当ててやろうか」
「あっいえお構い「唇」お聞かせください…」
尻尾を揺らめかせる我が愛しの妻から、鶴の一声を頂戴する。
あれは確実に尻尾でやる気だ…!
こうなっては口を噤むほかない、此処は素直に受け入れるとしよう。
そう、名探偵に自分のトリックを暴かれる犯人の気分で、或いは断頭台に送られた罪人の気分で。
コンが金色の瞳を細めながら口を開くのを見つめることにした。
「まず、目的はわしらとの混浴を回避すること。理性が保たぬ、わし以外の女子の肌をみだらに見るわけにはいかぬから…そうじゃろ?」
「うん。そう直接言われると、反応に困るけど」
「しかし面と向かって言えばわし以外の者が傷つく…それ故にトランプを仕向け、その内にお風呂を済ませてしまおうという魂胆じゃ」
「否定の余地すら無い程に完璧な答えだ…コンには俺の気持ちが伝わってるんだね」
「当然じゃ!やがての妻、じゃからな」
ふふんとウィンクするコン。その可愛さに、フッと頰が緩む。
そして暫し、コンと二人で見つめ合い声ならぬ声を交わしていると。
「コホン。あー…何じゃ、妾たちもいるんじゃが?」
「「あっ、いやっ…!?」」
ジトーッと冷ややかな視線を咳払いと共にアマ様から向けられ、顔を熱くしながらコンと全く同じ動作でわたわたと両手をバタつかせた。
「やれやれ…これでは怒るに怒れませんね。お姉ちゃんとしては、嬉しい限りですし」
「確かに。一人の女性に誠実であるのも、男性の甲斐性と言えますから」
微苦笑を溢すウカミと微笑ましそうにするコトさん。
笑みの形は違えど変わらず優しい眼差しを向ける神様たちに、俺もコンもいたたまれずつい顔を伏せ俯いてしまう。
そんな中。不意に、コンと視線がぶつかった。
「……ふふっ」
へにゃりと可愛らしい顔になるコン。
そんな愛しい彼女を撫でながら、一時はもうダメかと思われた波乱の夜はやがて穏やかに更けて……。
「あれ?でも待ってください」
「コト、どうかしたかの?」
はてと首を傾げるコトさんにアマ様が反応する。
桃色の髪を揺らしてう〜んと唸り、聡いコトさんは核心をピシャリと突いてきた。
「紳人さんが私たちのことを考えてくれたのは分かりました。でも、それと紳人さんが女湯に居たのはまた違う話なのでは?」
『……』
「や、やめて!そんな目で俺を見ないで!」
温かな湯上がりの空気が、一瞬にして凍て付く。
そのあまりの恐怖に俺も鉢合わせを防ぐため、という真実を口にする前におかしなことを口走ってしまった。
「紳人…そんなに、女子の裸が見たかったんじゃな」
「お姉ちゃんたちじゃなくて…!」
「此処の宿の神様たちの!」
「ヒィ!あ、アマ様!助けてください!」
その結果、コンとウカミ、コトさんの瞳が赤く輝き。
「ふむ……いやん、えっちなやつめ♪」
「うわぁぁぁぁ!!」
必死に助けを求めたアマ様には、よりにもよって腕で胸を隠しトドメの一押しを決められるのだった。
コンの尻尾に首を、ウカミの尻尾に両腕と胴体を、コトさんには両手で足を縛られ…息の合った動きで俺はこの世のものとは思えない激痛に襲われる。
結局こうなるのか…薄れゆく意識の中、人間はやっぱり運命には抗えないのだと己の無力を再確認していた。
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