徒に咲く、戯れの花③

「さて、と」


脱衣所の一番下の棚にある籠に服を畳んで入れて、下着を服の下に隠すと俺はガララとお風呂場への戸を僅かに開ける。


客は俺たちしかいないはずだが、もしかしたらお店の神様たちが浴びに来ているかもしれないからね。


……よし、誰もいない。


どの籠にも服は入ってなかったから大丈夫だとは思うけど、万が一には気を付けねば。


現世であろうと『神隔世』であろうと。


覗きは大罪だし、コンと深い関係にある今もふもふの刑に処される以前に他の女性の裸を見るわけにはいかない。


水着はその…許して欲しい。決して見たいとかじゃないよ!?


「ゆっくりはしてられないか」


トランプに盛り上がっているコンたちが来る前に、早々に上がらなければ。


とある古事記から得た情報で最速30秒で全身を洗う術なら心得ている。


ただあれは傍から見たらこの上なくヘンテコで、相当切羽詰まった時以外は使いたくはない。


このだだっ広い露天風呂は諦め手早く全身を洗って上がるとしよう。


〜〜〜〜〜


「雨上がりbreak cloud!隙間から〜♪」


小声で歌いながら頭をわしゃわしゃと洗い、シャンプーを流してリンスをつけ。


次は体をボディシャンプーで泡まみれにすると全身をまとめて洗い流す。


いやはや、流石はアマ様直々に治めている土地の旅館だ。


何から何まで質が違うしお湯も凄く気持ち良い。


機会があればまた連れて来てもらいたい…高望みすぎかな?


体を洗い終えてはふぅ…と一息ついた時、リラックスしていたが故に程良く研ぎ澄まされた聴覚がそれを捉えた。


『---じゃのぉ』

「!?!?」


バカな!?あれからまだ10分と経っていないはず!


つつがなく進行するにしても、確実に残るだろうコンとアマ様が変に駆け引きをして長引くと思っていたのに…!


まずいな、もう四神よにん全員脱衣所に居るようだ。物陰もないので入れ違いにデビルバット○ーストすることも難しい。


「というか、何でストレートに女湯に来るんだ…!」


当たり前である。


でもその当たり前を認めるにはあまりに揶揄われ過ぎた俺は、ひとまず足音を息と共に殺し露天風呂の中央に鎮座している大岩の影に隠れた。


「…お〜!これはこれは、天岩戸あまいわとよりも広いのじゃな」

「社の風呂場を豪勢にしてもしょうがないからのう…しかし、此方はうんと広くしておるぞ!」

「良いですねぇ。早く体を洗いましょうか♪」

「はい、その後心ゆくまで堪能しましょうね」


岩陰に隠れ切ったコンマ数秒後。ガララと思い切り戸が開け放たれ、コンたちの声が一斉に響き始める。


危なかった…!しかし状況は以前ピンチ、どうする神守紳人!?


浮き足立つ心を辛くも押さえつけ、両手で口を隠し息を潜めて耳を澄ます。


「そういえば、結局紳人は戻って来なかったのう」

「相当お腹が痛かったんじゃろうなあ…」


どうやらまだ、俺がトイレに行っていると思ってくれているらしい。


「海に落ちた時、幾らか海水を飲んじゃったのかもしれませんね」

「向こうのなら兎も角此方の海にそのようなものはないはずですが、紳人さんは人間ですからそれもあり得るかと」


確かに多少飲みはしたけど、体は至って健康だ。


会話の内容に一人で合いの手を入れていると、シャァァ…とシャワーを流し始める音が聞こえてくる。


よし、動くなら今だ!


音を立てないよう静かに膝立ちになり、距離を再度確認しようと岩陰から顔を出す。


……おかしいな、この露天風呂ってこんなに湯煙濃かったっけ。真っ白で何も見えない。


いや、違う。よく見るとこれは煙ではなく…白の、繊維?


「なぁにをしとるんじゃあ?し•ん•と」

「は、はは…」


天からのお告げのように降り注ぐ声に、軋んだロボットの如くギギギと上を見上げれば…何と、そこには。


ビチャン!ビチャン!と尻尾で水面を叩きながら、腕を組んで仁王立ち姿のコンがバスタオル姿で俺を見下ろしていた。


その後ろにはウカミもアマ様もコトさんも、しっかりバスタオルを巻いている。


更に視線を動かせばシャワーは流れているものの誰かがそこに座った痕跡はない。


もしかしなくても、これは。


「最初から…バレてました?」


こくり。全員が、笑顔で頷くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る