海は見送る、かの舟を③

「全く!お主という奴は、少しは加減をせんか!わしとてそこまで想ってもらえてこの上なく嬉しい…じゃがな!あそこまで一気に、しかも他の者が見てる前で浴びせられたらパンクしてしまうじゃろうが!」

「はい…すみませんでした…」


あれから1分もしない内にコンは目が覚めた。


すぐさま顔を真っ赤にしたまま「そこへ直れ!」と正座させられ、お説教を受ける。


因みにコンは俺の膝の上に座り向かい合っている。


「……そういうのは、わしだけに聞こえるように言っておくれ?」

「あ、あぁ…そうするね」


きゅっと首に腕を回され甘く囁かれたせいで、ドキッとその魅力に反応して声が上擦ってしまった。


「ならば良しっ♪わしも…紳人のこと、愛しておるからな」

「ありがとう、コン」


この愛しい気持ちと熱を確かめ合うようにハグを交わし、パタパタと揺れる尻尾を眺めながらコンの後ろ髪を撫でる。


暫し撫でていた時ふと気になったことがあったのでツキを見て俺は話しかけた。


「そういえばツキ」

「何でしょう危険人物かみもりしんとさん」

「……?さっき、ツキとヨミは双子って言っていたけれど。あれは本当?」


何だか俺の呼び方に違和感を感じたけれど、気のせいだろう。


そこは流して話を進めることに。


「はい。ボクたちは、2神揃ってツクヨミなのです。ボクは『月と海』を、ヨミは『月と黄泉』を任されています。


此処に来る時、夜の海に浮かぶ月から来たでしょう?それが証拠です」


ヨミと並んで立ったツキは、むすっとしながらぷにぷにとその頰を突きながら続ける。


「なので本来ヨミは外には出られないのですが…ボクの権能を盗み、無断で貴方に会いに行きそして連れて来たです。


その間、ボクは外に出られなくなり…コンやウカミの力を借りて八百重へ戻ったです。


反省しましたか?」

「ご、ごめんって〜…ちゃんと返すからぁ」


正に双子とばかりに微笑ましいやり取りで会話するの2神に自然と微笑んでいると、パンと軽く手を打ったウカミに視線が集められた。


「お話はよく分かりました。でも、今日は遅い時間です。私たちは兎も角弟くんはきちんと眠らないと体に悪いので、今日のところはお開きとさせて貰えませんか?」

「仕方ないかぁ…また明日ね、君」

「明日も来るの!?」

「そんな訳無いかろう!一ヶ月に一回で十分じゃ!」

「次はボクが狙われるです…気を付けないとです」


ツクヨミの双方にあらぬ認識を受けてしまったけれど、次に会う時はしっかり誤解を解くことを忘れないようにしよう。


「紳人」

「ん?」

「帰って…寝直すのじゃ。腕枕、して欲しいのう?」

「勿論。コンがよく眠れるなら」


くすっと笑い合うと、今度一緒に立ち上がる。


「さて…ボクは此処で降りなくちゃ」

「あれ?ヨミは来れないの?」

「うん。ツキが言うように『月と黄泉』を担うボクは、本来外には出られないんだ」

「海は何処にもありますが、『黄泉』は此処にしかありませんからね」


月は門、海と黄泉はその向こう側ってことか。綺麗に分かれてるんだ。


「それじゃあまたねコンとウカミ、そして君。いつでも門は開けておくからね〜♪」


俺たちをニコニコ見渡し、最後に手をひらひらと振って舟を後にしたヨミ。


「……こっそり行くでないぞ?」

「またヨモツヘグイ食べさせられかねないから、それはしないよ…」


腕に絡みつくコンに微苦笑を溢すとツキはこくりと頷き、サッと手を前に突き出した。


「八百重、浮上」


フワリ…と重力が軽くなるような浮遊感。そして、緩やかに上昇していく感覚。


どうやらこの舟は地上の海へ向かう渡し船の役割も担っているらしい。


「ん?ねぇツキ、これってこのまま地上に出るんだよね」

「はいです」

「大丈夫?騒ぎになったりしない?いや、騒がれたところで影響は無いんだろうけど…」

「問題ないです。この舟は神の力そのもの、貴方のように見える者でなければ飛沫一つ見えないでしょう」

「なるほど!それは良かった」


俺以外には滅多に見られることはないと聞いてホッとする。


思わず胸を撫で下ろしていると、不思議そうにツキは首を傾げた。


「それほどまでに、貴方が心配することでもないでしょう?見られたとして何か困ることもないですし」

「いや。それはあるよ」

「えっ?」

「ツキは海の守護も任されている…だから、海の様子はいつでも分かるんだよね?」

「はい、そうですが…」


やっぱり分からないと悩ましげに眉尻を寄せるツキに、考えすぎかもしれないけどと一言置いてからこう答える。


「もし突然巨大な舟が現れて忽然と姿を消した、なんて騒ぎになったら…一目見ようと海辺も海上も色んな人間が押し寄せる。


そしたら…折角の綺麗な夜の海が、荒れちゃうからさ。それは嫌なんだ…ツキが其処にいるって、知ったから」

「----」


海のように深い蒼の瞳が、驚きの色に染まり微かに見開かれ。


そして何事かを呟き一歩俺に近付くと、ツキが初めて僅かながらも笑顔を見せてくれた。


「早速、ボクを落としに来たですね?」

「どうしてそうなったかな!?」


思わず大袈裟に驚いてしまうと、また此奴は…とばかりにコンもウカミも肩を竦めやれやれと頭を振るのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る