海は見送る、かの舟を②
「コン。話を…聞いてくれる?」
「……はぁ、仕方ないのう。しっかり相手の話を聞くのも良き妻の務め。一応聞いてやるが、もし少しでも不貞じゃと判断したら…」
「判断したら?」
「お姉ちゃんとコンですぐに帰ってお仕置きです♪」
「ウカミ!?」
弾かれるようにヨミが身を引き自然と正座する。その上で恐る恐る訊ねると、深いため息を吐きながらコンは腕を組んで聞く構えに。
傍らから物騒なことを言いつつ満面の笑みで顔を出したのは、俺の姉ことウカミ。
「それで、お話は?」
「えっとまずは…さっき家のベランダでヨミに『アマテラスに挨拶して自分に挨拶がないとは何事だ!』って言われて」
「ふむ」
「そのまま『黄泉』に連れてかれた後、夜の食国を通って八百重に来て」
「はい」
「ヨモツヘグイ食べられそうになりました」
「お主はこう…何故いつも」
「何かしらの出来事に直面しているんでしょうね?」
説明を終えると、聞き終えたコンたちに何処か労わるような目線を向けられる。
それは俺も知りたいかな…。
「ヨミ。おいたはダメって、いつも言ってますよね」
「げっ、ツキちゃん…。悪かったよぉ」
「ヨミがもう1人…!?でもツキちゃんって?」
もう1人コンの横から現れたのは、ヨミと瓜二つの容姿をしながら純白のドレスに身を包むツキと呼ばれた少女。
「貴方とは初めてでしたね。ボクはツキ、ヨミの双子の姉です」
「ボクが姉だよ!!」
「では妹で良いです」
「良いんだ…」
「ヨミがおいたをして、ごめんなさいです。きちんと折檻しておくので」
「そこは言い聞かせておくじゃない!?」
大人しいように見えてかなり怖い発言をする神様だ。
ほら見なさい、姉を名乗ったヨミが顔を真っ青にして震えてるじゃないか。
「反省してるみたいだし此処は穏便に、ね?」
「君…」
「そうですか。では折檻は無しです、明日のおやつは抜きですけど」
「うわぁん君〜!」
流石に堪えたらしい。わんわん泣きながら俺に抱きついてきた。
慰めるためによしよしと後ろ頭を撫でていると、じっと俺たちにコンたち3人の視線が注がれていると気が付く。
「ど、どうしたの?」
「のお紳人よ。本当に…先程の内容に嘘はないのじゃな」
「うん…そうだけど」
「そうか、では言い方を変えよう。何か隠しておることはないか?」
「は、はは。そんな、まさか」
「わしの目を見るのじゃ」
無理である。今見たら…先程の恥ずかしい台詞がバレてしまいかねないのだから。
「…ツキ、ちょっと…ごにょごにょ」
「はいです」
「?」
頑なに目を合わさない俺と、息がかかるほどの至近距離から鬼の形相を向けるコン。
その両名の間で視線を彷徨わせるヨミ…膠着状態に陥る俺たちをよそに、ウカミがツキに何事かを耳打ちする。
そして一つ頷くと、ツキはヨミの方を向いてこんなことを言ってきた。
「ヨミ。ボクたちが此処に来る直前、何があったのです?」
「え?それは…彼がボクと此処のことを好きだって言うから、ついキスをしようと…」
「サラバッ!!」
「逃げるな浮気者!逃げるなぁ!!」
釈明の余地なく巻き起こる殺意。
比喩でなくこの舟が軋む程の質量を持ったそれを前に、口を開くのは死も同然である。
俺はひとまずこの場を切り抜け話し合いの機会を作るため、脱兎の如く逃げ出した。
バンと襖を開きひとまず廊下へと飛び出す。
「なぁんての」
「うぼぁ!」
俺の首にコンの尻尾が巻き付けられ、物凄い力で引き戻されてしまった。
「コン…これは、違うんだ…」
「わし以外の女に好きと言うたのは間違いじゃと?」
「あっそれは本当なんだけど恋愛的な意味じゃなぐぁぁぁぁ!!!」
ギリギリと締め付けられ徐々に呼吸が苦しくなっていく。
何度やられようと慣れる気配がない、何度もやられてること自体おかしいんだけどさ。
「……ってことがあって」
「なるほど…彼は、神たらしです?」
「否定出来ないのが残念ですね…」
その脇でヨミによる真相の説明が行われていた。
失礼なことを言われてるがそんなことはどうでも良い。
コン、どうか…どうか隣の神様たちの声を聞いて!
「むぅぅ!わしとて最近、好きと言ってもらっとらんのじゃが!?」
「そ、そう…でしたっけ…」
意識が落ちるギリギリを行ったり来たりしながら、足が着かず必死にバタつかせて助けを乞う。
「わしはお主のこと大好きじゃ!じゃからその言葉は、どんな形であれわしだけに向けて欲しい…!駄目か?」
「……そんなこと、ない」
「!」
今度は瞳を潤ませて涙ぐむコンに、辛くも微笑みかける。
パァと太陽が輝くような明るい笑顔になり、俺はその場に下ろされた。
ゼヒュー…ゼヒュー…掠れるような音を響かせながら呼吸を整える。
そして、もじもじと指を遊ばせチラチラ俺の方を見やるコンの腰を抱き寄せながら…至近距離で囁いた。
「俺はコンが好き、大好きだ。愛している…君のその目が、唇が」
「う、うむっ」
「髪も指も、耳と尻尾も。何よりその心を!俺は…心の底から愛している」
「ありがとう、なのじゃ…」
「君と会ってから1秒たりとも考えなかったことはない、思っていなかったことはない。夢のようだ…愛していることが!コンも俺を愛している事実が!」
「ち、ちと待っておくれ紳人!流石に恥ずかしい…!」
コンが顔を真っ赤にして狼狽える。けれど、一度口にしてしまうと止められない。
この想いの溢れるまま形にして、聞いてほしい届いて欲しい。
コンの心の、奥底まで!
「コン…俺が誕生日になったら、絶対に結婚しよう。俺の全ては君のものだ」
「はぅぅぅぅ……」
やがて、コンが耳まで真っ赤になりボフン!と煙を吹き出すと、ぐったりと脱力し膝から崩れ落ちてしまった。
「ってうわぁ!コン、大丈夫!?何か変なもの食べた!?」
抱き寄せていたので幸い素早く抱き留めることができた。
コンをその場に座らせ、目を回している顔を覗き込む。声をかけても反応が無い、気絶しているようだ。
幸せそうにへにゃりと口元が蕩けているので体に異常は無いはずだけど、いきなり何があったんだろう?
「よく分かりました。神守紳人…危険人物です」
「あれでわざとじゃないんだよね、本当に人間なのかな?」
「立派な人間なんです。あちらは生来の性格でして…」
またヒソヒソと何か内緒話されている気がしたけど、コンが心配だった俺の耳には届かなかった。
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