第23話
海は見送る、かの舟を①
「どう、して」
「ん?」
「どうして…俺を此処の住人にしようとするの?」
一縷の望みを託して今できる最後の賭け、時間稼ぎを決行する。
思ってもないことを口にすればバレる恐れがあるので、訊ねる疑問は本心から。
「そうだねぇ。どうせ逃げられないし、教えちゃってもいっか」
暫し逡巡するようにこめかみに人差し指を当てていたが、不敵な笑みと共に顔を上げると此方に一歩ずつ踏み締めるように歩きながら語り始めた。
「まず君は、コンと恋人同士…その上婚約者。だよね?」
「あぁ」
確認するようにチラリと俺を見るので、素直に頷く。
「魂ってね、強い想いがあればあるほど輝くんだ。でも『黄泉』で過ごす内に消えてしまう…だから、ボクは気付いたんだよ。
現世に強い未練を残した魂なら、ずっと輝き続けるんじゃないかって」
そんなことのために、と言うのは簡単だ。けれどヨミにとっては大きなことなのだろう。
深夜堂々直接連れに来て罠に嵌めようとしてまで俺を縛ろうとしたほどに。
「ボクはずっと此処に独りだ。皆殆ど輪郭を失った、魂のまま。世界は綺麗だけど…とても、暗い」
ヨミが黒いドレスを揺らしながら、自分の両手を見つめ体を温めるように強く自らを抱きしめる。
「だから、光が欲しい。ボクという月を照らし輝き続けてくれる、太陽のような光が」
「ヨミ…」
演技かもしれない。けれど、その可能性を考慮するには…少女の慟哭はあまりにも、痛々しかった。
「お願いだ。ボクとずっと、此処に居て」
あれほど苦しく俺を縛り付けていたヨミの力は、嘘のように解けていた。
震える華奢な手が縋るように伸ばされるのを見守りながら…その手を、俺は後ろに身を引いて拒んだ。
絶望するかのように目を見開くヨミ。
ズキリと痛む心を抑えるように自分の服を掴みながら、それでも伝える。
「俺はただの人間だよ。もし俺が眩しく見えたなら…それは、コンが隣に居てくれるからだ。ウカミが俺たちを見守ってくれるからだ。
コンには心からの愛を、ウカミには心からの感謝を。もし家族を奪われ離れ離れになるのなら、それはもう…俺の魂とは言えなくなってしまうだろう。
それくらい、大切な神様たちなんだ。
俺の居場所は此処じゃない」
だから今は、愛しい
「そ、っか」
そこまで聞き終えるとギュッと力強くスカートを握り締め、目尻に涙を浮かべヨミは尚もこう言った。
「ボクじゃ…ダメなんだ。こんな暗いところ、嫌だよね」
そう言ってボロボロと大粒の涙を溢し、スンスン鼻を鳴らして泣きだしてしまう。
「わぁぁ泣かないでヨミ!決して君がダメだとか、『
「ほ、んとっ?」
神様とはいえ女の子を泣かせてしまうなんて、男失格だ。
コンには申し訳ないけど、性分なんだ…慰めることを許してほしい。
深い夜空を思わせる黒い瞳から流れる星を目元からそっと拭いながら、安心させるように頷き微笑む。
「本当だ。俺の居場所は此処じゃないけど、ヨミと此処は好きだな。だってほら」
未だに小さく震えるヨミの手を、優しく両手で包んだ。
そしてその熱の心地良さが少しでも伝わるように、殊更穏やかに囁いた。
「街の人たちも、君の手も…こんなにも温かいんだから」
「-----」
……あれ?もしかしなくても俺、物凄く歯の浮くような台詞言っちゃった?
まずい、この上なく恥ずかしい。
幾ら慰めるためとはいえ、似合わないこと言っちゃったかなあ…!
でもほら、ヨミってちゃんと此処に来るまでも寒くないようにしてくれたり、夜の食国や街の人を紹介してくれたり優しかったって言いたくて!
「ぷ、くく…」
「ん?」
内心で悶絶しながら慌てふためいていると、微かな笑い声が聞こえて我に返った。
見れば、手を包まれたヨミが空いている手で口元を押さえ頬を膨らませている。
そして、限界を迎えたのかお腹を抱えて笑い出す。
「あははは!何だい、そりゃ!君はとってもキザなんだね!」
「ごめん、つい…気持ち悪かったかな」
「ううん…可笑しかったけれど、凄く嬉しい。初めて言われたよそんなこと」
良かった、出会った時と同じで明るい笑顔を取り戻してくれた。この笑顔のためなら多少の恥ずかしさや、笑われるのも悪くない。
「あとね、君」
「はい?」
「ヨモツヘグイは食べなくても良いけど。君をますます、手放すわけにはいかなくなったから」
「何でっ!?」
「……君は天然ジゴロか何かかい?」
「ジゴロ…?何かのあだ名?」
今度はため息をつかれ呆れられた。何だと言うのだ、えぇい!
「この際何でも良いや!とりあえず…ボクのものになれぇ!」
「話変わってますけどぉ!?」
ガバッと押し倒され、馬乗りの体勢になる。若干お腹より下なのがややよろしくないが、ひとまずさっきとは違う意味でピンチだ。
「此処には娯楽が少ないからね。そういうのは知識だけ知ってるから、任せてくれよ♪」
「ままま待ってくださいヨミさん!俺はコンって心に決めた神様が…!」
「問答無用っ!」
此処ぞとばかりに再度金縛りで動きが封じられ、両手を伸ばした体勢で固まる。
そのまま腕の間に滑り込むように、ヨミが迫り……。
「----夫の不貞を見せられた妻の気持ち。な〜んじゃ?」
「え、っと、その。『何かの…間違いだ』?」
「正解は『生かしてはおけぬ』じゃ」
ヨミに唇を奪われる寸前。俺の頭の上で仁王立ちになったコンに、とんでもない剣幕で見下ろされたのだった。
ごめんヨミ。やっぱり…保護してもらっても良いかな?
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