月明かり、黄泉繋ぎ④
「「……」」
同刻、神守宅の寝室。
丑三つ時が終わる2時30分少し前、コンとウカミはパジャマ姿で僅かに熱を残すコンの隣の空間を見つめていた。
カーテンが開けられておりそのことから、紳人がベランダに出た後何者かに連れ去られたのは明白である。
犯人は分からないが、まぁそれは兎も角。
「彼奴、連れられすぎではないか…?」
「しかも皆様ご丁寧に私たちが眠っているのを見計らうかのように、ですね」
揃ってはぁ…とため息を吐き、似た仕草で額に手を当てる。
神の気まぐれなので仕方ないし紳人に責任は無いのだが。
それはそれとして、無防備すぎる気がしないでもない2神である。
「とはいえじゃ。紳人を追うにも、何処へ行ったかを見つけぬことには…窓から『神隔世』に行った可能性も考えられるが」
小さな足音を連れ窓際に歩み寄るコンとウカミ。
探るようにする辺りを見回していると…何かを見つけたらしい、ウカミがコンの肩をちょんちょんとつつきながら話しかけた。
「いえ、それは無さそうです」
「んむ?あぁ…どうやらそのようじゃの」
ウカミの目線を追ったコンは合点がいったと一つ頷く。
ベランダ用のスリッパが、無くなっているのだ。
「几帳面な彼奴が、そう容易く無くすとは思えぬ。間違いなく此処から連れて行かれたな」
「行き先は…あそこ、ですか」
ベランダで肩を並べて凛と立ち、夜空に浮かぶ月を睨む。
「出るのは簡単ですが、入るなら丑三つ時の今しかありません。こじ開けるのは容易ではありませんから」
「着替える時間も惜しい。行くぞ、ウカミ!」
「はい!弟くんが向こうの食べ物を口にしてしまう前に…!」
生者がとある物を『黄泉』にて口にすると、魂がその地に縛り付けられ離れることが出来なくなってしまう。
そう、それこそが……。
「紳人…まだ其処に逝くのは早すぎるぞ!」
金と銀。二つの流星が、軌跡を残して夜の海へと落ちていった。
〜〜〜〜〜
「遠路はるばるお疲れ様!君は面白い生活をしているようだし、積もる話がてらご飯にしよう!」
「深夜にご飯は体に…」
「だぁいじょうぶ。こっちと向こうじゃ時間の流れが違うから」
「そうなんだ、『神隔世』はどうだったかな」
八百重の一室。その中の小部屋にて、俺とヨミは同じテーブルを囲んでいた。
其処にモヤが幾つもの料理を運んでくる。『黄泉』にもご飯って概念があるんだね…。
「向こうと此方は似ているようで違うんだよ。それよりほら、どれでも食べて良いよ!特にその…釜戸で煮炊きしたご飯とかオススメだね」
「ほうほう。これは中々」
机の上の和洋折衷な料理に目移りしていると、ずいっと器ごと此方にご飯が差し出された。
それは珠のように輝きふっくらしているので、見ているだけで美味しいことが確信出来る。
くぅ、と待ちきれないと腹の虫が鳴いた。
慌ててお腹を隠すも、くすくす…ヨミに上品に笑われてしまう。
「ほらほら、遠慮なく食べて?ボクより先に食べるのも失礼なんかじゃないんだし、この部屋にはボクたちだけだから」
「そう…だね。うん、お言葉に甘えていただこうかな」
「どうぞっ」
何故だろう、ヨミが凄くウキウキとした様子で俺がご飯を食べるのを今か今かと見守ってくる。
自慢の料理を食べて欲しいという、それだけだろうか?疑問は尽きないけれどお腹が空いているのもまた事実だ。
いただきます、と両手を合わせ料理と共に運ばれてきたご飯に箸を通す。
「……」
そして一口ご飯を
----ヨモツヘグイって、知ってる?----
俺は…食べなかった。
箸で掬ったご飯を茶碗に戻し、テーブルの上に置いて手を離した。
「あれ、どうしたの?君って猫舌だった?」
「そういうわけじゃないよ。ただ…どうしても気になることがあって」
「んもぉ、お食事時だよ。料理を食べ終えた
後なら幾らでも聞いてあげるからさ」
「そこだ」
「え?」
どうにも引っ掛かるのだ。
半ば強引に『黄泉』に連れてきて、自然な流れだったけれどまだ足早に夜の食国を抜けて。
そして今、八百重でご飯をこれでもかと勧めてくる。
俺の本能とも呼ぶべき、名も無い衝動からの警鐘がどうにも鳴り止まない。
このまま食べるのは危険だ、と。
「どうしてそこまで、俺にご飯を勧めるの?」
「それは勿論ご飯が冷めない美味しいうちに食べて欲しくて」
「そっか…なるほどね。じゃあ、最後にもう一つ」
「何だい?」
「ヨモツヘグイって、何?」
「……」
言葉にして、胸のざわめきが頂点に達した。
先程まで表情豊かだったヨミの顔から、スッと全ての表情が消えたのだ。
これは…腹づもりに気付かれた時の顔。俺は一度、それを見ている。
そう、クメトリがコンに化けていた時に。
俺は椅子から立ち上がり渾身の意思でヨミの目を見据える。
もう空腹の虫は、何処かへ消え去っていた。
「う〜ん…さりげない確認に見せかけたつもりだったけど、余計だったかぁ」
「君は一体、何が狙い?」
「そうだね。ボクの狙いは…君を此処に縛り付けて、その甘美な魂をずっと見ていること…かな」
「魂だって?」
「うん。けどとりあえず、続きは…君をこの世界の住人にしてからだ」
バッと掌を向けられると、ガチン!と指先一つ身じろぎ一つ許されないほど強力な力で金縛りにされてしまう。
まずいな…コンたちがすぐに迎えに来てくれれば良いんだけれど。
ニヤリと新しい玩具を得た子供のように笑うヨミと対峙しながら、命の瀬戸際の割には地に足のついた考えを巡らせるのだった。
〜〜〜〜〜
「此処は…高天原かの?」
「いえ、似ていますが此方は夜の食国。高天原が神たちの街なら、食国は死者の安寧の街です」
「死者の安寧か…やがてわしは此処に彼奴を迎えに来るやもしれぬ。手荒なことはできんな」
カカン、と厚底を鳴らして『黄泉』へ降り立ったコンとウカミ。
夜の食国の入り口で周囲を見回す彼女たちは、やがて空を見上げた。
「…あそこじゃな」
「絶対、あそこですね」
これ見よがしに浮かぶ巨大な舟を見つけ、確信する。紳人はそこに居ると。
「しかし、流石に私たちもあそこまでは飛べません…」
「目の前に居るというのに届かぬとは。ええい忌々しい、とにかくあの下へ向かうぞ!何か上がる手段があるかもしれぬ!」
「そうですね、立ち止まってる暇はありません!」
2神は疾風のように駆け出し、数刻と待たずに食国を抜けた。
そうして、開けた土地に出る。しかし…上に登るためのものは何一つとして見当たらない。
「……む?誰かおるぞ!」
その代わり。たった1人、少女がそこには立っていた。
----月に照らされたような薄い金髪、夜の海のように深い蒼と不思議な煌めきを秘めた瞳。えくぼは白い肌に映えて、唇は綺麗な桜色。
そのボディラインは真っ白なオフショルダードレスも相まって、人形のように細く神秘的。
月のように儚い、その少女は----
「あ、貴女は…!?」
「知っておるのかウカミ!」
「勿論です!この方は…」
「ボクはツクヨミ。アマテラス姉様と対を成す、月と海の守り神です。やんちゃな双子を説教するため、お力添えをしてもらえませんか?」
ぺこりと頭を下げるツクヨミに、一瞬呆気に取られたコンとウカミだったがすぐに頷き笑い合うと勿論!と快諾した。
〜〜〜〜〜
(以下、あとがきです)
皆様おはこんばんにちは、つんです!
今回突然あとがきを用意したのは訳がありまして、只今次回へと進む前に番外編として「あんな縁(こと)、コンな日々(こと)」のキャラが寄せられたコメントに対して返答しよう!というものを準備中です!
近況ノート、或いはこの作品の何処かの応援コメントで「Q」そして返答して欲しいキャラに質問や感想をお寄せください!
相当アレな物以外、どんなものでもお答えします!期限は明日の17時まで!或いはもう少し伸ばすかも?
どしどし書いてください!1人何個でもOKです!お待ちしてま〜す!
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