チョコの味、甘くて苦く④

……トーナメントは、熾烈を極めた。


一見男子で固められたチームばかりが勝ち上がるかと思ったが、コンとウカミは女子の皆からも好かれていたらしく目の色を変えた男子たちでさえ蹂躙される試合すらあった。


俺たちの初戦の相手は、(いつの間にか)密かに優勝候補と目されていた運動系部活メンバー。


早くも俺を落とせる、と男子たちから粘ついた笑みを向けられたが…そうは問屋が卸さない。


「セイヤァ!!」

「わ、っと…悟くん、お願い…!」

「任せろ!オラァ!」


此方にも野球部の寛氏がいるし、意外にも明は投げることは苦手でも受け止めるのは俺たちの中で最も得意だったのだ。


寛氏が外野から相手に投げ、悟が中から投げる。明が相手の球をキャッチして…俺は、


「当たらなければ、どうということはない!」


只管に球を避けていた。球を投げるのも受け止めるのも、あまり得意ではないから。


蓋を開ければ、チームとして完成度の高かった俺たち。優勝候補を初戦で破り、破竹の勢いで勝ち進んでいく。


少人数同士ということもあってとんとん拍子で進行していき、あっという間に決勝戦となった。


「これに勝てば、コンとウカミのチョコを守れる。けれど…」


小さく独り言を漏らしながら、何とも言えない気持ちで対戦チームを見る。


其処に立っているのは…何と、コンと未子さんの所属するチームだった。


コンは俺と同様に投げることはせず、回避に徹底した動きを見せている。


それとは逆に、未子さんは避けることは得意じゃないけど当てられたボールを打ち上げ、味方がキャッチしてセーフにする連携プレーを時折起こす。


残る2人は2-Bの田舞たまさんと鈴風すずかぜさんだが、彼女たちは外野と内野での連携が人一倍上手い。


巧みに内に外にボールを回し、対面を翻弄し隙を見て投げるという技巧派な一面を発揮してきたのだ。


「まさか女子のチームが決勝に来るなんてな」

「どう、しよう…幾ら強いって言っても、やりづらいよ」

「勝つためであっても投げづらいぜ…」


慢心とかではなく、強敵といえど女子に投げるのは皆も忍びないようだ。斯くいう俺も、コンや未子さんへ投げたり残念な気持ちにさせたくはない。


「ここまで来たら勝ちたいですね、柑さん!」

「うむっ!いつまでも女子が3歩下がってはおらぬということ、見せてやるのじゃ」

「あたしたちならいけるって!」

「女子が男子に勝って優勝したら、カッコいいよね…!」


……よく考えてみれば、俺はチョコを守るためと言いながらコンとウカミのチョコを独占したかっただけかもしれない。


今後の彼女の学校生活を考えるのであれば、これは仲を深めるのに良い機会だ。


なら、俺のするべきことは…。


「……ねぇ、悟」

「……何だ、紳人」

「今でも…柑と姉さんから、チョコが欲しい?」

「へっ…聞くなよ、そんなこと。あれを見て自分の欲を貫けるほど、俺はカカオと女の子中毒じゃない」


俺と悟は、すっかり毒気を抜かれ肩を竦めて笑い合う。そして同時に振り返り、寛氏と明に問いかけた。


「寛氏、明。此処までありがとう…でも、ごめん。俺たちは…」

「言わなくても分かるって。棄権するんだろ?」

「ぼ、僕も…それで良い。凄く…楽しかったし」


本当に、良き仲間に恵まれた。ありがとう…それしか、言うべき言葉が見つからない。


「姉さん、俺たちは…」

「そうでした!棄権したら、弟くんの恥ずかしい話暴露しちゃいます♪あとプリンもお願いしますね?」


いよいよ白昼堂々脅し始めたよこの神様。というか、何が暴露されるのか怖くてしょうがない。


「やれやれ…とりあえず、八百長で当たって終われば」

「棄権します!」

「悟!?」

「悪いな紳人、お前1人が恥ずかしい思いを済むならタダ同然なんだ」

「お前は本当に俺の友達なんだよね?」

「何言ってる、最高の親友じゃねぇか」

「そっか…そうだね。今跡がつきそうなくらいの握力で俺の腕を離さないのも、何かの間違いだ。


……ぐおおお離せぇッ!俺1人でも戦ってやる、俺は守るんだぁッ!」


しゃにむに暴れ回るが、悟の手は少しも緩まる気配は無い。このままでは、俺の尊厳が…!


「紳人よ、落ち着くのじゃ」

「柑…?」


凛としたコンの声に、ピタリと抵抗を止める。そしてコンは一つ頷くと…慈愛の笑みを浮かべて、俺に告げるのだった。


「ちゃんとチョコは特別なものを用意する、それに…わしの知らない紳人の話であれば是非聞きたい。諦めては、くれぬか…?」

「…………棄権、します」


これも惚れた弱みか。コンのお願いを、俺は断れなかった。


大人しく棄権した後…白日の下に俺の羞恥心は晒され、急遽開かれたドッヂボール大会は幕を下ろした。


〜〜〜〜〜


「うぅ…もうお婿に行けない…」

「安心せい、わしが貰ってやる」

「コン〜……」


学校が終わり家に帰った瞬間、俺はソファに伏して嘆き始める。いや、嘆かざるを得なかった。


内容は恥ずかしすぎるので伏せるが…どれくらいかと言うと、それを聞いた全員が引くどころか労わるような視線を向けてきた程だ。


いっそ笑ってくれたならまだ楽だった、優しさは時として牙を剥くものなんだと強く痛感した。


「まぁまぁ、良いじゃありませんか。お陰で皆さんとの仲も深まりましたし」


帰りがけに買ったプリンを食べながら、ウカミは良いことをしたとばかりに謳う。


深まったのは溝のような気がするが細かいことは気にしないことにする。


「やれやれ…毎日何かと忙しいのう。明日はどうなってしまうのやら」


微苦笑しながらコンがソファに座る。そのまま俺の頭を膝に抱え、背中を尻尾に包んでくれる。


これだけで、どんなことも眩しい思い出に出来てしまいそうだ。


この温かな温もりともふもふは…どんなチョコよりも甘くて深いのだろう。


「そういえば、お主には特別なチョコをという約束じゃったな」

「え?あれって明日コンがくれるチョコじゃ…?」

「それはそれ、というものよ。早速渡すが…目を閉じてくれるかの?どんなチョコか食べてからのお楽しみじゃ」

「うん、分かったよ」


ウカミがちょうどプリンの空容器を洗っている裏で、瞼を閉じて視界を暗くする。


「ん……ちゅっ」

「ッ!?」


不意に瑞々しい何かと温かな吐息に触れたと思えば、俺の口にはチョコが挟まっていた。


目を開けると其処にはコンが居て、至近距離から金色に煌めく大きな瞳と橙色に艶やかな髪…そして微かにチョコの色に濡れた唇をまじまじと見せつけられる。


「ハッピーバレンタインじゃ、紳人♪」

「……1日早いよ、コン」


はにかむように可愛い笑顔を見せられて、ドキドキが止まらない。


そんな愛しいコンに分かっていても顔が熱くなるのを止められず、誤魔化すように呟くことしかできなかった。

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