神の気まぐれ、コンなのあり?④

2月9日、12時50分。4時限目終了のチャイムが鳴り響く中、終わりの礼が行われる。


「うし、じゃあ次の授業は簡単な小テストすっからな。ノートをバッチリ読み返しておけよ〜、お疲れさん!」

「姿勢、礼!ありがとうございました!」

『ありがとうございました!』


日直の挨拶に準じて、いつも通り皆で礼。


そしてコンマ数秒で俺の逃走をいち早く阻もうとする奴、俺を取り押さえようとする奴らを尻目に全力で逃げようと身を屈めた瞬間。


「あぁ、そうだ。言い忘れてた」


ビタァ!と教室の中の時間が制止する。先生の話を聞かないのは、御法度だからね。


「神守先生から話を聞いてな。何やらお前ら、校内ではしゃいでるようだが。



----1年生は今日一日遠足、3年生は午前中で全員帰らせた。器物破損しなければ、体育の延長ということで学校側は目を瞑る。


以上だ」


2年間過ごしてきて、初めて心の底からこの学校を恨んだ。目を瞑るって何だ目を瞑るって、明らかに何かしらの事件起きた時の対応だよねそれ。


『大罪人神守紳人を仕留めろォォォォ!!』

「先生、戸高先生!傷害事件起きそうなんですけど!先生として生徒の安全は守ってくれないんですか!?」

「何を言う紳人」

「あっ、そうですよね。ちゃんと先生として教育的指導を」

「お前のような不埒な奴は一度くらい彼岸を拝んで来い」

「教師失格だよアンタッ!」


悲報、先生は敵。この学校相手に七日間戦争でも起こしてしまおうか。


「ちくしょおおおおッ!」


三角飛びの要領で教室後ろの棚を蹴り、群がる獣たちを飛び越え廊下へと躍り出る。


最早声にならない雄叫びレベルの怒号を撒き散らす、かつては友人だった化け物たちから恐れのままに逃げ出した。


〜〜〜〜〜


『A班B班は別校舎、C班D班はこの校舎をしらみ潰しに探せ!女子は教室から校庭や校舎裏を見張ってくれている!確実に奴を捕らえ、神守先生の貞操を守るのだ!』


現在本校舎の一階。トイレ入り口の物陰から廊下の様子を伺っていると、中田がリーダーとなりスマホで指示を飛ばしていているのを目撃する。


いつの間に分隊を作ったのかは知らないが、俺が授業中も常に監視されていたのはこれに気付かれないようにする目的もあったようだ。


加えて何故か俺がウカミの貞操を脅かしている、危険人物という扱いを受けている。まともなのは俺だけか!


怒りと嫉妬で我を忘れている彼らに常識を

期待してもしょうがないので、ほとぼりが冷めるまでは大人しくするしかない。


「ったく…ウカミ様や未子さんに怒るのは忍びないから、悟だけは絶対に許さないことにしよう」

『お主らは本当に友達かの…?』

「悟は俺の平穏を、安寧ニコルを殺したんだ」

『じゃから彼奴を撃つと言うのか!?』


ならば仕方ない、ということである。撃たねばならぬ時もあるのだ。


「まぁ冗談はさておき」

『本当に冗談じゃろうな…』

「コン。2階と3階の廊下と、別校舎への連絡橋を見て貰えないかな?」

『このままここに居てもジリ貧じゃな…分かった、見てこよう』

「ありがとう、コン。君が居てくれて良かった」

『頼られるのなら、もっとまともなことで頼られたいがの』


微苦笑したコンが、軽快に廊下へ出るとすぐに見えなくなる。頼んだよ…!


コンを見送るとすぐに男子トイレへと静かに入り、念の為更に個室へ隠れ鍵を閉めた。先程は一度これでやり過ごせたが2回目は無いだろう。


うちのクラスの男子は若干女子に比べて少ないので、精々1班あたり3人程。つまりこの校舎には6人はいる…外に出るのは相当追い詰められた時だけだ。


外しか逃げ道が無い程追い詰められているなら、その上で女子に見つかったとしても最早手遅れだからね。


なのでお昼を取るのは諦め、隙を見て移動し続ける他ない。その為の偵察をコンにお願いしたのだ。


正直コンにそんなことをさせたくはないけど、そうも言ってられない。流石に、このお礼は精神的にとはいかないな…。


元よりコン相手だ、生半可な礼で済ませるつもりはない。帰ったら何か彼女が望むものを買って来よう。


「あ、あの〜…」

「ッ!?」


突然控えめに声をかけられる。しまった、考え事していたせいで気付くのが遅れた…!


「大丈夫、だよ…僕しかいないから…」

「……暮端?」


声の主は、まさかの隣のクラスの暮端だった。そのことにも驚いたけど、何よりもよく此処に俺がいることが分かったな…と警戒にも似た感心が湧き上がる。


「神守、先生が教えてくれたんだ。『多分弟くんなら皆の裏を突いて一階の何処かに居ると思います』って」


バレてる…流石に突如俺の姉を名乗り出しただけあって、お見通しのようだ。


「それで…どうしたの?わざわざ此処に来て」

「あ、えっと…その…」


こんな状況で何も考えなしに俺に声をかけるほど、能天気な人物ではないはず。しかし普段にも増して言い淀む暮端に、扉越しに首を傾げる。


『紳人!』

(コン!おかえり、今暮端が…)

『まずいぞ、今お主は囲まれておる!』

(何ぃ!?)


危うく声を出しかけて、咄嗟に両手で口を塞いだ。今更遅いかもしれないけど…。


しかし、暮端が言い淀んだ理由はよく分かった。何らかの理由でうちの化け物たちに揺さぶりをかけられたのだ、かと言って騙すのは気が引ける。


良心の呵責に苛まれていたのだ。その素晴らしい良心で、彼らが人に戻って欲しかった…というのは届かぬ願いだろう。


『廊下と連絡橋じゃが2階の廊下は人が完全に消えておる。恐らく、このトイレ内に陣取っている3人が来ておるようじゃな』

(つまり、抜けるならそこしかない…か。女子に見つかってしまうが、別校舎に紛れ込んでしまえば此方のものだね)


問題は此処から出る方法だが…流石に三角飛びは一度見せている。さっきは密着状態だから避けられたが、少し距離を空けられるだけで袋の鼠に陥ってしまうのだ。


(どう切り抜けたものかな…流石にトイレの窓は小さくて、逃げるのは難しそうだ)

『ふむ…では、此奴を巻き込んで騙してしまうのはどうじゃ?』

(暮端を…?)

『確かにこのトイレの窓はお主では通れぬじゃろう。しかし、先程お主は三角飛びで逃げるという離れ技を見せた。此奴らを騙すには十分じゃ』

(…そういうことか!コン、君は最高の神様だ!)

『むふふ、そうじゃろうそうじゃろう〜』


賢い我が神様の頭を撫でるフリをすると、半透明のコンは嬉しそうに耳と尾を揺らす。

その可愛さに元気を充電させてもらい、作戦を決行に移す。


するべきことは2つ。先ずは誘導だ。


一度静かに深呼吸をして、扉越しの暮端へ声をかける。


「暮端、廊下は見張られてるかもしれない。外に逃げるから窓を開けてくれないか?」

「わ、分かった…」


窓へパタパタと歩き出す暮端の足音に紛れて、ザッ…ザッ…と忍び足で擦れる音が聞こえた。


どうやら2名ほど連れたらしい、1人は廊下側に残したようだ。賢明な判断だが…たった1人であるならば、するべきこと2つ目の突破は容易!


ガチャリ…と鍵を開けて、個室から出るその瞬間。


扉を完全に開け放つ前にバッ!と身を滑り込ませ、背中に暮端たち3人を置き去りにする。


「くそっ!悟やれえ!」


廊下側に残っていたのは、撃たなければならない、悟本人であった。


「紳人ォォォ!」

「悟ゥゥゥ!」


迫真の顔で飛びかかってくる悟、しかし腋が甘い!


「せいやあああ!!」


一度背を向け油断させ、寸でのところでしゃがみチッと軽く制服が擦れるほどギリギリを回転扉のようにぐるんと駆け抜けた。


残念ながらそよ風は吹かなかったが、ディフェンスを突破することには成功である。


「あぁばよとっつぁ〜ん!」


何事かを叫ぶ3人には目もくれず、一目散に逃げ出した。廊下にさえ出てしまえば、後は純粋な足の速さが物を言う。


階段を一段飛ばしで駆け上がり、2階への道をひた走る。


『お主…本当に人間か?』

(意外とやってみれば出来るもんだね…)


もしかしたら俺も化け物だったのかもしれない。まぁいつか灰になって人より早く死ぬわけでもなし、今はひたすらに走らなければ!


踊り場を超えて2階へと辿り着き、意気揚々と廊下に飛び出した時。


一瞬視界が白銀に煌めいたかと思えば、ぼふんっ!ともふもふの何かに包まれてしまった。


このもふもふ感…コンに負けず劣らずの柔らかさと弾力!あっ素晴らしい!


「んっ…もう、弟くんったら学校で大胆ですよ?」

「ぷはっ、姉さん!何故此処に…」


艶めいた声に慌てて飛び退き、そのもふもふの主…ウカミの顔を見る。微笑みながらめっと人差し指を立てる様は、イタズラされた姉そのものだ。


その様があまりに自然で、俺は自分に迫る『2つ』の脅威を忘れてしまっていた。


「追い詰めたぞ不届きものめ!」

「おのれ更に罪を重ねるか!」

「その命、神に返しなさい!」


悟の様子が更におかしくなっている。だが、その程度瑣末な物だった。


『紳人…わしは悲しい』

(……ねぇコン、どうして何も言わずに俺の首に手を回してるの?)


物悲しそうに目を伏せるコンは、その華奢な半透明の手を俺の首に回している。


というかもう既に実体があれば窒息しかねない、今でさえ心なしか苦しく感じているのに。


『お主の最後を、直接この手で看取ってやれぬとは…!』


あっこれ確実に殺る気だ。


「コン!待っガガガ!」

「ひ、ひぃっ!化け物め!」

「近付けねぇ…近付きたくねぇ…」

「ハンマーいるか?」


全員にツッコミたいが、とりあえず悟。光になりそうなのは俺なので助けて欲しい。


ぎゅっ…とコンが両手が噛み合うほどに合わせると、俺の息苦しさがマッハになる。そんなこと出来たんですねコン様。


って、言ってる場合じゃない!このままじゃ…本、当に…!


『コン、ちょっと待ってあげてください。神守さん…いえ、紳人さんもわざと私の尻尾に埋もれた訳ではないんですから』


捨てる神あらば拾う神あり、絶望的な状況下でウカミ様がコンと俺にだけ聞こえる声で止めてくださった。


『むぅ…お主に止められるのも釈然とせぬが、道理ではあるか…。すまぬ紳人、大人げなかったの』

(コンが分かってくれたなら、大丈夫だよ…)

『じゃが、お家に帰ったらもふもふの刑じゃからな!覚悟しておれ!』


寧ろ受けてみたい刑に心が揺れる中、宇賀御先生ことウカミは動きあぐねていた生徒たちへ歩み寄る。


「私と弟くんのことで困らせてしまい、ごめんなさい…」

「いえ、神守先生が悪いわけでは!」

「俺たちこそ騒がしくしてごめんなさい…」

「俺たちはただ、紳人が羨ましかったんです」


ぜっっっったい最後の理由が今回の騒動の全てだよね。何だかんだ言ってくれちゃって…。


しかし、たった一つの言葉と流麗な所作だけで彼らを鎮めてしまうとは。鶴の一声ならぬ神の一声だ。


尚、彼らの視線が上下で彷徨っていたのは見なかったことにする。


ウカミの胸は何とも『紳人?』ごめん皆、これ以上俺の口からは何も言えない…。


「私たちは凄く普通です、皆が気にするようなことは何もありませんとも」


皆が化け物から徐々に人へと戻っていく。良かった、本当に良かった…。


こうして俺の高校生活は、無事平穏を取り戻すのだった。


「お風呂はまだ一緒に入ってません!私が入ろうって言っても、弟くんは恥ずかしがって水着を付けないと入ってくれないんです…」


まさか語り手を上回った上に、堂々と嘘をつくなんて!


仕方がないので、此処は改めて。こうして俺の平穏な高校生活は、崩壊を迎えることに。


ウカミが放った今日史上最大級の爆弾発言後の俺の行く末に関しては、詳細は省くが結論から言うと死にかけた。


〜〜〜〜〜


「はぁ…生きた心地がしない…」


シャワーを浴びているのに、思い出すだけで悪寒が止まらない。暫し小刻みに震え、恐怖を和らげるために溜めておいた湯船に浸かる。


軽く湯船が嵩を増ししっかりと肩までお湯に浸かると、今日の疲れが洗い流されていくようだ。


コンには帰るなり『お仕置きじゃべ〜』と尻尾を頭に巻き付けられた。ゴキッと頭蓋が嫌な音が鳴るまで締め付けられたが、今のところ異常はない。


気付かぬ内に正常と異常の判断基準が狂っている気がするけど…それこそ気にしないでおこう。


「少し早いけど、そろそろ上がるかなっ…と」


湯船から立ち上がると、そのタイミングでガチャリとお風呂のドアが開いた。気圧で開いたのかな?


「弟く〜ん!お姉ちゃんと一緒に入りましょ♪」

「きゃぁぁぁぁ!」


何とそこには、一糸纏わぬウカミが居た。


白銀の耳尾も、雪のように白い珠肌も、世の男性全てを虜にしてしまえそうな魅力な体つきも。


それら全てをまじまじと拝見してしまい、我ながら逆だと思いつつも両手を顔に当てザパァン!と湯船に全力で舞い戻る。


「ななな何でウカミ様が?コンは止めなかったんですか!?そしてバスタオルはッ!?」

「ふふふ…プリンの特集をやっているので、食い入るように見ています。バスタオルはお風呂場に持ち込まないのがマナー…そして私は神ですからね、見られて恥ずかしがる部分など無いのですよ」


くっ、何だか凄い既視感(デジャヴ)を感じる…!


しかしこのままではまずい、本当にどうなるかは分かったことではない!倫理的に、そして生命の危機的に…!


「っ、そうだ!」


(コン、コン!助けて!)


……数秒待てども返事がない。いつもならノータイムで返事を返してくれるのに、一体これは…?


「心の声も届きませんよ?私が遮断してます⭐︎」

「ちぃ!最近やりたい放題になってないです!?」


実はウカミも色々遊んでみたかったのかもしれない。今度はウカミも外出に誘ってみようか。


「それで…何で急に入ってきたんです?今までこんなことしなかったのに」

「実は…ですね…」

「はい」


ガラッとお風呂場の椅子に座る音が響く。

そして、重たい口調で語り出すウカミに少し体を起こして耳を傾けた。


「……少しばかり、神守さんと2人で話したかったんです」

「えっ?」


思いがけない言葉につい聞き返してしまう。顔もウカミの方を向いてしまうが、流石に手は退かさないけれど。


「2人で登校する貴方たちが楽しそうで、1人で此処に居たり神隔世を見回っている間も気になって。だからつい、先生になっちゃったのです」

「そう、だったんですね」


やはりウカミも、1人は寂しかったんだ。少し申し訳ないな…。


「ただ楽しすぎてはしゃいでしまい、あんなことになって…ごめんなさい神守さん」

「いえ…確かに色々あり過ぎましたが、何だかんだ楽しかったですよ。貴女が良ければ、気が済むまで楽しみましょう?」


俺の命が脅かされない程度に。


「ふふっ…本当に、優しいんですね」

「俺はそんなのでは…」


少し小恥ずかしいが、そう言われるのは素直に嬉しい。緊張が解け、体から力が抜けていく。


「神守さん」

「ひゃいっ!?」


不意に耳元で囁かれドキッと鼓動が弾むが、よりウカミが近いとなれば慌ててはいけない。


手が顔から離れ、その先でうっかり胸に触れてしまっては一大事だ。


「……私のことも、呼び捨てにして良いんですよ?」

「あっ…そういえば、ウカミ様か姉さんとしか呼んだことなかったですね。それじゃあ…ウカミ」

「はい♪」

「明日の小テストの範囲って教えてもらえますか?」

「もう…分かってますよね?」


ダブルミーニングで断られる。やはりウカミには敵わない。


「それでは…私は先に上がります」

「あれ?それなら俺が出ますよ。ウカミは入ったばかり、少し背中を向けていてくれれば…」

「確かにそうなのですが…」


「紳人。17文字までは聞いてやるが…考える時間は欲しいかの?」

「----あ」

「湯船は綺麗にしておいてくださいね〜?」

「えっちょっと待っ!?たす」

「さらばじゃ」


コンのもふもふ尻尾でギリリリ…と万力の如く締め付けられながら、記号も文字数に含められてしまったと上手く言い残せなかったことを悔いながら気を失うのだった。

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