神の気まぐれ、コンなのあり?③
「皆さん、サッと教科書読み返す程度の復習をしてくださいね〜?はい…では本日の授業は此処まで。ありがとうございました」
『ありがとうございました〜』
「くぅおおおお!」
『待てゴラァァァァァァ!!』
「わぁ…神守さん、人気なんですね〜」
1時限目の国語の授業が終わった、その瞬間。俺は全力で教室から逃げ出した。そう、逃げ出したのである。
理由は単純明快。授業が頭に全く入らないほど、俺は授業中針の筵のように視線を刺されていたから。
今の彼らはもう話し合いでどうこうできる状態じゃない。
授業中は流石に先生の目があるため、いきなり暴れ出す暴挙には出ない。だが授業が終わった瞬間…ご覧の有様だ。
この調子だと俺を亡き者にするか根掘り葉掘り聞きだし、根っこの一つすら残らず掘り起こすまで学校を生きて出ることは叶わないだろう。
故に、俺が取れる行動は一つ。
「休憩時間はひたすらに逃げて、学校が終わり次第死ぬ気で帰る…!」
『ちぃ!あいつ、あんなに足が速かったのか…!?』
廊下を駆け抜け階段を一段飛ばしで飛び降りながら、少しずつ遠のく声に口角を持ち上げて笑う。
特に鍛えた訳では無いのだが、昔から俺は人より多少足が早かった。
そして一人暮らしを始めてからは余計なものを飲み食いしなくなったので、肉体は勝手にシェイプアップされている。
「……まぁ、最近はバランス良い食事を摂るように心掛けるようになったけどね」
コン達が来たおかげでより良い自炊をするようになった。しかし、今はウカミのお陰でこんなことになっているので感謝するのはコンだけにしておこう。
校内の一階…からすぐに別の階段から3階へと昇り、足音にすぐ気付けるよう静かに廊下を歩く。
今は早めに受験した人やこれからの受験に集中したい人もいる為、3年生は自由登校になっているのだ。
その為、教室にいるのは精々5人程度。自由登校なら、わざわざ学校に来るのは相当暇人か友達が学校でないと会えない距離にいるかじゃないかな?
俺は先輩との交友関係は全く無いので、不思議そうに見られても声をかけられることはないし密告される心配もない。
血眼になっている彼らも、美術室や音楽室などの実技系教科で使われる別校舎に逃げると考えるはずだ。
脱兎の如く逃げ出すような相手が、一個上の階でのんびり歩いているとは思わないだろう。灯台下暗しというやつである。
「どちらかと言うと灯台上眩し…って感じかな?」
「なるほど、上の方は眩しいので暗い足元と同じくらい見落としやすいってことですね」
「ほわぁ!?…な、何だ。ウカミ様ですか」
「冷たいですね…折角様子を見に来てあげたのですよ?」
背後から急に声をかけられ、本気で肝が冷えた。バッと反射的に振り向くとそこでは、スーツ姿のウカミが頬を膨らませ俺を小さく見下ろしている。
「私が神守さんは別校舎にいると言ったので、皆さんこの校舎にはいませんよ。安心してください」
「それは有り難いんですが…元はと言えば貴女が!」
「あ、お姉ちゃんには敬語要りませんよ。家族なんですから…」
「話を聞いてよ姉さん!普通そこは先生と呼びなさいじゃないの!?」
相変わらずマイペースな神様だなぁ…。
「ふふっ…ほら、自分の教室に戻ってください。もうすぐ授業が始まりますよ」
「…帰ったら色々聞かせてもらうからね、姉さん」
「帰れると良いですね」
「不穏なんだけど!?」
実際はその通りなのが、頭の痛いところである。
信用して良いのか大分悩むポイントではあるが、俺は基本的にどうせ後悔するなら信じて後悔したいので神の導きに従って教室へ。
「あ、紳人くんおかえり!良かった…皆凄い剣幕だったから、私てっきり…」
「ところがぎっちょん!生きてます」
教室のドアを開けると、直前までピンクのスマホを弄っていたようでそれを引き出しに戻しながら未子さんが笑顔で出迎えてくれた。
彼女からの援誤射撃も間々あったが、それを差し引いて尚癒しを感じる笑顔である。コンを頼れない今、俺にとって心のオアシスは彼女しかいない。
「はぁ…疲れた。皆踊らされすぎだよ…」
「私は何だか仲良しって感じで、楽しいな」
「その仲良しの輪に俺が入ってたら同意したけどね?」
命の危険がある仲良しは、多分仲良しとは言わないだろう。
「ねえ、紳人くん」
「ん?」
「…紳人くん?」
「はい?どうしたの?」
「むぅぅ〜」
「?」
繰り返し俺の名を呼ぶばかりで、その先を口にしない未子さん。はて、どうしたのだろうか…と思った時。
ピンと来て、それが何だか可笑しくて。つい笑ってしまいながら、恐らく彼女が望んでいるであろうことを口にした。
「…未子さん」
「あ、呼んでくれた!良かったぁ…私の名前、覚えててくれたんだね」
「そりゃあクラスメイトですから。それに、俺はさっきも呼んだはずだけど…」
「あれは皆が居るところだったでしょ?まだ2人きりの時には呼んでもらってなかったよ」
「そういえばそっか。って、思えば俺は名前で呼ぶ必要はないけども」
あと、2人きりではない。もう既にその微笑みの裏で黒い影がチラつくコンと、腕を組んでニヤケ顔を絶やさないトコノメも居る。
「でも、私だけ名前を呼んで紳人くんは名字で呼ぶのは不公平じゃないかな?」
「それは…そうかもしれない」
「ね?だから、これからはそうしよっ」
決まり!と断言され、流された気がしなくもないけど咎める理由も無いので頷くことにした。
「やったぁ♪」
上機嫌にきゅっと小さく両手を握り、喜ぶ未子さん。名前の呼び方一つで大袈裟だな…と内心穏やかに眺める。
『のう、紳人』
(ん?コン、どうかした?)
『むふ〜…やはりお主はわしの紳人じゃな。良い良い♪』
(?)
不意に俺のことを呼ぶコンに返すと、両手を頬に当ててふりふりと体を揺らし喜ぶ。よく分からないけれど、彼女が喜んでいるなら何よりだ。
『……もしかしてお前、今自分がどんな状況にいるのか分かっていないのか?』
(いきなり不穏なこと言わないでよ、トコノメ…)
何だかんだでほぼ静観していたトコノメが、珍しく信じられないといった顔になる。流石に不安になり、少し気弱にならざるを得ない。
『そうか…それもまた良かろう。我が口出しすることではあるまい』
(お願いだトコノメ!俺ただでさえ悩みの種が初代『やどりぎのたね』みたいになってるんだ、そこをはぐらかさないで!)
『悩め人間、それが…』
(……それが?)
『我の愉悦になる』
(あんたって神はぁ!許すもんかぁ!)
喜ぶコンと未子さん、悦ぶトコノメ。そして苦悩する俺…俺だけが苦しい世界に、授業という檻に戻ってきた
そして、俺にとって平穏であり拷問のような時間が再び始まるのだった。
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