神の気まぐれ、コンなのあり?②

「おいおい神守さん…いや紳人さんよぉ!」

「な、何かな田村くん…」


騒然とする教室。何故か止めない担任。あらあらと楽しそうに笑う宇賀御先生ことウカミ。


既に情報量でパンクしそうなので出来れば勘弁して欲しいのだが、俺には分かる。この顔は…愉悦に浸っている表情だッ!


「『従姉妹ちゃんと良い感じ』なのに、こんな綺麗なお姉ちゃんも居るなんてなあ!?」

「悟ゥゥゥゥゥゥ!!」


彼の名前は田村 悟である。


「なにぃぃぃ!?」

「しかも皆!こいつはその従姉妹ちゃんと同じ屋根の下で暮らしてるんだぜ!?」

「なぁにぃぃぃぃ!?」

「更に更に!その従姉妹ちゃんもお姉さんに負けず劣らずの別嬪さんなんだぜぇぇ!!」

『な"ぁ"に"ぃ"ぃ"ぃ"!?』


いけない。このままでは男子が憤怒の暴徒と化してしまう。


しかし心配ない!このクラスには頼れる委員長こと鳥伊未子さんが居る。最も幸運なのは彼女が俺やウカミの事情を知っていることだ。


少なくとも女子は抑えてくれるはず!


「この前は皆でデートしたよね、楽しかったなぁ〜♪」

『女の敵よぉぉぉぉ!!』

「鳥伊さぁぁぁん!?」


後ろから突如として刃物で刺された。これから彼女のことをツクヨミと呼ぼうか迷う中、悪意を感じられない笑顔を浮かべていた鳥伊さんは「私は名前を呼んでくれないんだ…」としょんぼりする。


それが火に油を注ぎ、俺は鉄板の上で焼き土下座をさせられているレベルに集中砲火を受ける羽目に。


(こ、コン!助けてくれ…!)


最早頼みの綱は自分の神のみ。こんな状況だ、神頼みしても許されるだろう。


『助けてやりたいのはほんに山々なのじゃが…わしの声、此奴らに届かぬからのう』


そうでした。


「もう我慢できねぇ!!1発胸ぐら掴まなきゃ気が済まねえ!」


胸ぐらで良いんだ…というツッコミはさておき、我慢できないらしい中田が席を立ちかけた時。


救いの神は舞い降りた。


「皆さん、落ち着いてください」

「先生…!」


担任である先生が、パンパンと手を叩いて漸く皆を止めてくれる。俺は思わず涙ぐんでしまい、心からの尊敬の念が禁じ得ない。


「そういうのは休み時間にやるものですよ」

「休み時間でも駄目だと思いますが!?」


鬼かこの人!?


『……早退するのも良いと思うのじゃ』


四面楚歌。八方塞がりの地獄の中で、憐憫の笑みでコンが俺の肩を叩いてくれるのがせめてもの救いだった。


〜〜〜〜〜


「それじゃあ、一時限目は早速神守先生が国語を教えてくださいます。私は別の授業で離れますが…先生の言うことは聞くように」


そう言い残して何も心配いらないとばかりにスタスタ歩き去る。お願いなので1人の生徒を処刑台に送らないようにという言い残しもしてほしい。


「ウカ…姉さん、ちょっと話が」

「おいどういうことだよ『紳人』!」

「『紳人』くんがそんな人だなんて思わなかった!」


早速突飛なことを始めたウカミに詰め寄ろうとしたが、逆にクラスの皆に取り囲まれてしまう。


ウカミが神守姓を名乗ったので、今まで俺を名字で呼んでいた人たちも名前で呼ぶようになっているのか。


「ま、待ってくれ。俺にも何が何だか…」


矢継ぎ早の質問攻めで、もう誰1人としてまともに聞き分けてあげられない。


聖徳太子の気持ちをひしひしと感じながら、ニヤニヤ笑い続けるトコノメをグッと睨む。


ふと、この状況でもウカミに言葉を届けられるのを思い出した。


皆からの質問と糾弾の濁流は愛想笑いで流し、心の中で祈る気持ちで話しかける。


(ウカミ様!この際学校に来るなんて過干渉のことは良い、何故俺と貴女が姉弟なんて仰るのです!)

(良いではありませんか、こういうのライトノベルっぽくて良いでしょう?義姉と弟が同じ学校、しかも教師と生徒だなんて)

(なってみて分かりましたけど、これ爆弾投下に等しいですよ!あといきなり言われたのが

1番びっくりなんですけど!?)

(すみません、わざとですっ⭐︎)

(ウカミ様ぁ…)


思わず苦悶の表情を浮かべると、1人の男子生徒がグイッと俺の前に躍り出た。紛れもなく、悟である。


「……紳人」

「何だい悟」

「大変そうだな」

「貴様のせいだが!?」


この男は何を他人事のように言ってのけるのか。俺が今置かれている惨状の9割は此奴のせいだ、間違いない。


『紳人よ』

(トコノメ!?君から話しかけるなんて珍し…)

『大変そうだな』

(ガッ…グッ…)


トコノメが悪ノリして俺に話しかけてくるが、彼女の場合は完全に他人事なので言い返すことができないのである。


分かってやってるな…?


「そ、そうだ!気になることは全部…」


そこまで言いかけてハッとする。俺が置かれている惨状の残り1割、つまり事の発端はウカミなのだ。


そんな相手に全てを投げてみろ、今度は「昔はお姉ちゃんと結婚する〜!って言ってくれてたのに…ちょっぴり寂しいです」なんて言われかない。


……ん?


「貴殺死是非、慈悲無」

『慈悲無…慈悲無…』


暴徒であればまだ良かったとは思わなかった。ゾンビのように揺らめきながら男子を前面女子を後面に、俺に押し寄せてくる。


「おち、落ち着いて!あれは姉さんの冗談だから!」


教室の1番後ろまで追い込まれ、咄嗟に時計を確認する。始業開始まであと1分…その時間くらいなら稼いでみせるさ!


「冗、談…?」


ピクリ、と1人の生徒が反応したのを俺は見逃さない。此処が勝機だ、今度という今度こそウカミに勝つ…!


「そう、冗談!それにもしそうだったとしても、俺が可哀想に振られて終わり!そうだろう!?」

『そうかも…紳人くんは良い人だけど、それまでだし…』『確かに紳人があんな綺麗なお姉ちゃんと結婚出来るなら、俺たちが出来ない方がおかしいもんな…』


失礼な納得のされ方なのがどうにも釈然としないが、若干そう誘導したきらいもあるのでこの際甘んじて受け入れよう。


「さ、分かったらそろそろ授業開始だし皆座ろう?」


さぁさぁと手で促すと渋々と言った様子でゾンビは人へ戻っていく。はぁ…と脱力し、俺も歩こうと顔を上げた。


「あれ?でも確か『紳人』くん、お姉さんも一緒に住んでたよね?」

「……未子さん…」


キョトンと頰に人差し指を当て小首を傾げる鳥伊さん改め未子さん。


その一言でゾンビたちはついに理性を失ったバーサーカーへと成り果て、授業が終わった瞬間俺は死亡するであろうことが確定した。


(コン…俺、やっぱり今日早退しようかな)

『…此処まで怨嗟の炎が燃え盛っては、逃げたところで地獄が明日になるだけじゃな。帰ったら沢山慰めてやる。じゃから…


生きて帰ってこい、紳人』


……ごめん、コン。それは…約束出来ないや。

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