春の足音、風に揺られて④

「…皆行ったかな?」

「うむ、そのようじゃの」


田村に肩を組んで連れて行かれる紳人達を見送り、鳥伊と向かい合う。何故此奴がヒソヒソと声を潜めておるのか分からぬが…。


「ふふ、それじゃあ行きましょうかコンさん」

「行くって、何処にじゃ?」

「勿論…洋服屋さん!」


洋服か。必要性だけを考えれば、この服のままで良い。しかし、


「着飾って神守くんに見せたら、きっとゾッコンですよ…」

「む、むぅぅ!……案内を、頼むのじゃ」

「お任せください、コンさん♪」


紳人の名を出されてはどうも拒むことが出来ぬ。彼奴を虜に出来るなら…たまには服を着替えてみるのも良かろう。


例え…わしにその資格が無かったとしても、ひとときの夢を見ることくらい…許しておくれ。


「……やっぱり、神守くんのこと好きなんだ」

「んむ?何か言うたかの?」

「いいえ、気のせいですよっ」


考え事をしていたせいで、鳥伊が何か言ったのを聞き漏らしてしもうた。が、聞き返しても何も言ってないらしい。


空耳にしてはハッキリしてたが、本人がそう言うのであれば大したことではないのだろう。


そうして、わしは案内されるままに洋服屋へと足を踏み入れた。


「最近の服は華美なものが多いのじゃな。わしも紳人もファッションというものに執着せんから、トレンドは分からぬな…」

「大丈夫!大切なのはコン様に似合うかどうか、私が見繕ってみせます!」


わしはお洒落に精通している訳ではないので、こういう時に自信満々に胸を張る此奴は頼もしい。


「とはいえ今回は、私ではなく神守くんが似合っていると思うものです。コンさんはどういう服が好きとか、聞いたことありますか?」

「ううむ…てんで聞いたことが無いのじゃ…」

「では、何を着たら喜びそうかをイメージしてみましょうか」


すぐにお手上げ、ではなく次の手を即座に思い付くのは流石である。将来は良き嫁になるな…紳人以外の嫁に、じゃけど。


言われた通りイメージするため、一度瞼を閉じて腕を組む。今し方見たもので試してみるか。


先ずは…白のワンピース。


『紳人、これ…どうかのう?』

『うん、凄く可愛いね』


「ぬうう…」

「コンさん?顔が赤いですよ…?」

「す、すまぬ…大丈夫じゃ」


容易に想像出来るのがわしの口から何とも言えぬが、これでは喜ぶのはわしであって彼奴ではない気がするのう…次じゃな。


次は…あのマネキンのをイメージしてみるか。白のセーターに黒のロングスカート、その上から橙色のコート…と。


『紳人!こういうのは、わしに合わぬか…?』

『そんなことない!大人びた感じがして綺麗だよ、コン』


「くうう…!」

「顔がもっと赤くなった!?」

「ま、まだじゃ…。わしは紳人の神、喜ばせるのはわしの方なのじゃ…!」

「どんな想像をしてるのかな…?」


オロオロと心配する鳥伊に手を向け宥めつつ、もっと攻めるべきじゃと判断し少し肌色が多い服装を探す。


あれなど良さそうに見える。クメトリがしていた格好に似ておるな…ピンクのフリフリが付いたブラウスに黒いミニスカート、最後に黒いジャンパー。


ハイカラが過ぎるやもしれぬが、これも彼奴のため…いざ!


『こんなのはどうじゃ、紳人よ(パチリとウィンク』

『あぁ…凄く素敵だよコン!今度その服を着てデートに行こう!(キラリとイケメンスマイル』


「気が早いのじゃよぉ…」

「わ〜コンさんの頭から煙が!?」


耳と尻尾が勝手にパタパタ暴れ出してしまいながら、両手で顔を覆ってついに恥ずかしがってしまう。


「駄目じゃ、どれも喜ぶ姿しか見えぬ…わしは駄目な神じゃ…!」

「…ごめんコンさん、私もそんな気がするの。だから此処はもう、コンさんが良いなって服にしましょう」


それが1番彼も喜ぶと思うなあ…と微笑む鳥伊。確かにわしが選んだもので紳人が喜ぶのなら、それに勝るものは無い。


「金ならそういうこともあるかもと貰っておる!全額は勿体無いが、6割程度は許してもらうしかないの…!」


洋服って意外と高いのじゃな…と思いつつ、何とか選び抜いたわしの服を見た鳥伊の反応は、


「コンさん…もっと普段からおしゃれするべきです!!」


と凄い勢いで力説する、というものじゃった。


〜〜〜〜〜


「それじゃあ、私達はこっちだから」

「あぁ、また明日!」


ひらひらと手を振る鳥伊さん、暮端、田村に手を振り返してデパートを後にしようとする俺とコン。


その別れ際、此方に駆け寄ってきた鳥伊さんが俺にだけ聞こえるように耳打ちで囁いた。


「神守くんなら心配要らないだろうけど…ちゃんと褒めてあげてね」

「……?うん、分かったよ」


何のことやらサッパリだが、頷いて困ることでもない。とりあえず頷くとよしと頷き暮端と田村を入れた3人、自らの影を追いかける様にして帰っていった。


「それじゃあ帰ろうか、コン。その袋も俺が…」

「いや。すまぬがこれは、わしに持たせて欲しい。わしが…持ちたいのじゃ」


夕陽が眩しいのか、微笑み混じりなのか。或いは両方か…コンは、自分の腕の中にある少し大きな袋を大事そうに抱えて目を細める。


「分かった。重くなったら、言ってね」

「その重さすら心地良いのじゃ」


フッと俺に微笑みかけ隣を歩くコンは、その頰と髪を夕陽に濡らしてとても美しかった。


きっとその笑顔も、俺は一生忘れないだろう。


〜〜〜〜〜


「おかえりなさい。神守さん、コン。デートはどうでしたか?」

「ただいまです…というかウカミ様!で、デートでは…!」

「何じゃ、浮かれていたのはわしだけか…」

「はいデート凄く楽しかったです!!」


しゅんとするコンに、わざとだと分かっていても罪悪感を隠せない。恥も外聞もかなぐり捨てて告げると、コンとウカミは姉妹のように同じニヤニヤ笑顔を見せる。


「さて、わしはちょっと着替えるのじゃ。紳人、待っておれ〜!」

「はい…どうぞ…」


項垂れる俺を他所に、上機嫌に袋を抱えて寝室へ消えていくコン。2つとも要冷蔵のものであることを確認して冷蔵庫へと収納し、とさっとソファへ座り込んだ。


今日は何だか頭を働かせすぎて疲れたな…

しかし、答えは出せずとも向き合う覚悟は出来た。いつかは…もしかしたら明日にでも、答えは出るかもしれない。


「…何だか、神守さん顔つきが変わりましたね?少し大人になったような気がします」

「そうですか?自分じゃわからないもので…」

「やっぱりデートのお陰ですかね?」

「ウカミ様!?」

「ふふ、冗談です♪」


この神様、1番敵わないかもしれない…。


「し、紳人!ちょっと来てくれるかの!?」

「ん?どうかしたの、着替えるって言ってたけど…入って大丈夫?」

「うむ…お主でなければ駄目なのじゃ」

「呼ばれてますよ。行ってあげてくださいな」


寝室の方から、コンが俺を呼んだ。一度ウカミと顔を見合わせて促されたので寝室へ。


「コン、入るよ。一体どうしたの………」



「----どう、じゃ?こんなわしは…変かのう?」



入ってコンを見た瞬間、世界はその時を止めた。そんなことはあり得ないはずなのに、俺の中の世界は間違いなく静止したのだ。


狐の耳と尻尾はふりふりと可愛らしく揺らめき、綺麗な髪は背中まで伸び。薄暗がりの部屋で殊更金の瞳は煌めき、桜色の唇は瑞々しく艶めく。


それらだけでも絶世のものだが、今回は更に注目すべきポイントがある。コンのその衣装だ。


黒色のシースルーに膝丈までのベージュ色のロングスカート。色合いはシンプルだが、服のデザインがシルエットを強調する為コンの整った体との相性は抜群である。


……あぁ、そうか。鳥伊さんの言っていたこと、コンが後生大事に抱えていたこと。全てが頭の中で線となり繋がった。


「コン」

「ん…?」


「とても綺麗で、素敵だよ。大人びて流麗な感じがコンに凄く似合ってる。今度は…2人っきりでデートしよう」

「〜〜〜〜!!嬉しい…嬉しいのうっ!絶対じゃぞ!約束を違えたら許さぬからな!?」

「この命に代えても必ず」

「たわけ!死ぬのはもっと許さんわ!」


涙目でコロコロと表情を変えるコンが、どうしようもなく愛おしい。堪えきれず彼女の頭を撫でると、幸せそうに撫で受ける。


……その後、コンは今日の夕ご飯の時間までずっとその服を脱ごうとはしなかった。


そして終始ドキドキしっぱなしだった俺は、そのことが速攻でバレ就寝するまでウカミに揶揄われ続けたのだった。

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