遠く離れて、故に近くに②
「どうじゃ、紳人よ。寝苦しくは無いかの?」
「凄く心地良いよ、コン」
「それは良かったのじゃ」
お昼も2人で食べ終え、ソファの上で俺を膝枕して微笑むコン。頭を撫でる手の感触に身を委ねながら、その太ももの感触を感じる。
どうしてこうなったかと言うと、コンと並んでテレビを見ていた時不意に膝枕のシーンが流れた。
それを見て、コンが「お主もこんなこと、やってみるか?」というものだからお言葉に甘えることにしたのだ。
華奢なコンの足の上に頭だけでも乗せるのは重くないか心配だったけど、柔らかく受け止めてくれている。
「お腹もいっぱいでこんなにゆったりして…お昼寝してしまいそうだよ」
「食べた後すぐ寝ると、牛になってしまうぞ?多少経っておやつの時間前じゃが」
俺の軽口混じりの言葉に、上品に笑いながら反応するコン。カーテン越しに差し込む陽射しに、橙の髪が艶めいて綺麗だ。
「ん?どうしたのじゃ、そんなにわしの顔を見つめて」
「あ、いや、何でもないんだ!ただちょっと…」
「ちょっと?」
「…ちょっと、コンが綺麗だなって思っただけ」
「……!」
そのあまりの美しさに、つい本音を隠し切れず漏らしてしまう。そのことに!と尻尾と耳を立て、金色の目をくりんと丸くさせてコンは驚いた顔を見せた。
あぁ…また手玉に取られてしまうかな?それとも、得意げに胸を反らすのかな。
次のコンの行動をあれこれ想像して、狼狽えていると…コンが取った行動は俺の予想外のものだった。
「……わしから見れば、お主も十分綺麗じゃよ」
「コン…?」
突然、声の雰囲気の変わった気がする。コンの膝の上から体を起こし目線を合わせると、その小さな両手を胸の前で合わせて瞳を潤ませていた。
「ご、ごめん!何か失礼だったかな!?」
「違うのじゃ…とても、嬉しくて…もうダメなのじゃ!」
「え?うわっ!?」
コンの腕とは思えないほどの力でぐいっ!とソファに押し倒され、上から俺を切なげな眼差しで見つめるコン。
その吐息も何処か熱っぽくて、俺は声を出すのも忘れて食い入るように見惚れてしまう。
「紳人…わしは、わしはな?」
「……」
2人きり、我慢できないと俺を押し倒し、そんな状況で打ち明けるもの。それらが導き出される答えはたった一つで、そのことを強く意識してしまい指先すら動かせない。
鼓動が高鳴る。自分の鼓動が強くて、視界が揺れる。
息が早くなる。少しずつコンの息遣いに近付き、一つに溶け合うように重なっていく。
視線が重なる。目と目で通じ合う、その言葉のままに目線が逸らせなくなる。
やがて…コンは、告げた。
「お主のことが…好きなのじゃ」
「----!」
驚愕と喜びのあまり、瞳孔が反射的にこれでもかと開いていく。そして、俺の思考はコン以外何も考えられないほどに真っ白になる。
だからこそ。
「神と人なんて些細な身分も、全てを忘れて一つになりたいのじゃ…!」
その直後の言葉で、バケツの水を被ったように全身が急速に冷え冷静になっていった。
恍惚とした表情で俺の頰を撫で、唇を近付けてくるコン。いや…違う。
「君は…誰?」
ビクリとコンの全身が強張るのが見てとれた。
「こんな時に何じゃ、流石のわしも…」
「違う、君はコンじゃない」
「……」
あれだけ乙女の表情をしていたコンの顔から、表情がスッと不気味なまでに引いていく。
その鋭く切れそうな眼差しから、何故だという強い疑問を感じたので零れずの言葉を拾い上げた。
「1番最初に疑問を持ったのは、君のパジャマが理想的なまでに乱れていなかったこと。コンは寝相が大層悪くてね、一度として乱れが無かったことはない。
次に、君の完璧な献身。コンもあの手この手で俺を手助けしようとしてくれるけど、殆どが上手くいかないんだ。美味しく料理を作るなんてとんでもないくらいに。
そして決定的なだったのが…今の言葉だ」
「今の…?」
先程まで聞こえていた声が、コンのものから別人のものへと変わる。しかし今更そんなことはどうでも良い。
俺は今…無性に気が立っている。
「コンは…自分が神様であること、俺の神様であることに誇りと責任を持っているんだ。それ故に、悩むことも多い。
だから!自分が神であることを、自ら捨てたりしないんだ!」
「……!」
堪え切れなくなり怒気を孕んだ声で思い切り叫ぶ。
すると瞬きの内にコンの姿は消え、目の前に居たのは…見知らぬ金髪の黒いジャンパーとチェックのミニスカートを着た女性だった。
「あーあ…バレちったか。やっぱあいつになりきるのは難しいね」
「もう一度聞くぞ、誰だお前は」
「へぇ、あんたそんな強い言葉も使うんだ。ちょっと意外…ますます気に入ったわ。
それに免じて先に名前を聞く無礼は許してあげる。私はクメトリ、向こうからあんたを見て気に入ったからアイツから奪いにきたってわけ」
「アイツ…そうだ、コンは!」
慌てて周囲を探す。リビングには当然、寝室にもコンの影すら見当たらない。そもそも、家の中に微塵も気配を感じないのだ。
「コンを何処にやった!!」
「そう怒鳴らないでよ、良い顔が台無しよ。そんなに心配?でももう遅いんじゃないかしら、あっちはあっちであたしと組んだ奴がよろしくやってるでしょ」
「コンも狙われているのか…!」
クメトリの言葉も耳半分に台所や風呂場などを探し、やがて玄関に辿り着く。そこにコンの靴は無かった。
「さ、分かったらあたしともっと…ってコラ!何処行くのよ!?話はまだ…」
「悪いが君はタイプじゃない!君自身凄く
一度だけ振り返って告げた時の、クメトリの少し怒ったような悲しそうな顔に心が痛む。けれど、今はそれを気にかけてあげられる余裕はない。
弾かれるように玄関を開け放ち、鍵も閉めぬままけたたましく階段を駆け降りていく。
(コン、君は今何処にいる…!?)
どんなに遠く離れていても、お互いの位置が見えなくても。今も俺は、コンを近くに感じている。
きっと届くと信じて心の中で語りかけた。
その祈るような言葉に、返ってきたのは…。
〜〜〜〜〜
「いや〜プリン美味しかったね!コンはどのプリンが好きだった?」
「そうじゃなあ…あのバニラみたいに甘いプリンかの。あれが1番甘くて美味しかったのじゃ」
「カスタードプリンかな?確かにあれは良かったな〜」
初めて出会った日と同じように、夕暮れの公園で紳人と並んで座る。但し、あの頃よりも距離は人1人分離れておるが。
食べている間も、どうにも違和感を拭えなかった。プリンの食べ方も少し雑に見えたし、殆ど此奴はプリンを食べずわしに話しかけてばかり。
本当に今日の此奴はどうしたのじゃ?普段よりもスキンシップを求める割合が多いし、視線もわしというよりわしの体に向けられている気がする。
「コン…その、いきなりなんだけど…大事な話があるんだ」
「む?改まってどうしたのだ、紳人」
不意に立ち上がった紳人が、真剣な表情でわしを見てきた。応えるためわしも立ち上がりその顔を見上げる。
「……ごめん、俺…コンとはもう一緒にいられない」
「なっ…」
悲痛そうな顔でわしから視線を逸らす紳人に、唖然とする。流石に予想だにしない言葉に、狼狽える気持ちを抑えられぬ。
「ど、どうしたのじゃ急に!何故…!」
「俺は人間で、君は神様だ」
「!」
その言葉にハッとして、一気に心が平穏を通り越して凍り付いていく。顔が歪んでいくのを抑えられない、こんな顔…彼奴には見せられんな。
「俺は君に相応しくない。君にはもっと相応しい神様がいるはずだ、そう例えば…」
「もう良い黙れ」
「ッ!」
心中で渦巻くドス黒い感情を抑えることなく、最大限の怒りを持って吐き捨てる。
「ど、どうしたのコン…そんな顔して」
「わしの名を気安く呼ぶでないわッ!痴れ者め!」
「そんな…俺は…」
捨てられた子犬のような顔をする。あぁ、そんな顔をするでない。紳人の顔と声を、お前のような奴が真似るな!
「ずっとおかしかったのじゃ。明確に言えぬから黙っておったが…今漸く分かった!
お前は朝からずっと、わしに神様らしさを求めていた。お昼はわしのことを考えずに話し続けておった…!
そして今!明確にわしとお前の種族の違いを理由に別れようとした!
巫山戯るなッ!紳人はの、決して『らしさ』を押し付けたりはしないのじゃッ!
俺と君は同じだとまで言ってくれたのじゃ、神と人間がじゃぞ?そんなことを言うような者が、今更そのような瑣末なことでわしを拒絶するものか!
次に彼奴を騙ってみろ?今この場で、貴様を塵一つ残さず消してやるぞ…!」
言葉にすればするほど、目の前の何者かへの憤怒が湧き上がって止まらない。怒りのあまりわし自身がどうにかなってしまいそうじゃ。
「……チッ、めんどくせぇ。さっさと俺に身を任せてりゃあ優しくしてやったものをさ」
紳人が決してせぬような仕草で頭を掻くと、その姿がぼんやりと消え失せていく。
輪郭を失ったそれが再度形を成した時、黒い狼の耳尾を持つ白服に碧色の
「誰じゃ、お前は」
「あ?あぁ…何だ、向こうもしくじりやがったか。使えねぇ奴だな…」
「向こう…?貴様、紳人に何をしたかッ!」
「簡単な話だ。俺はお前が欲しくて、アイツはあの人間が欲しかった。だから手を組んだのさ」
いまいち要領を得ぬが、此奴の口ぶりから察するにどうやらわしが此奴を紳人と誤認させられていたように彼奴も何者かをわしだと誤認させられていたのだろう。
しくじった、というからにはしっかりと見破ったようである。流石はわしの紳人、当然じゃ。
『コン、君は今何処にいる…!?』
(紳人?紳人か!わしは今、家近くの近所におる。知らぬ神と対峙中じゃ!)
『分かった、すぐに向かう!1分かけない!』
(待っておるぞ!)
本物の紳人の声が頭に響き、胸の内ではっきりと返す。あぁやはり、心地よい…この気持ちは何と温かいのか。
「けっ!面倒だ、軽くボコってから持って返って好きなだけ鳴かせてやるよ!」
「お前のような神がおることこそ、わしは恥ずかしいのぉ」
「ッ…言わせておけば、この逸れ神風情が!調子に乗るなよ!」
袖で口を隠してやれやれとすると、顔を真っ赤にして犬歯を剥き出しに怒り出す。見下げた奴じゃ…彼奴の爪を煎じて飲ませてやりたいのう。
「いや…それも勿体無いのじゃ」
「何言ってんだ…こんの、雑魚がッ!」
爪を伸ばし牙を見せつつ、大振りに振るってわしに突撃してくる。その様を…怯えるどころか、喜びに満ちた心で眺めていた。
50秒か。有言実行じゃな…紳人。
〜〜〜〜〜
「俺の神様に…何するんだぁぁぁッ!!」
生まれてきて1番の疾走で公園に辿り着くと、身構えたコンに謎の男が爪と牙を剥いて飛びかかっている。
考えるよりも先にコンの前に飛び上がり、無防備なその胸元に慣性を乗せて思い切りドロップキックを叩き込んだ。
「ぐぁっ…!?」
軽く吹き飛び、背中からバウンドした狼の耳と尾を持つ…恐らくは神様だろう。その男から手を横に向けコンを庇い、俺の後ろに下がらせる。
そして軽く振り向きながら、漸く会えた本物のコンに微笑みお決まりの言葉を投げかけた。
「コン、お待たせ。待った?」
「ふふっ…いいや、今来たところじゃよ」
それに、嬉しそうにはにかんでコンは優しく返してくれたのだった。
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