友の影、迫る危機?④

「神守くん、その子は…?」

「んむ?おぉそうか、お主はわしが見えておらんかったのう…常に紳人の側に居ったから、忘れておったわ」

「へ?」


うっかりしてたとばかりに後頭部をぽりぽりと掻くコンに、鳩が豆鉄砲を食らったが如く目を点にする鳥伊さん。


今の彼女からしたら、風邪を引いて一人暮らしをしていたはずの友人の家からいきなり少女が出て来たかと思えばおかしなことを言い出した状況だ。


せめて、コンの耳と尻尾が見えたらコスプレ好きだとかそう言う設定好きとかの嘘を信じさせられる根拠になった。


しかし現実は非情で、俺のように神様が見える人にしか見えないのである。神格的なものなのだろうか…?


無いものねだりをしても仕方ない。今は一刻も早くあらぬ誤解をされぬよう、取り繕わなければ!


「い、従姉妹!従姉妹なんだ!彼女はこん、風邪で寝込んでた俺の看病をしてくれたんだ…」

「わしは従姉妹では…」

(コン!プリンを2個食べていいから、今は俺に合わせてほしい…!)

「すまぬ!ちと背伸びしたかっただけなのじゃ、わしは此奴の従姉妹の柑。よろしく頼むぞ」

「そうなんだ〜!可愛い従姉妹さん居たんだね、こんにちはぁ柑ちゃん。私は神守くんのクラスメイトの鳥伊未子です、よろしくね」


こういう時に心の声が届くのは幸いだった。プリンを1つ増やすことで、コンを何とか従姉妹だと認識してもらうことに成功する。


『自分の神を従姉妹扱いか…中々肝が据わってるな?』

(クラスメイトに犯罪者扱いされるよりはよっぽどマシだよ…)


半透明のトコノメに肩ポンされ、視線を向けないまま溜め息混じりに返す。この神様には揶揄われてばかりな気がする…やり返せる気もしないから、殊更厄介だ。


何にせよ、とりあえずはこれで余計な騒ぎになることはないだろう。今度こそ素直に鳥伊さんにはおかえりを


「そうだ、柑ちゃんはお料理できる?」

「わしは食べるのが仕事じゃ。いつも紳人が作ってくれるからの」

「なぁるほど…でも今日は神守くんも病み上がりだし、此処は1つ私が作っちゃおうかな!」

「んん!?」


いけない。気を抜いた瞬間に話がおかしな方向に転がり始めていた。


「いや、流石に悪いよ!鳥伊さんも帰らないと日が落ちちゃうしさ、ね?」

「私は大丈夫!一日くらい遅くなっても文句は言われないし、神守くんはお粥でも柑ちゃんは普通に食べられるんだからしっかり食べないと!」


鳥伊さんが、むんっと可愛らしく力んで持ち前の優しさと真面目さを見せる。コンのことを考えてくれているだけに、下手に断りづらい。


それに、実のところ今日の晩ご飯問題は俺自身も悩んでいたのである。お昼もろくに食べさせられていないし、スーパーで簡単にできる料理の食材でも買おうとしていた。


『やれやれ、お前たちは変なところで親切心を見せるな…。こうしたら良い、お主も料理を手伝うのだ。そうすれば早く料理も終わる上に、我も食事にありつける』


絶対最後のが本音でしょ…と恨みがましい視線を向けると、他に手はあるまい?としたり顔が返ってくる。


やはりトコノメは駆け引きでは一枚上手だ、釈然としないがそうする他無さそうなのもまた事実。素直に従った方が後の為だ。


「……分かった、ならお願いするよ。でも俺も手伝う。それくらいは家主としてさせてもらいたいな」

「無理はしないでね。それじゃあ、お邪魔しま〜す」

「うむ、楽にするが良い!」


コンの振る舞いも、女の子が背伸びしていると思われているらしい。鳥伊さんはくすくすと笑うと、コンの後に続いて家の中へと入っていく。


「……何か忘れているような?」


玄関のドアに鍵を掛けてから、う〜んと腕を組み記憶を遡ろうとする。しかし、コンとトコノメのはよう来いという催促の声に我に返り慌てて家の中へと戻った。


〜〜〜〜〜


「はい、出来たよ〜!鳥伊家特製ハヤシライスで〜す!」

「『おお〜』」


貸し出したエプロンの似合う笑顔で、鳥伊さんが皿によそったご飯の上にルーをかけてハヤシライスを完成させる。


それをコン(とトコノメ)の待つちゃぶ台型テーブルの上に乗せると、2人の神は揃って目を輝かせた。


何だかすっかり馴染みのある光景になりつつあるそれに癒され、頰を緩ませながら自分のお粥をもってコンの隣に座る。


「……あ、飲み物忘れた」

「私取ってくるよ!冷蔵庫だよね?」

「うん、それの横ポケットにある」

「分かった〜」


タッタッ…と軽やかな足音を立てて冷蔵庫の前へと向かう姿を見ながら、ポツリとつぶやいた。


「鳥伊さん、良いお嫁さんになれるなあ」

「!」


いただきますと手を合わせ、笑顔でハヤシライスをスプーンで一口食べようと掬ったコンの手がぴたりと止まった。


そして、何故かムッとした顔で俺に囁きかけてくる。


「……お主は、ああいう女子おなごが好みなのか?」

「へ?いや、あくまで一般論で俺は良い友人だなって思ってるけど…」

「そうか…そうか、なれば良いのじゃ!」

「?」


かと思えば、すぐにご機嫌になり大口を開けてハヤシライスを食べ始めた。急にどうしたのだろう…と思いつつ、コンが可愛いから気にしなくて良いかと俺もお粥を一口食べた時。


俺は、電撃が走ったように思い出した。


『夕方には戻りますので、今日のプリンもお願いしますね!』、そう言って神隔世へと戻っていった神様のことを。


「鳥伊さん!やっぱり飲み物は…!」

「----あれぇ?神守さん、いつの間にこの娘と同棲始めたんです?」

「ど、同棲!?いえ私と彼は…というか、今冷蔵庫から出てきた!?」


遅かった……。


思わず片手で目を覆い天を仰ぐ。同時に無事に戻られたもう1人の神様ことウカミと、信じられないものを見たと慌てる鳥伊さんの方へと近寄った。


流石に誤魔化しきれないだろう。それに、これ以上誤魔化して更に混乱させるのも忍びない。


「コン、さっきは話を合わせてくれてありがとう。話しても…良いだろうか?」

「うむ。お主が良いと判断したのなら、わしもそれを尊重しよう」


こくりと頷いてくれるコンに感謝しつつ、鳥伊さんに向き直ると一呼吸おいてから話しかけた。


「鳥伊さん、柑が従姉妹というのは嘘なんだ。彼女はコン、俺の…神様なんだ」

「神…様…?神様って、お祈りするあの…?」

「うん、紛れなく本物のね。それで、この人はウカミ様。コンの保護者的立ち位置で、コンよりも上の立場の神様だ」

「ウカミです、よろしくお願いします」

「ど、どうも…鳥伊未子です…」


まだうまく状況が飲み込めていないらしい。丁度いい、この際色々と話してしまおう。


困惑する鳥伊さんをテーブルに座らせ、俺とコン、ウカミの3人と対面させる。トコノメは勿論鳥伊さんの隣だ。


俺は、コンが俺の守護神でありある日我が家にやってきたこと、神様は俺たちをいつも見守っていること、そして彼女の守護神のトコノメの存在と先日の告白の1件などにも関与していることを話した。


「私の、神様…そう、だったんだね…」

「少し受け入れがたいかもしれない、でも本当なんだ。鳥伊さんには見えないけどウカミ様とコンには狐の耳と尻尾が生えているんだ」

「え!?そうなの!?」


普通はただの綺麗なお姉さんと可愛い女の子にしか見えないから、正しい反応である。片方和服だし、片方俺のシャツ姿だけど。


「……ううん、信じる。どうして神守くんがあそこに来たのか分かったし、目線が合わないことがあるのにも納得だよ」

「まぁ、そういうわけなんだ…信じてくれてよかったよ」

「それに、私の神様…トコノメさんだっけ?ちゃんと私のお願い聞いてくれたんだって凄く嬉しいんだ」


えへへ…と柔らかく微笑む鳥伊さんに、優しげな笑みを浮かべるトコノメ。なんだかんだ言って、彼女も鳥伊さんには弱いのかもしれない。


その優しさを少しでも俺にも分けてくれないかな…。なんてことを、思わずにはいられなかった。


「ありがとうトコノメさん、これからも私のこと見守っていてくださいね」

『……良かろう。その願いなら、聞いてやる』


トコノメがいる位置を教え、隣に正座で向き直った彼女は頭を下げる。それに対して、腕を組んで巫女服姿のトコノメは深々と頷いた。


「良かろうだってさ。良い神様だよ、トコノメは」

「ほんと?嬉しいな〜。私もいつか見えるようになったら、沢山お話ししたい!」

「焦らずとも、その内其奴から顔を見せるじゃろう。楽しみに待っておれ」

「コン様…ありがとうございます!」

「うむ!」


コンの言葉に、顔を明るくする鳥伊さん。何だと!とトコノメは息を荒げると思ったけど、今回はフンと鼻を鳴らすだけで何も言わない。


きっと、本当に近いうちに姿を見せるつもりなのだろう。彼女達の生活がどうなるのか、今から楽しみだ。


「さて、それじゃあ私は帰るね!お大事にね、神守くん」

「あぁ、送っていくよ。18時前とはいえ、この季節は暗いから」

「いいよいいよ、私は大丈夫」

「でも…」

「なら、私が行きましょう。それなら安全ですよね?」

「ウカミ様!」


立ち上がった鳥伊さんに続いて立ち上がったのは、何とウカミ様だった。確かにコンが怯えていた程だ、問題は一つもないだろう。


「良いんですか、ウカミ様?」

「はい。私は一応皆の神様ですから、お安い御用です」

「それではよろしくお願いします!ふふ、何だか楽しくなってきちゃった♪」


神様とお話しできる、それが楽しいとウキウキする。その気持ち、分かるなぁ…。


「それじゃあ神守くん、また月曜日に。コンさんも」

「またね、鳥伊さん」

「プリンありがとうの〜」


玄関先で鳥伊さんとウカミ、トコノメを見送るとあっという間に静かになった。これはこれで、心地良い。


「よし、洗い物をさっさと片付けてお風呂に入るかな」

「わしも一緒に入るぞ!」

「恥ずかしいからダメ!」

「わしは気にせんのに…」


コンに恥じらいを覚えて欲しいのか、覚えないで欲しいのか…今夜一晩丸々考えていてもその答えは出なかった。

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