友の影、迫る危機?③

「それじゃ、またね〜!」

「じゃあねぇ」「また明日!」


口々に挨拶を返してくれる皆に手を振って、教室を後にする。放課後にやることがある日は、何だかいつもより学校が長く感じられるから不思議だ。


それに、最近は神守くんが寝ないで授業を受けているのも私は気になっている。…授業そのものには集中できていなさそうな感じが、より一層疑問を強くする。


もしかしたら彼が風邪を引いたというのも、何か関係しているのかな?私と同じクラスに居て同じ時間を過ごしているはずなのに、私の知らない世界を見ている…なんて小説の読みすぎだろうか。


「確か…神守くんの家はこっちだよね」


念の為、先生に改めて神守くん家の住所を教えてもらいスマホの地図を片手に街を歩く。大社高校はこのいづも市の端にあるため、大概の人はバスとかを使っているけど神守くんは近いからか使っていない。


徒歩圏内にある彼の家を半ば記憶頼りに進んでいく。あ、赤色の屋根のお家だ!あれが見えたら、もうちょっとだったのは覚えている。


「たまに無理するから、今回も無理してないと良いけど…」


ズレた眼鏡を中指で戻しながら、住宅街を練り歩く。1、2回ほど路地を曲がると左右に広がった道の真ん中に神守くんの家があるマンションを見つけた。


スマホの画面を見ると『案内を終了します』と青く強調されたメッセージが出ている。どうやらちゃんと覚えていたようで一安心だ。


「5階だったよね…うん、大丈夫」


流石に階層は怪しかったけど、先生に聞いた住所をメモした紙にも505と書かれていた。念には念を入れるものである。


「5、0、5っと…出られるかな?」


入り口がオートロックになっており、インターホンで呼び出して中に入れて貰わなければ届けられない。最悪、郵便受けに入れれば良いんだけど…。


ピンポーン、と呼び出し音が数回聞こえ出てこないのでやっぱり寝てるかなと取り消そうとした時。


『と、鳥伊さん!どうしたの、こんな時間に?』


インターホンから、何やら慌てた様子の神守くんの声が聞こえてきた。繋がったみたい。


「神守くん、昨日今日と学校お休みだったでしょ?だからプリントを渡そうと思って。起こしちゃったかな?」

『大丈夫!大丈夫だよ、ちょっと洗濯物干してて気付くのが遅れちゃっただけ』

「あ〜!まだちゃんと寝てないとダメだよ?風邪ぶり返しちゃったら大変なんだから」

『あはは…気を付けるよ。わざわざありがとう、今開けるね』


良かった、もうすっかり元気そう。でも『一人暮らし』だからってそんなに急いで家事をしなくても…マメなんだなあ。


神守くんの真面目さに感心しながら、開けられたオートロックを潜ってエレベーターの上行きのボタンを押した。


〜〜〜〜〜


「ふわあ…今なんむぐぅ」


不意に、お昼寝から目が覚める。暗いのは部屋の電気を消しているからだと思い、とりあえず時間を確認しようと顔を上げたら謎の柔らかいものに包まれた。


手を伸ばしてみると、滑らかな手触り。それでいて温かい。こんな毛布あったかな…?


「んっ…」

「っ!?」


微かに色っぽい吐息が鮮明に響き、寝ぼけていた頭が急速に覚醒していく。慌てて首を後ろに引くと、そこにはTシャツを脱ぎ去り下着姿になったコンがいた。


しかもその下着すら、今にも隠すべき場所が上下とも見えてしまいそうなほどに危うい。


お昼寝でもそうなるのか…!と驚愕しながら、コンの顔を覗き込む。どうやらまだ寝ているらしい、こんなところ見られでもしたらもうお婿にいけなくなってしまうところだった。


それにコンもお嫁に…。


『お嫁に行けなくなるだろうなぁ?責任とって娶らなければいけんぞ』

「ナチュラルに人の心を読まないでくれ!…え?誰?」


コンの胸から手を離すことも忘れ、突如聞こえた声の主を探す。程なくしてそれは見つかった。


『誰とは失敬な、我はトコノメだが?』

「な…何故ここに…?」

『うむ。我の庇護下にある彼奴が、此方に来るから先んじて挨拶に来たのだ』

「トコノメの庇護下って…ま、まさか!?」


バッと時計を確認する。現時刻は16:23。

16:10分には帰りのHRも終わるので、その後すぐに出ればもう間もなく我が家に着く頃である。


「お昼食べ損ねた…ってそんな場合じゃ無い!」


ピンポーン…。


「まずいっ!!」


理由は本人に聞けば良い。ニヨニヨといやらしい笑みで俺を見るトコノメを他所に、静かに起き上がりコンを起こさぬよう静かに部屋を出る。


小走りにインターホンの受信機へ近付くと、カメラには眼鏡をかけ制服をしっかり着こなす鳥伊さんが立っていた。


混乱しっぱなしだけど、居留守を使う訳にもいかない。受話器をオンにして声をかける。


「と、鳥伊さん!どうしたの、こんな時間に」

『神守くん、昨日今日と学校お休みだったでしょ?だからプリントを渡そうと思って。起こしちゃったかな?』


なるほど…今日は金曜日だもんな。納得だ…大変まずいタイミングではあるが。


内心冷や汗が止まらない中洗濯物をしていて遅れたと嘘を付くと、素直に信じてくれた鳥伊さんにちゃんと寝なきゃと心配されてしまった。


「あはは…気を付けるよ。わざわざありがとう、今開けるね」


下の自動ドアのオートロックを解除し、受話器をオフにする。一度落ち着く為に深呼吸をして…気持ちを切り替えて寝室に飛び込み、素早く着替えいく。


『まるで浮気現場に妻が帰ってきたような状況だな』

「どちらかと言うと妻はコンじゃないの!?」


反論しながらも実際焦り具合は近いものがあったのでそれ以上の抵抗は止め、寝返りを打つコンに毛布をかけてから寝室への扉を閉めた。


家に上げなければ良いのだが、それでも保険はかけておきたい。自分の格好を洗面所の姿見に映し、おかしなところがないのを確認したところで丁度良く玄関のチャイムが鳴り響く。


「はーい!」


トコノメが後ろから付いてくるのを感じつつ玄関を開けると、朗らかな笑顔の鳥伊さんが立っていた。何処ぞの神様とはえらい違いである。


「あ、神守くんこんにちは!体調は本当に大丈夫?」

「うん、ありがとう鳥伊さん。もうすっかり元気だよ、月曜には登校できるかな」

「良かった〜。須呑くんももう帰って来てるし、また3人で話そうね」


鳥伊さんは笑顔のまま須呑の話をしてきた。もう心配はいらないようで、ホッと胸を撫で下ろす。


「勿論!…ところで、プリントってどれ?」

「いけない、私ったら!ごめんなさい、えっとぉ…」


目を丸くして開いた口の前に手を当てハッとすると、自分の鞄を開きすぐにクリアファイルを取り出して俺に手渡してくれた。


「はいこれ。数学と英語のプリントは月曜の授業で皆採点するから、きちんとやるようにって」

「うへぇ…俺、その二教科だけは苦手なんだけど」

「神守くんって文系って感じだもんね、国語とか現文はトップ3だし」


軒先ではあるが、束の間の談笑をする。等身大の会話だなあ…と和みつつ会話を続けた。


「そうだ、あと…これ!神守くん一人暮らしだよね?だから体に良い物ってことで買ってきたの」

「えぇ!?そんな悪いよ鳥伊さん…!」

「ううん、これくらいお安いご用!お返しがしたいなら月曜にしっかり学校に来てね」


ガサッと腕から下げていたビニール袋を此方に突き出し微笑む様に、頭が上がらない思いでいっぱいになり丁重に受け取る。


袋の中身を覗くと、レトルトのお粥と…何と3個入りのプリンが入っていた。


「この前の家庭科の授業でプリン作ってたから、好きなのかなって思って…要らなかった?」

「へ?あぁ違うんだ、その逆。嬉しくてつい固まっちゃった」

「ふふっ…神守くんって、子供っぽいところあるんだね」


鳥伊さんが、夕焼けの中で楽しそうに微笑む。その様子に自然と此方も笑顔になっていると、それじゃあと鳥伊さんが空いた手を振り出した。


「あんまり長居しても悪いから、そろそろ行くね?」

「今日は本当にありがとう鳥伊さん。このお礼はいつか、精神的に」


鳥伊さんが一歩後ろに引いて帰ろうとするので、見送るように手を振り返す。


よし…ややこしい事態は避けられた!


「----おぉ、プリンではないか!わしも食べたいのじゃ!」

「えっ?」

「え"っ…」


俺の肩に両手を乗せて可愛らしく手元を覗くコンに、目を丸くする鳥伊さんと顔が引き攣る俺。コンは当然和服ではなく、俺のシャツだけを着た無防備な姿。


ギギギ…と軋む首で背後を見ると、腹を抱え声を殺して笑うトコノメの姿があった。


……俺の日常、どうなるの?

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