友の影、迫る危機?②

よくよく考えてみれば、こうして俺を揶揄っているコンもキスのひとつで顔を茹でだこのように真っ赤にして倒れちゃうほどその手のことに免疫が無いはずなのだ。


神が人を弄ぶのも一興なら、時には人が神を弄ぶことがあっても良いんじゃないか?


よし、ならやってやる…自分が如何に無自覚に俺をドキドキさせているか思い知るがいい!


「ねぇ、コン」

「んむ?何…じゃっ!?」


隣で座っていたコンを、ひょいと持ち上げて自ら俺の膝の上にとすっと座らせる。相変わらず軽いな…と思っていると、尻尾を横に倒して肩越しに振り向いたコンはやや慌てた声を出してきた。


「な、何故わしを座らせるのじゃ?」

「特に理由はないよ〜はいむぎゅっと」

「!?」


続けて、後ろから肩の上に腕を通して包んで抱きしめる。すると、コンは信じられないとばかりに目を白黒させて驚く。


これだけ目に見えて反応されると、なるほど確かにコンが俺を揶揄いたくなる気持ちが分かる。…いや、分かっていてもやっぱり俺は反射で反応してしまうし今もすっごい恥ずかしいんだけども。


しかしここで意識しているのがバレたら本末転倒…どころか、カウンターで倍揶揄われてしまう。耐えろ、俺…!


「な、なな何故わしを抱きしめるのじゃ!?流石に理由ないとは言わぬよな!?」

「何故って…それは、ほら。今日寒いし」

「た、確かにそうじゃが…」

「あと俺病み上がりだから、体冷えたらいけないでしょ?お願いコン、神様である君しか頼れないんだ」

「む、むぐぅぅ…特別!特別じゃからな!」

「ありがとう…コンは優しいね」

「ぬうううう…!」


耳と尾をブンブンと揺らし頬を膨らませるコン。可愛いなあ、これに懲りたら…いややっぱり懲りないで欲しい。


けど、これで無自覚の触れ合いや揶揄われた側の気持ちも味わってくれることだろう。


耳と尾をぺたんと伏せているので、鼻歌混じりになでりなでりとその頭を撫でる。あまりの楽しさに、有頂天になっていた俺はコンが不意に呟いた一言を聞き漏らしてしまった。


「……が、……じゃ」

「ん?何か言った?」


ガバッとコンは体ごと俺に向き直ると、ソファの背もたれに俺を押し倒し至近距離から見つめて今度はハッキリと告げる。


「神であるわしが、人であるお主に翻弄されたままではいかんのじゃ!」

「こ、コン!ごめん、俺が悪かったから!その、近いよ…!?」

「ふふ…こ、これならお主も…反撃出来まい…」


はらりと長いコンの髪が頰に流れ、可愛い顔と色っぽい雰囲気のギャップを醸し出して目が離せない。


コンの目って結構透き通ってるんだな…と目の中まで見えるほど近く、互いの吐息もかかってくすぐったさすら感じる。


「……」

「……」


家の時計はデジタルなので秒針が刻む音すら聞こえない。


なので、2人の熱っぽい吐息だけが俺の耳に届く。コンの耳にも届いているらしく、ぴこぴこと何度もその耳が揺れ動いている。


俺もコンも、見つめ合ったまま身じろぎひとつしない。俺は素直にコンに見惚れていて、コンは…間近で見る人間に興味津々といったところだろうか。


コンの和服の胸元や、肩が僅かにはだける。其方を反射的に目で追うも認識するより先に、瞳の魅力に惹かれてまた見つめ合ってしまう。


今、コンは俺の目を見て何を考えているのかな。どれだけその瞳の奥を見つめても、彼女の心は分からない。


もしかしたら、コンは俺の心が見えているのかもしれない。俺自身でも分からない、心の奥底が。


……それは、少しだけ寂しい。俺はコンの目を見ているのに、コンは俺の心を見て。同じものを見ていないような気がするから。


「やはり見えぬな…」

「え?」

「お主の心じゃよ。目は口ほどに物を言う、なんて嘘っぱちじゃな」


コンは残念そうに目を伏せて、ゆっくりと体を離した。少し名残惜しかったけれど、あのまま永遠に見つめ合って一つに溶けたら大変だ。


今は…コンも同じように、俺の心を見たがっていたことが嬉しい。言葉にならなくても、繋がる心はある。


「コン、それはどういう…」

「…それはな?」


両手でコンコンと狐の指真似をして、ニヒヒっとはにかむように笑って神様は言った。


「神のみぞ知る、というやつじゃ」

「……それだと、どちらかと言うと狐につままれたような気分だよ」

「狐の神様じゃ、同じものよ」


ふいっと背を向けたコンは、その尻尾を俺に押し付けるようにもたれかかってくる。


「折角じゃ、今日はここに居てやろう。他のでもない紳人からの神頼み、じゃからな?」

「ありがとう、コン」


ぐうの音も出ないコンの振る舞いに、俺は一音ずつ強調して礼を言うことで茶化すしかない。


コンはそれが面白かったらしいりうむっと上機嫌に頷くと、正面に向き直りリモコンでテレビを付けた。


まだお昼も回ってないこともあり大した番組はやっていなかったが、他愛もなくコンと談笑しているだけで時間はあっという間に過ぎていく。


「くぁ、あ…何だか眠くなってきたのう…」

「朝も早かったからねえ、お昼寝する?布団敷いて良いよ」

「んむ?お主は寝ないのか?」

「俺は、どうしようかな…」


かくいう俺も実はかなり眠い。ずっと密着しているから、温かくて眠気が戻ってきたのだろう。


「ほれ、迷っているなら寝るべきじゃ。ずっと眠そうな顔をしておるし」

「……そうしようか。お昼前には起きられるでしょ」

「うむうむ、1人では布団が勿体ないからの。夢の中で神の国への引導を渡してやろう」

「黒歴史になりそうだから、それは勘弁かな…」


くいくいと俺の寝間着を引っ張るコンに連れられるまま、寝室へと舞い戻る俺たち。


そういえば、俺は寝間着のままだけどコンは着替えている。そのまま寝たら皺になってしまわないだろうか。


「よっと(すぽーん)」

「わぁぁ!?」


目の前で和服を脱ぎ去り純白の下着姿になるコン。白!と思わず記憶に刻み込みながらも、慌てて背を向ける。


「ふふっ…」


背後からしてやったりとばかりに、笑い声が聞こえた。油断ならないよ、本当に…!


「ほれ、もう着替え終わったぞ」

「全く…着替えるなら先に言って」

「嘘じゃよ」

「うがぁぁぁ!!」


振り返ると、今度は正面からコンのあられもない下着姿を拝んでしまう。パンツの前に可愛いリボンがあるんだと新発見してしまいながら、目を両手で覆って再度背を向けて逃げた。


「愛いのう、愛いのう♪」

「くぅぅ…騙された…!」


コンには、いつまで経とうと上を取れる気がしない。やはり人は神を見上げるもののようだ。


「今度こそ、着替え終わったのじゃ」

「本当に!?本当だろうね!」

「嘘じゃったら今日のプリンは無くても良い」


あのコンがそこまで言うなんて、それならば信用して良いだろう。


意を決して後ろを振り向くと…コンはいつものパシャマではなく、初めてうちに来た日と同じように俺のシャツを着ていた。


「確かに…嘘ではないけど…!」

「ほい(ぴらっ)」

「もぉぉぉぉ!!」


今度はシャツをたくしあげ、パンツを見せつけてくる。分かっていたはずなのに振り返ってしまった自分が情けない…。


両目を覆って俯くと、ひとしきり笑い目尻を指先で拭ったコンが微笑み混じりに手を伸ばしてくる。


「さ、お昼寝タイムじゃ。はよう来ておくれ」

「…もう揶揄わないでよ…」

「それは約束しかねるのぉ」


ケタケタ軽やかに笑うコンにため息をつきつつも、誘いを拒むことはできず俺はコンとまた添い寝をするのだった。


コンが眠るまで、俺がどうだったかは…推して知るべしだ。

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