孤星の楽園
@rinon1007
プロローグ 始まり
第1話 はじまり
タリア王国・エルシア領
わたしが生まれたのは、ルッカ村という開拓によって作られた小さな村。
人口は200人程度、近隣に大きな都市はなく、あるのは自然からの恵みによるものがすべて。
今日は、わたしの5歳の誕生日。
森の中にある村の一軒家。お父さんが獲った食材を使い、お母さんと調理した料理が食卓に並んだ。
冬ごもりの最中、特別に用意された料理は、両親の深い愛情を感じさせるもの。
そしてそれを、机の隅に居座ったソレが、手づかみで食べ、満足げに体を揺らす。
わたしは、自分以外には見えない『モヤモヤ』をいつもの光景だと見て見ぬふりをした。
◇
「ごちそうさまでした」
「はい、ご馳走さまでした。そしてリタ、あらためてお誕生日おめでとう」
「あぁ、早いものだな。おめでとう」
お父さんとお母さんが祝ってくれる。
「そして、これが明日の洗礼式のお洋服よ」
お母さんはそう言って、綿で出来た白いワンピースをわたしに渡してくれた。
それはとても上品で、控えめな飾りの入った心の籠ったプレゼント。
麻よりも白く、肌触りの良い生地を何度も触って確かめ、嬉しさがあふれた
「お母さんありがとう! 明日みんなに見せにいく!」
明日は洗礼式。
わたしと同じ年の友達が、一緒に村の教会に集まるのだ。そこでは村々を周る騎士様とお話したりするらしい。
外からのお客様は珍しいから、1年に1度の洗礼式は村のみんなでおもてなしをするのが恒例だった。
「リタ、洗礼式が終わったら父さんと一緒に村の外に野鳥を取りに行こうか、ずっと村の外に行きたがっていただろう?」
お父さんは嬉しさを隠せない様子で話しかけてきた。
普段の落ち着いた雰囲気はなりを潜めて、嬉しいという感情を出す事は珍しい。
村では5歳の洗礼式が終わるまで、特別な理由がなければ子供達は村の外に出られない。
だから、お父さん一緒に出掛けられるようになる事をずっと楽しみにしていたのだ。
「本当っ!? 嘘じゃない? 私、村の外にいってもいいの!?」
ずっと村の外へ出てみたかった。
この村の外には、きっとたくさんの『ふわふわさん』がいるから。
「あぁ、本当だ。大きな鳥を捕まえて、夜はたくさんお肉を食べよう。約束だ」
「じゃあ、今夜は腕によりをかけて夕食を用意しますからね、楽しみにしていますよ」
お母さんもとっても嬉しそう。
わたしは、お母さんのために、たくさんの鳥を捕まえて来ようと心の中で決意した。
◇ ◇
洗礼式 村の外れの教会
普段はあまり住人が寄る事のない教会の中。
同じ年のお友達と隣町の神父様、領地を回る騎士様が集まっている。
みんな洗礼式のため着飾っていて、教会内の厳粛な雰囲気も合わさり、非日常的な空間へと変化していた。
わたし以外の子供達も同じように感じ、緊張が伝播している様だった。
そんなわたし達の様子を、紺色のローブを羽織った神父様は、にこやかに眺めている。
きっと毎年の事なのだろう。
その表情からはどこか好々爺然とした印象を受けた。それは騎士様も同様で、すでに慣れた様子で私たちを眺め、頃合いを見計らうように立ち上がった。
騎士様は覇気のある堂々とした声で開会を宣言した。
すっかりと静かになった教会の中、神父様から洗礼式について説明が始まった。
内容としては、洗礼式とは魔法の才能がある子供を見つけるために行っている行事とのこと。
小さいうちから正しい知識を身につける必要があって、洗礼式では子供達の魔力の有無を調べているということだった。
(……魔力、ってなんだろう?)
疑問に思っていると、今度は騎士様が魔力について説明を始めた。
魔力とは、この世界に満ちている目に見えない力。
その魔力を体内にとどめ、呪文や道具などを用いてこの世界に干渉する方法が【魔法】と呼ばれるものだという。
魔力とは基本的に遺伝する物であるが、稀に突然魔力を持った子供が生まれてくることがあるらしい。
そういった子供に、魔力の正しい扱い方を教える必要があるんだと言っている。
(うん、たしかに。何の知識のない子供が無茶苦茶に魔法を使っちゃったら、危ないよね?)
騎士様の話す難しい説明を、自分の理解できる範囲の内容に砕いて解釈し、まとめてみる。
実際、この説明は洗礼式の中で形式として残っているだけの説明であり、わたし達が理解できるような説明をしていないように感じた。
他のみんなは雰囲気に呑まれ静かに聞き流している中、話に聞き入っていたわたしは、1つの疑問に首をかしげた。
(あれ? それでも、騎士団の騎士様がこんな小さな村まで周るのって変じゃない?)
そこに何か他の意味があるのではないか、と考えたがそれ以上先にはたどり着けなかった。
(うーーん、魔力持ちは貴重だって話だから、恩を売って成人したら自分のもとで働いてもらいたいとかなのかな?)
気がつけばお話は終わっており、騎士様の手には透明な水晶玉が握られていた。
「では、これより魔力の有無を調べる。君たちには───」
検査の流れは非常に簡単だった。
まず水晶玉を台に置き、子供達を一人ずつ呼んでいく。名前を呼ばれた子供が前に出て、神父様が名前を確認したら水晶玉に手をかざし「妖精たちよ、わが力を示しなさい」と言う。以上。
その呪文が最も単純で簡単な呪文となり、魔力があるならば水晶玉が光るのだという。
順番にみんなが試して、そして反応することなく元の席に戻っていく。
私も初めは緊張し、集中して見ていたが、何度も繰り返されるうちに飽きてしまった。
そうしているうちに私の名前が呼ばれた、どうやら一番後だったようだ。
ゆっくりと深呼吸をして、落ち着いてから壇上の上に向かう。
変わった事はしていないはずなのに、たくさんの目線が自分に見られている気がして緊張した。
そして騎士様の前に立った時、騎士様はおかしな行動をしたのだ。
「ッ……!」
騎士様は、私の姿を見て驚愕を飲み込むように息をのんだ。
まるで目の前に魔獣が飛び出てきたというような反応だった。
わたしは自分の銀髪や青い瞳が珍しい事を知っていたし、自分の容姿が周りの子供達と比べて珍しいことも理解している。
だからこそ───
(そんなに驚かなくても、いいじゃん……)
少しへこんだ。
気を取り直して、水晶玉に右手を乗せた。
「私は、リタ。猟師の家の子」
神父様が名前を確認し、視線で続きを促したので続ける。
「妖精たちよ、わが力を示しなさい」
妖精たちとはどのようなものかを想像する。
きっとその姿は、気まぐれにわたしを助けてくれる『ふわふわさん』がイメージで。
あのモヤモヤとした体に、褒めて欲しそうな雰囲気を出す不思議な生物。
(ふふっ、やっぱり『ふわふわさん』はかわいい……)
───その瞬間、わたしの右手を通して何かが溢れ出るような感覚があった。
そして、水晶玉が明るく輝き始める。
そのまま光は目が開けられない程に、教会の中を光が埋め尽くした。
反射的に反らした視界の端で、騎士様が慌てながらも素早く動き。
水晶玉をわたしから遠ざけようと動き出していた。
……でも間に合いそうにない。
このままなら水晶玉が破裂するのが先だ。
(どうしよう。あの水晶玉は明かに高価な品だ。もし壊してしまったら………)
両親に多額の金銭が請求されるイメージが浮かぶ。
私は『ふわふわさん』のイメージを消し、流れを止める様に力を制御し霧散させた。
輝きは少しずつ穏やかな光量に落ち着き、消えた。
あと少し遅かったら、きっと水晶玉を割ってしまっていただろう。
それほどに強い光だった。
そして、光の収まった水晶玉に傷がないことに安堵し、あたりを見渡した。
まず、騎士様は無事だった。水晶玉を両手で包み込もうとするような体勢で止まっている。
神父様も驚いた顔をしているが、どこか納得したような表情にも見えた。
もしかしたら何かが起こると思っていたのかもしれない。
ざわざわと騒ぐ子供たちへ視線を向ければ、混乱を鎮めるような芝居がかった口調で神父様が言った。
「目出度い事に、猟師の娘・リタに魔力があることが分かった。それもかなり強力な魔力だろう。これもきっと神のお導きによるものだろう、みな盛大な拍手を」
言い終わると同時に神父様が拍手をし、みんなも釣られて拍手をする。
わたしはこの時やっと、自分の流した力が魔力であることを理解した。
そして、視界の端には、「してやったり」と得意げな顔をしている様に見える『ふわふわさん』が映っている。
(……こんなはずじゃなかったのにな)
どこか肩の力が抜けてげんなりする。
私はこれからどうなるのだろう、という思考が頭の中をぐるぐるとまわっていた。
◇ ◇
それから教会の洗礼式は何事もなかったかの様に終了した。
わたしも家に帰ろうかと支度をしていると、神父様が声をかけてきた。
「リタさん、少しご両親と騎士様を交えて、話合いをしたいので、教会に呼んできていただけますかな」
「…わかりました、神父様」
(やっぱり簡単には返してくれないよね…)
私は、両親を呼びに家へ向かう事になった。
何事もなければよかったのに。
すべての元凶は、きっとこの子に違いない。
ねぇ、『ふわふわさん』?
『くすくす、クスクス』
「笑っ…た……??」
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