親友と響かせる  お菓子の音色?(せんべい)

 鼻歌交じりで、私は仕事帰りに買い込んできた食べ物をテーブルに並べていた。

 一ヶ月ぶりに友人と通話をする、それは日々過ごす中で大切な時間だった。日付もきっちりと決めて、その時間にはテーブルに軽く食べられる物を用意しておく。お酒を飲むときもあれば、お菓子をつまむこともある。何を食べるかは気分次第。

 こうして各自で自由に好きな食べ物を用意して、好きに話すのが私の癒やしの時間の一つになっている。

 今夜はすでに夜の十時を過ぎていて、旦那は早々に寝てしまっている。今日は仕事で疲れたらしい、友達と楽しい夜を過ごして、と言い残してベッドへと潜り込んでいった。

 なので今夜は自室ではなく、リビングのソファーでのんびりと過ごしながら通話を楽しむことにした。リラックスできる空間にしてあるし、風呂も入って準備は万端だ。

 タブレット端末をテーブルの上に置いて、通話用のアプリを起動しておく。

 準備はできてるから、いつでも通話してきていいからね、というメッセージを予め送っておく。旦那が寝ているので、今夜はイヤホンも必要ない、スピーカーで友人の声を聞いて、久しぶりにお互いの顔を見ながら通話をする。

 風呂上がりで化粧とかしてないけれど、お互いに気にならない仲だった。なにせ中学生からの友人だから、化粧をしていない時期も存在している。旅行で一緒に泊まったこともあるから、すっぴんを見せるのに抵抗が全くない。そのぐらい気楽な仲だった。もう四十歳になって取り巻く環境は変わっても、こうして付き合いの続いている友人がいるのはありがたいし楽しい。

 連絡が来るのを待ちながら、私はスマートフォンの液晶をスワイプし続ける。こうしてだらだらと眺めるのも久しぶりで、知らない情報があちこちに溢れかえっていた。

「色々あるのね、あ」

 適当な記事を読んでいると、タブレットから音楽が流れてきた。着信音を変えているので、好きな曲を設定してある。画面には友人の名前と、着信するためのアイコンが浮かんでいる。

 そのアイコンを躊躇うことなく押すと、画面いっぱいに友人の顔が広がる。

『もしもし、お疲れさまー』

「お疲れ。今日も忙しかったの?」

『子供がなかなか寝付かなくて、旦那が一緒に寝てくれたところ……それはいいからさ』

 疲れ混じりの声で、友人は眼前でぱんっと手を叩いた。それが合図で、母ではなく友の顔へと変わる。

『今夜も楽しもうか』

「そうだね」

 釣られて私も微笑むと、お互いに用意した飲み物を画面に近づける。

 私は丁寧に淹れたロイヤルミルクティーで、お気に入りのマグカップになみなみと注いである。結構紅茶を濃く淹れても、多めに入れた牛乳の影響で色は薄くなっていた。

『今日は何を飲むの?』

「ロイヤルミルクティー。ちょっとほっとしたくて」

『いいわね、私はこれ』

 友人が掲げたのは、誰もが見たことのある赤いコーラの缶だった。

『炭酸飲んですっきりしたかったんだよね、しかもなんと風呂上がり』

「それは最高のコンディションね」

 風呂上がりの炭酸は、暑い体に染み込む爽快さがある。想像するだけで羨ましい。

「それでは、乾杯!」

『乾杯!』

 画面外に飲み物を掲げてから、火傷をしないように口に含む。

 ああ、ほっとする味わいがいい。

 温めた牛乳は疲れた体を癒やすかのように、優しく甘い味わいだった。少しだけ砂糖を入れているので、別の甘さも感じられる。その中に秘められたかのような、紅茶の香りと心地よい渋みもあった。渾然一体となった味わいに浸りながら、私は適当な袋に手を伸ばす。

「どうしようかな」

『何を食べるの?』

 問いかけに対して、私は少し唸った。そこそこ種類は豊富で、甘いのから塩っぱいのまで揃っている。新しく購入したものもあれば、家に置いてあるおやつ箱から出したのもある。どう考えても食べきれないほど種類があるけれど、日持ちするものはまた後日食べることができる。できれば賞味期限が早いのを選んだほうがいいけど……。

「少し眠いから……これかな」

 お菓子の山から私が選んだのは、個包装になっているおせんべいだった。醤油の色に染まっていて、黒ごまが混ぜ込まれている丸い形をしている厚焼せんべい。これがたまらなく大好きだった。

『ミルクティーにおせんべい?』

「うん、緑茶とかのイメージだろうけど」

 おせんべいといえば、渋めの緑茶に合わせる人が少なくないだろうけど、単純に食べたい物を選んだ。

「眠気覚ましも兼ねてるかな」

『それはわかるかも』

 固いものを食べると少しだけ目が覚める。一時しのぎでも構わない、通話をする間だけ起きていられればいいのだから。

 コーラを飲みながら笑う友人に、私も自然と笑みが溢れる。

『私も固いのにしようかしら。これとか』

 画面に映し出されたのは、海苔が巻かれた醤油のおせんべいだった。これも間違えなく美味しいだろうな。袋を左右に揺らして、食べるぞアピールをしている友人が可愛い。

 そんな姿を眺めながら、私はおせんべいの袋を開けて、中身を取り出した。厚焼せんべいは掴むと迫力満点で、これを思い切り音を立てて食べるのが大好きだった。

 おせんべいの丸い形を堪能してから、私は思い切り齧り付いた。

 ばりんぼりんという豪快な音を奏でながら、割れたおせんべいは口の中へと収まっていく。そしてまた力強く噛むと、醤油の香ばしさと黒ごまの風味が鼻から抜けていった。

 ああ、美味しいな。

 噛めば噛むほど味がする、けれど濃い味なのは表面だけで、中は白いので味は濃くない。

 でもこの濃い味と薄い味が合わさるのがまた、たまらなく美味しいんだ。何百回何千回食べても、絶対に飽きない味だった。

『いい音を立てるわね』

「おせんべいは固いから、音が大きくなるけど、でもこの音がいいんだよね」

『それはわかるけど、それだけじゃないと思うわよ』

「どうして?」

 画面の向こうでおせんべいの袋を開けながら、友人は口元を抑えて笑いを堪えている。

『昔からそうだけど、美味しそうに食べるのよ、あなた』

「美味しいから、仕方ないと思うんだけど」

『……その素直さがいいと思うわ、うん』

 どこか悲しげに目を伏せながら、友人もまたおせんべいに齧り付いていた。少し控えめに齧ったのか、おせんべいの割れる音が心なしか小さい。それでも音はしっかりと響いてくるので、夜中に聞く音としては凶悪だと思う。

 しんみりと呟く友人の言葉の続きを待ちながら、私はおせんべいを噛んでは食べ続ける。塩っぱいおせんべいを食べる合間に、ミルクティーを口に含む。すると少しだけおせんべいが柔らかくなって食べやすくなるし、喉にも詰まりにくくなる。

 ミルクティーの甘さが染み込んだおせんべいの味も悪くない、むしろとても美味しい。甘いと塩っぱいが組み合わさった味は最強だ。

「この組み合わせはね、悪くないから今度やってみるといいと思う」

『そう?』

「うん、色々挑戦してみると楽しいし……さてと」

 一枚目のおせんべいを食べ終えた私は、ミルクティーを飲んで一度口の中をリセットする。

 それと同時に、私は真面目な、けれど普段通りの表情を浮かべて話しかける。

「何があったか、聞かせてもらおうかな」

『何って』

「また旦那さんと何かあったでしょう? ほらほら、素直に愚痴らないと……」

 私は二枚目のおせんべいを掲げながら、にやりと笑う。

「またおせんべいの食べる音テロをするわよ?」

『なにそれ』

 私の言い方のせいかのか、友人は声を上げて笑っている。けれど一瞬、悲しそうな顔をまた浮かべていたから。

「さあさあ、話しなさいな」

『もう……』

 あなたには敵わないわね、と笑いながら友人は覚悟を決めて話し始めた。

 こうして定期的に愚痴を言って、ガス抜きをする時間もとても大切だった。私も聞いてもらうこともあるし、聞き手に回ることもある。

 今日は聞き手、夜食のおせんべいを片手に、食べる音が邪魔になるかもしれないけど、酷く真面目な重い空気にならないために、たぶん必要な音だ。

 そう思いながら、私は二枚目のおせんべいを力強く齧り始めた。

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夜食のときめき うめおかか @umeokaka4110

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