【第二話】お嬢様の初期装備は大切?

 彼らは車庫に向かった。そこには一台の車があった。

「えっ?」

 彼女は驚いた。

「お嬢様が農業で使っている“軽トラック”です。」

 彼が言うと、彼女はポカンと口を開けている。

「黒塗りの高級車が用意されていると思いました。」

 彼女の発言に、彼は苦笑した。

「ははは。その発想は面白いです。こちらの車は軽自動車の規格に合わせて作られた、貨物用トラックです。色はホワイトカラー、最大積載量は三百五十キログラムです。迷宮へ向かう際、荷物を積むことができて、丁度良いです。」

 彼は助手席のドアを開けた。

「お嬢様、どうぞお乗りください。」

 彼女に乗るように促す。彼女は少し笑って、助手席に乗った。

「ありがとう。乗りますね。」

 彼女が車に乗ると、ボンネットに青い小鳥が留まった。

「幸せの青い鳥。まるで冒険の門出を祝福しているみたいです。」

 彼らは、青い小鳥が飛び立つのを静かに待つ。彼は、車のボンネットに小鳥が乗る光景を見たことがない。彼の警戒心は少し高まった。

「軽トラック一台から始める迷宮巡りです。少しブルーな気持ちです。」

 彼女は今の心境を色で表現している。彼はそんな彼女を見て笑う。

「お嬢様、僕も同じく、ブルーな気持ちです。頭の中で、ブルーな色のスポーツカーに乗りたいと考えました。その色の感覚は、僕にとっては最高の表現です。」

 彼女がシートベルトをしめると、カチャッと音がする。彼の心臓が高鳴った。

「お嬢様、日常の音に耳を傾けてみましょう。それは簡単なことではありません。同時に、心がときめく、とても楽しいものです。」

 彼は車を発進させる。ギアを変える音を聴いて、彼女は微笑んだ。

「“ときめき”という感覚は素敵です。そのような考え方もあるのですね。」

 彼女は不思議そうに彼を見た。

「さてと……、ぶっ放していくぜ!」

 彼は車を運転すると、性格が変わるのである。

「くれぐれも、安全運転で、お願いします!」

 彼女は冷や汗をかいている。

「迷宮まで片道で百キロメートル以上あるぜ、悪いが高速道路に乗って課金だぜ!」

「お支払いはどうしますか。」

「もちろん、カード決済だぜ!」

「……大丈夫かしら。」

 彼女は不安だ。

「安心しろ。僕のポケットマネーに任せて、お嬢様は目的地まで寝てろよ。」

 車は国の主要道を通り、高速道路へと向かった。

「なんだか……、不良になりきれてないです。中途半端です。」

 彼女はクスッと笑った。

「時速百キロメートル、僕の魂が喜ぶ。飛ばしていくぜ、ヒャッハー!」

 彼の様子を見て、彼女は笑った。

「あなた、怪しい薬や飲酒はしていませんよね?」

 彼女は不安になって確認した。

「当たり前だ。僕には“プロフェッショナルな意識”があります。ヒャッハー!」

「そうですか……。」

 彼女は半信半疑であった。

「お嬢様、この国の迷宮には、毎年、多くの冒険者たちが訪れています。付近には魔法道具や武具が揃う店もあります。別名“はじまりの森”と呼ばれています。それから……。」

 彼は冷静になって、彼女に迷宮の説明をしている。彼女は彼の話を聞きつつ、装備を確認する。

「ビーコンとゾンデ棒とスコップは入っていますね。水は一リットル、食料は五日分。レインコートもあります。ですが、笛が入っていないですし、簡易テントは一つです。」

 雪山の三種の神器が装備されている。彼女は少し安心した。

「お嬢様、僕は騎士です。お嬢様の装備が軽装になるように、僕の持ち物を多めにしてあります。必要なものがあれば言ってください。」

 彼女は彼の言葉を信じることにした。

「ありがとう。助かります。必要なものがあれば、あなたにお願いしますね。」

 彼女が言った次の瞬間だった。目の前を全て覆い尽くすような光があった。数秒後、ドンと大きな爆発音が響いた。

「きゃあ、何事ですか!」

 車体はガタガタと揺れ、九十度スピンし、動かなくなる。

「これは手榴弾だ。早く車を降りろ!」

 彼は車を緊急停車した。彼は助手席のシートベルトを外し、彼女に外へ出るように促した。彼女は恐怖で震えながら、急いで車を降りる。

「逃げるぞ、走れ!」

 彼らは車から脱出した。彼は、強い力で彼女の手を引いた。その瞬間、彼女は力の反動で転倒した。

「あら、ごきげんよう。」

 転倒した彼女の前に現れたのは、銃を構えた第三王女だった。

「お姉様……!」

 彼女は立ち上がれなかった。王宮の“最高保安官”といわれる第三王女に、素手で太刀打ちできるはずがない。

「そんなにで大丈夫?」

 第三王女は聞いた。彼はすぐさま、第三王女の両手首に魔法陣を発動させる。

「彼は私の両腕に制止魔法をかけている。幽閉されたはずの第六王女あなたが表に出て何をするつもり?」

 彼女は第三王女をじっと見つめた。

「これから“伝説のスポーツカー”のパーツを集めるため、迷宮へ向かいます。」

 彼女は説明すると、第三王女は冷淡な目で彼女を見る。

「本当ならば、ここで消さねばならぬ。第六王女あなたは、ベリー王国に選ばれた存在。強い魔力と紫色の髪を持つ。第六王女あなたが迷宮で迷子になれば、二次被害は避けられぬ。」

 第三王女は両腕にかけられた魔法陣を破壊し、銃をしまう。すぐに剣に持ち替え、彼女の心臓を突き刺した。

「雪崩れよ、スノーホワイト!」

 同時に、彼女の雪を降らせる魔法が発動した。


ピキピキ、ドドドドドド……。


 奇妙な音と同時に、雪すらなかった場所に雪崩が起こった。それは一瞬の出来事だ。第三王女は握っていた剣を確認し、地上に向かって意識を集中させた。

「この魔法は、私には効かぬ。」

 第三王女は雪崩の中から空中に舞い上がった。

「剣を回転させ、その遠心力で雪を吹き飛ばしたというのか。」

 彼は驚き、拍手喝采だ。第三王女にはあまり効果がなかったようだ。

「素早く身代わりを作り、さらにその心臓を魔法の起爆剤にしたのか。」

 第三王女は辺りを見渡し、半径五十メートル先まで雪に覆われているのを確認した。夏だというのに、この積雪は異常だ。

第三王女おまえは僕の足元にも及ばぬ騎士だ。お嬢様の命を狙うならば、生きて帰さんぞ。」

 彼は水鉄砲を持ち、第三王女に向けて発射した。

「な、何をする!」

「これは灯油だ。第三王女おまえに火をつければ第三王女おまえは火だるまになって燃え尽きるだろう。」

 彼は水道水をかけているに過ぎない。しかし第三王女の顔は青ざめていた。

「大規模な緊急回避の魔法は厄介だ。今回は見逃すが、後片付けはしろ。」

 第三王女は、吐き捨てて言った。

「最高保安官は、掃除に無頓着で、いいご身分だな。」

 彼が言うと、第三王女は苦笑した。

「ははは。掃除を下の者がやるのは当然のこと。お前も騎士ならば、妹を遊び道具にするな。次は正々堂々、剣を構えて勝負しろ。」

 第三王女は光に包まれ、その場から姿を消した。


「ぷはああ、冷たい、冷たい!」


 彼女は雪で埋もれていたが、自力で雪から顔を出した。

「……助けてください!」

 彼女は彼に助けを求めた。

「お嬢様の身代わりを起爆剤にしました。これは正解でした。」

 彼は雪に埋もれた彼女を引き上げた。

「第三王女は、命を狙ったあと、片付けろと命令して逃げました。」

 彼が説明した。彼女は驚きつつも、すぐにその事実を受け入れた。そして、スコップを持ち雪かきを始める。

「雪かきの魔法はないのですか。」

「そんな魔法は知らないから、第三王女あいつは逃げたのでしょう。」


ピーピーピー


 彼は口笛を三回吹いた。目の前に除雪車が現れた。

「スノーマン、除雪をお願いします。」

 赤、青、黄色の帽子を被った男性三人が現れた。彼は男性三人に除雪を頼んだ。

「御意。呼ばれるのは二年ぶりっすね。久しぶりの緊急魔法で嬉しいっす。」

 赤い帽子を被った男性が言った。

「承知!」

「片付けたら、美味い飯を奢れ。」

 青色の帽子の男と、黄色の帽子の男が言った。

「ああ、約束する。」

 彼はそう言って彼らの帽子に触れた。三人の男性は作業を始め、除雪車を稼働させた。

「彼らは僕の分身みたいなものさ。彼らは車の修理もできる。」

「素晴らしいです。パーツを集めたら、彼らに保管してもらいましょうか。」

「ああ、それはいいアイデアだ。」

 彼女は、彼らに疲れを癒してもらおうと、食事を提供することを考えた。彼女は野草を集めてスープを作ることにした。

「野草のスープを作りました。」

 彼女は火を起こし、大鍋でスープを作った。

「ウェルシュ菌が増殖する前に召し上がってくださいね。」

 彼女は笑顔で言った。彼らは一体何のスープなのかと問い詰めずに食べることにした。

「お嬢様、手を洗わずに調理した自覚が有るならば、今すぐ白状してください。」

 彼女は微笑した。

「ふふふ。石鹸で手洗いしていますよ。だから大丈夫です。加熱もしてますよ。冷める前に召し上がってください。」

 彼女は笑顔であった。

「王女様の料理なんて、食べたことないっす。ちょうどお腹が空いていたっす。遠慮なく食べるっす。」

 腹を空かせた男たちは、スープを平らげると、横になって眠り始めた。

「お嬢様、スープに睡眠剤でも加えたのですか。彼らが気を許して眠る姿を見たのは初めてです。」

 彼は驚いていた。

「いいえ、何もしていませんよ。彼らは仕事中、集中し、交感神経が働いていました。温かいものを召し上がったことで、副交感神経に切り替わり眠くなってしまったのです。」

「お嬢様は、医者ではありません。神経のことなど、断言できませんよ。」

 彼は彼女に言うと、彼女は悪戯いたずらな笑みを浮かべ、口元に人差し指を立てた。

「先程の話は私達だけの秘密です。」

 彼女はそう言って、すぐに愛車に乗り込むのだ。

「お嬢様、もう出発ですか。準備は整いましたか。」

「ええ、もちろん。これから迷宮へ向かいます。」

 彼女は決心を固めた。


ピーピーピーピー


 彼が四回、口笛を吹くと、帽子を被った男性たちは起き上がり、除雪車に乗って帰っていった。 

「僕の軍隊は、特別な訓練を受けています。全員、寝てもすぐに起き上がります。だから安心です。」

 彼は彼女を安心させる言葉をかけた。二人は車に乗り、シートベルトをしめた。これは彼らの出発の音である。

「安心してください。お嬢様は僕がいる限り、死ぬことはありません。さあ、出発です。」

 彼がサイドブレーキを引く音を聴いて、彼女はフッと笑った。

「迷宮まであと何キロメートル?」

「あと十キロメートルです。」

「三十分程度で、到着しますね。」

「そうです。変な場所で攻撃されましたね。第三王女あいつは陰湿です。」

「お姉様を悪く言わないでください。わたくしの装備が気になって確認しに来ただけです。」

 彼女は淡々と答えた。

「そうですか。心臓を切り付けられそうになったのに、お嬢様の脳内は花畑ですね。」

 彼は呆れていた。彼は車を運転しながらポツリと呟いた。

「お嬢様を野放しにするのは、僕が許しません。」

「……。」

 彼女は少し疲れたのか、既に目を閉じていた。目的地まで、彼は彼女を起こさず見守ることにした。

「静かにしていれば、僕もあなたを姫と認めざるを得ませんね。」

 彼は小さく呟いた。路面の悪路のせいか、降り出した雨のせいなのか、いつの間にか彼の声は反響せずに消えていた。

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