第65話 過去の終わり?
今までとは打って変わって、『動物の国』では石板の情報がとても集まった。
あの時『海の国』で新聞を見ていなかったら、こうも情報が集まることは無かっただろう。
「新聞を切り抜いてわざわざ貼るの大変じゃねェ?」
「見返すとき楽ですから」
「大変って事は否定しねェのなァ……」
大変なものは大変ですし。
年数が経って買い手がいなくなった古い四階建てのビルを格安で買取り、そこの三階で俺たちは暮らしている。
窓からの風が花瓶のアザレアを揺らす。
もうタイムリミットの七年は過ぎてしまったが、それで諦めるような俺たちではない。
それに、法則なら掴んだ。
「改めて見んと、物の見事に『誰も見ていない近くに砂のある場所』だよなァ」
「不思議ですよ、本当に」
よく分からない法則だ。何故砂の近くに……?
「こんなの誰が作ったんだろォなァ……?」
「さぁ……」
そもそも誰が意図して作ったモノなんだろうか? 作っていたのだとしたら誰が? 自然発生した可能性は? 実は生物であるという可能性は?
調べていくほど疑問が増えていく。
もしかして神様が作った……いや、ありえないか。神なんてものは、所詮人間の被造物。人間こそが神である。……なんて、魔法があるこの世界じゃ意味の無い考え方かもしれないが。
正直、石板が何なのかは俺たちには関係ない。
古の時代に蒸気機関が原理も分からないまま使われていたように、俺たちは石板の原理を理解しないまま使う。ただそれだけだ。
もちろん、原理を理解しておいた方がいいのかもしれないが。
『にゃぁ』
「おォ、フレット起きたのか」
……そういえば、フレットも大概謎な猫だった。妖の類ではなかろうか?
『みゃぁー』
「んー?」
「おやつですかね? 一旦休憩にしましょうか」
「さんせーい!」
ま、かわいいからいいか。
こうして、幸せに溢れた一日が過ぎていく。
美味しいご飯を食べて。
石板の情報は集まって。
なにより、ヒビネのお腹には子どもがいて。
何もかもが上手くいっていた。俺たちはそう思っていた。
◆
人生の幸不幸というものは、波や振り子で表現されることがある。
「ヒビネ!」
「ゴウに……逢えて…よかった」
幸運の後には不幸が、その不幸の後にはまた幸運が。振れ幅は一定ではないが、かならず存在するという考え方だ。
幸運が強い分だけ不幸も強く、また弱い場合も然り。
「駄目だ! ヒビネ!」
「ヒビキを……頼む、わ」
宝くじで高額当選をした後に詐欺に遭う、転んだ拍子に百円を拾う、なんかがそうだ。
……俺は今、何故こんなことを?
「ヒビネ…? ヒビネ!?」
「愛してる」
…………あぁ、そうか。
「っ、俺もだ! 愛してる! これからもずっと……! だから……!」
「だ、い……す……──」
これが不幸か。
神歴802年9月2日。
ヒビネは、息子の龍笛
どこまでも青が広がる昼下がりの、小さな病院での出来事だった。
◆
神歴802年10月20日。
あの時の石板が目の前にある。
動物の国にある秘境、俺と日々生の他に誰もいない砂浜にそれはあった。
……俺は、警察になりたかった。
警察になって、自分生まれ育った『海渡市』にいる皆を守りたかった。
でも、ヒビネと出逢って過ごすうちに変わった。
皆じゃなくて、愛する人を守りたかったんだ。
ヒビネ。俺は君を愛し続けるよ。
『この日記を読んだ誰かへ
石板の鍵は、ピアノの旋律だ』
最後の日記を書き終えた。
─パタン
「フレット、頼む」
『……にゃー!』
「……頼むよ」
『……みゃぁ』
「…ありがとう」
フレットが少し重い日記帳を背に乗せ、森に消えていく。
『収納』でグランドピアノを取り出し、特定の音を響かせる。
『〜♪ 〜〜♩ 〜〜♫』
─……─
石板へ向き直る。
眠っている日々生を抱き上げ、ゆっくりと石板に近づいていく。
──……──
「あぁ、そうだなぁ……」
かつてはあんなにも帰ることを願ったのに、今はもう帰りたくないんだ。
俺は……ヒビネを置いては帰らない。
「日々生が……幸せに、日本で暮らすこと」
俺と同じ不幸は味わってほしくない。
日々生が生きている間は、日本の方が科学技術が進んでいるだろう。
──……──
「俺の体と魔素を全て。けど、心だけはヒビネのものだから」
──……──
「助かるよ」
石板の中央が、扉のように開く。
日々生がゆっくりと浮き上がり、そこに吸い込まれていく。
日々生……俺は、日々生がいつまでも幸せな日々に生きることを願っているよ。
ガクン、と体から力が抜けていく。
それでも青空へ手を伸ばす。
「ヒビネ……今……い、くよ……」
◇
「あ、あ、あぁぁぁ…………!?」
『龍笛
「……うァッ……! なんで……! オレ、はァ!」
震える手から日記帳が零れ落ちる。
立っていられず、ぺたんと座り込む。
言葉を絞り出す。
「ごめん、なさいッ……! ごめんなさいッ……!!」
顔の前で手を組み、懺悔する。
涙が止まらない。
「ごほッ…! ひぐっ……! ごめんなさいっ……! 俺、は! 戻ってきて、しまいましたっ……!」
きっと今、オレはぐちゃぐちゃな酷い顔をしているのだろう。
『にゃーん……』
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい──」
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