第62話 過去の旅立ち!

 

「今年も冬を乗り越えたぞオレは!」

「ははは、やっとですか」


神歴792年3月4日、ヒビネさんが本格的に活動を再開するらしい。


「では、俺からのプレゼントです」


一枚の紙を渡す。


「プレゼント? どれどれ……」


『宿の食事代の請求書』


「……プレゼントの意味知ってっか?」

「まだ寒いんですか? 声が震えてますよ?」

「き、キミなァ……!」

「俺だって今年の冬の寒さは堪えたんですから。その分はきっちり落とし前つけてもらいます」

「……暫くは休み無しだなァ、こりゃァ」


そりゃそうでしょう。



「そういや、そろそろ他国への出入り制限が緩くなるらしいぜ?」


依頼終わりに昼食の生姜焼き定食を食べながら、ヒビネさんからそう言われた。


「そうなんですか? じゃあそろそろですかねぇ」

「何がァ?」

「いや、別の国で石板の情報を集めようかと思って」


ヒビネさんの箸が止まる。


「……オレも行くから」

「え? あ、はい。一緒に行きましょうか。あれ、俺もしかしてヒビネさんのこと置いていくとか思われてました?」

「……思ってねェけど!?」


急に大声出すじゃん。


「行儀悪いですよ、静かに食べましょうよ」

「誰のせいだと……!」


暫く黙々と食べ続ける。


店内には箸や食器同士のぶつかる音が小さく響く。


「石板の情報って、どんくらい集まってんだ?」

「急ですね。ほとんど何も、といったところでしょうか」

「ふゥん……まだまだ掛かるってわけだ」

「恐らくは。下手したら一生」


実際、一年以上経った今でもどこかに存在している事しか分かってない。


場所を見つけるのにどれだけの時間が掛かるのか不明だし、見つけたところで確実に帰れる保証もない。


それでも日本へ帰りたいのは、一重に夢があるからだ。


「出来れば後5年以内には帰りたいですけどね」

「あァー、そういやなんかタイムリミットがあんだっけ? 日本じゃ行方不明で時間が経つと死亡扱いになるとかなんとか」

「その通りです」

「はァーあ、そっちの捜査機関はよくやるぜェ。テレビにラジオ? こっちじゃ考えらんねェ」

「最近…と言っても一年前ですけど、『インターネット』っていうのが出来たらしくて。それを使えば、なんか色んな情報を遠くまで伝えられるらしいんです」


電子メールがどう、とかお父さんが言っていた。電話に代わる通信方法になるのだろうか?


もしかしたら、携帯電話で電子メールが……なんて、それは最早携帯電話ではないか。


「この世界もそんくらい科学技術がありゃァなァ……」

「電気を扱う技術力は上がってきてますし、あと30年もすれば追いつきますよ」

「そんときゃ47と48だぜ?」

「……悲しい現実ですね」


さすがに、『オッサン』と呼ばれる年になってしまう前には帰りたい。


「ごちそうさまでした」

「も、もう食べたのか。オレも食べるからちょいと待っててくれ」

「待ちますよ」



「「お世話になりました」」

「あらあら、気をつけるのよ?」

「「はい!」」


約2年過ごした宿を後にした。


俺がヒビネさんに拾われ連れてこられた思い出の場所だ。


俺達は今日から『天使の国』を出て『海の国』を目指す。


そこにはどうやら『スウェル大図書館』という、歴史ある図書館があるらしい。そこで石板の情報を集めるため、ここを出る。


町の東門を抜けた。


「ここから歩くとなんと、一体何日掛かることやら」

「ですね。『収納』があって良かったです」

「『収納』ってのァ、マジでとんだ規格外の魔法だぜ」

「二ヶ月分の食料と水を持ち歩いているわけですからねぇ」


容量に際限がない、もしくはものすごく大きい上に重さと体積を無視できる。


確かにこれは、規格外としか言いようがない。


この世界へと来て、良かったことの内の一つだ。


「どうせなら移動手段も欲しかったけど、無い物ねだりはしても意味無ェからなァ」

「車でもあればよかったのに、なんて」


こちらの世界での車といえば、まだまだ馬の方がいいレベルだ。排気ガスも馬鹿にならない。


音もうるさいし。


両親はそんな時代に生きていたのだと考えると、それはそれは大変だったのだなぁとしみじみ思う。


「車? そっちじゃメジャーな移動手段として使われてんの?」

「えぇ、そうです。一家に一台の時代ですから」

「マジで? あんなのが町中走り回ってるとか、耳が壊れるわ」

「あそこまでは酷くないですけど、数ある分ヒビネさんみたいな人達にとっては最悪の環境かもしれませんね」


野良猫を見る機会も随分減りましたし、とは言わないけども。


「でもアレだろ? そういうのって都会だけなんだろ?」

「それは…そうですね。田舎の方ならヒビネさんには暮らしやすいと思います」

「いい事聞いたぜ」


……暮らすおつもりで?



道中で野生動物との戦闘を何度か乗り越え、遂に『海の国』へと辿り着いた。


「神歴792年、9月10日、午後8時に、海の国の宿を確保した、と」

「宿について最初にやることがそれかよ。ゴウらしいっちゃらしいがなァ」

「ヒビネさんこそ、武器のメンテナンスを真っ先にやってるじゃないですか」

「オレのは防衛手段なんだから、優先順位が高ェのは当然だろ? ほら、書いたんならさっさとご飯食べに行くぞ」

「ちゃんとご飯代は考えて下さいよ?」

「うっ、わかったよ」

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