第40話
振り解こうにも、力が強くてなかなか解けません。
それどころか、ますます強く握られてしまい、痛みすら感じるほどです。
仕方なく立ち止まることにしましたが、このままでは埒が明かないので、こちらから話しかけることにしました。
一体何の用があるのか尋ねると、彼女は俯きながら黙り込んでしまいました。
しばらく沈黙が続いた後、意を決したかのように顔を上げて口を開きました。
その言葉を聞いた瞬間、全身の血の気が引いていくような感覚に襲われました。
彼女は、私のことが好きだと言い出したのです。
信じられませんでした。
何故なら、彼女は私のことを嫌っていたはずだからです。
その証拠に、会社では、いつも冷たい態度を取られていましたし、
挨拶すらまともに返してくれませんでした。
それなのに、何故、好きになったのか理解できません。
混乱している私を余所に、彼女は話を続けます。
どうやら、以前から好意を抱いていたようで、アプローチしようと考えていたらしいのですが、なかなか勇気が出せずにいたとのことでした。
そんな中、私に告白されたことを知り、焦りを感じたらしいのです。
そこで、思い切って気持ちを伝えることにしたとのことでした。
話を聞き終えた後、しばらく考え込んだ後、答えを出しました。
申し訳ないけれど、あなたの気持ちには応えられないと告げると、
彼女は悲しそうな顔をしていましたが、すぐに笑顔に戻りました。
そして、これからも友達として仲良くして欲しいと言われました。
その言葉に、思わず涙が出そうになりましたが、グッと堪えて笑顔で返事をしました。
それからというもの、時々連絡を取り合ったり、
一緒に食事に行ったりするようになりました。
そんなある日のことでした。
いつものように彼女と食事をしていると、突然、彼女がこんなことを言い出しました。
それは、私のことを名前で呼んでくれないかということでした。
今までずっと名字で呼ばれていたので、違和感があったのでしょう。
もちろん、断る理由もないので了承すると、嬉しそうな表情を浮かべていました。
それから、彼女に名前を呼ばれることになりましたが、なんだかくすぐったい感じがして慣れませんでした。
慣れないながらも、彼女のことを名前で呼ぶよう努力しているうちに、自然と口にできるようになっていきました。
そんな日々を送るうちに、あっという間に月日が流れていき、季節は冬を迎えていました。
そんなある日のことでした。
いつものように仕事を終えて帰宅すると、
自宅の前に人影があることに気付きました。
誰だろうと思いながら近づいていくと、
その人物は私に気付いたようで、こちらに駆け寄ってきました。
よく見ると、それは彼女でした。
どうしてここにいるのかと尋ねると、
私に会いに来たとのことでした。
わざわざ訪ねて来てくれたことが嬉しくて、
部屋に招き入れることにしました。
リビングへ案内すると、ソファーに座ってもらい、コーヒーを淹れて持って行きました。
すると、彼女は、ありがとうございますと言って受け取ってくれました。
その後、しばらく雑談をしていたのですが、不意に、彼女が真剣な表情になったので、
どうしたのか尋ねると、実は相談したいことがあると言われました。
一体何事かと思いながらも、話を聞いてみることにしました。
すると、彼女は、結婚を考えている人がいると言い出したのです。
その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になってしまいました。
正直、信じられませんでした。
何故なら、つい先日まで、私たちは恋人同士だったはずなのです。
それなのに、たった数日で別の人と付き合うなんて考えられません。
一体どういうことなのかと問い詰めると、実は、前から好きな人がいたそうで、
その人と結ばれたいと思っているとのことでした。
それを聞いて納得しました。
どうやら、私とは遊びだったようです。
そうとわかれば話は早いと思い、別れることを告げました。
すると、彼女はショックを受けた様子でしたが、すぐに笑顔を取り戻し、
最後に一つだけお願いがあると言ってきました。
それは、最後にキスをさせて欲しいとのことでした。
断ろうかとも思いましたが、最後の思い出として受け入れることにしました。
目を閉じて待っていると、唇に柔らかい感触が伝わってきました。
その瞬間、胸の奥がキュッと締め付けられるような感覚に襲われました。
彼女と過ごした日々が走馬灯のように蘇ってきます。
楽しかったことや辛かったことなど様々な記憶が頭の中を駆け巡っていきました。
その度に涙が溢れそうになるのを必死に堪えます。
やがて、唇が離れると、彼女は寂しそうな笑みを浮かべながら、
さようならと言って去って行きました。
その後ろ姿を見送った後、部屋に戻ってベッドに倒れ込みました。
枕に顔を埋めながら号泣してしまいました。
悔しくて悲しくて堪りませんでした。
しばらく泣き続けた後、ようやく落ち着きを取り戻した私は、
シャワーを浴びるために浴室へ向かいました。
服を脱いで鏡を見ると、そこには酷い顔をした女が映っていました。
目は腫れぼったく、鼻は赤くなっており、とても見られたものではありません。
それを見て、さらに落ち込んでしまいました。
シャワーを浴び終えた後、ベッドに入り眠りにつきました。
翌朝、目を覚まして起き上がると、頭痛がしました。
どうやら風邪を引いてしまったようです。
今日は休みなので問題ありませんが、明日も同じ状態だったら困るので、
早めに治さないといけません。
とりあえず、熱を測ってみると38度ありました。
これは重症だと思い、会社に電話して休みの連絡を入れました。
その後、病院に行って薬を貰ってきました。
帰宅後、再びベッドに入り眠りにつきました。
目が覚めると、辺りはすっかり暗くなっていました。
どうやら夕方まで眠っていたようです。
喉が渇いたので水を飲もうと立ち上がると、ふらついて倒れそうになりました。
慌てて壁に手をつき、なんとか踏みとどまりましたが、足に力が入りません。
これはまずいと思い、這うようにしてキッチンへ向かいます。
冷蔵庫を開けて中からペットボトルを取り出すと、蓋を開けて一気に飲み干しました。
冷たい水が喉を通っていく感覚が心地良いです。
少し楽になったので、もう一度寝ることにしました。
翌朝、目を覚ますと、昨日よりは楽になっていました。
熱を測ってみると37度まで下がっていました。
これなら大丈夫だろうと思い、出勤することにしました。
会社に着くと、すぐに自分のデスクに向かい仕事を始めました。
昼休憩になり、食堂で食事をしていると、
同期の女性社員が声をかけてきました。
彼女は、私のことを心配してくれていたようです。
大丈夫だと答えると、安心したように微笑んでくれました。
その後、食事を終えて仕事に戻ろうとした時、上司に呼び止められました。
一体何事かと思いながらついて行くと、応接室へ通されました。
中に入ると、そこには社長がいました。
一体何の用だろうと思っていると、いきなり土下座されてしまいました。
どうやら、私のせいで会社が倒産寸前になっているらしいのです。
その原因を作ったのは私だと言われました。
どうやら、私が担当していたプロジェクトが失敗したことが原因のようです。
しかし、それは私のせいではありません。
全ては、上司の指示に従っただけなのです。
それを説明すると、社長は納得してくれました。
そして、今回の件については不問にすると言ってくれました。
その代わり、今後はもっと責任感を持って仕事に取り組むようにと言われました。
当然のことだと思います。
これからは気を引き締めて頑張ろうと決意しました。
それから数日後、私は仕事を終えて帰宅しました。
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