第4話

◇◇◇




 伯爵家出身の私が、第一王子であらせられるリュド様の婚約者となったのは二つの理由がある。


 一つ目は、我が家の経済力でしょうか。

 この国の中でも、指折りの経済力を持つ我が家は、多くの資金を高位貴族や王家へと貸し付けていました。商売が上手な貴族ということで、旧くから存在する貴族達やリュド様の様な偏見持ちの方々は我が家を「小汚い貴族」だと蔑んでおられました。なら、すぐに耳を揃えて全額返済しろという話ですが、状況をしっかりと把握しておられる陛下や王妃様は、私達へと強くは出られませんでした。

 

 二つ目の理由は単純に私が優秀であったから。 

 王家へと莫大な金銭を貸し付けていた状況と、それが単なる伯爵家であったという状況と、そこの娘が優秀であるという状況の三つが上手く噛み合い、『伯爵家出身ゆえ婚姻後も王家へと下手に影響が及ばない』、『身内になったのだから返済は無用』、『不出来な第一王子を支えられるだけの優秀な女性』という、私はある意味王家にとって理想的な女性だったのでしょう。


 しかし、実際はどうでしょう。

 私は、周囲に思われているような優秀な人間ではありません。

 ただ他の子供達に比べて早熟な子供であったというだけです。

 幼少期の私は誰よりも優秀であり、将来を期待されていた。しかし十を過ぎ、十五を迎える頃には、かつて感じていたような万能感は消え失せて、自分が凡人であることをたびたび痛感させられていたのでした。


 今となっては何をするにも一度で上手くいった試しはなく、勉強だって何度も何度も復習してようやく身に付きました。その程度の凡庸さでも、未だに各所で「さすが将来の王妃様」「優秀ですわね」とお褒めの言葉をいただくのは、私があらゆる時間を削り、その全てを勉強と王妃教育に当てて、並々ならぬ努力をしているからでありました。


 それもこれも全ては、この国と、近い将来この国の王になるであろうリュド様を支えるためでした。



 ですが……リュド様は私のことを少しも慮ってくれないどころか、あろうことか、グランジェ令嬢と親密な関係となりました。それ以降は私の顔を見るたびに、一方的な物言いによって私の尊厳を傷つけ、貶め続けました。


「リュド様がこの婚約を継続したとしても、婚約を破棄したいと申し出られましても、私はそれに従います。ただもし、その過程で私の自尊心が傷つけられた場合は徹底的に抗いたいと考えております」


 だから私は、両親にこの婚約が上手くいかないかもしれないと伝え、許可を得ていたのでした。



 

◇◇◇




 両親から許可を得た私は、すぐさま動き出しました。

 リュド様とグランジェ令嬢の行動を徹底的に洗い出し、彼らの居た所に、その場で起こったことを記録してくれる魔道具を仕掛けたのです。


 万が一に備えて集めていた彼らの不実の記録は着々と集まり続けました。その中でリュド様が、取り巻きやグランジェ令嬢へと、大袈裟な身振り手振りを交え、まるでそれが武勇伝でもあるかのように、卒業記念の夜会にて「あの調子に乗った女に最高の舞台で婚約破棄を突きつけてやるのさ」と言及されていたのでした。


 だから私は……あとは記録の魔道具ペンダントを用いるだけで全てが終わる……それなのに───



 

◇◇◇




 証言者に再確認をしたライノ様は、陛下と王妃様の方へと顔を向けました。それが二秒だったか三秒だったか、あるいはそれ以上だったか……二人はライノ様へと頷かれたのでした。

 彼はそれを確認すると、一瞬頬を緩めたかと思うと、再び厳しい表情で、周囲の騎士に、


「こいつら全員ひっ捕らえろッッ!!」


 と命じられました。

 とっさのことに初動の遅れた騎士達でしたが、そこはさすがに常日頃からハードな訓練されている騎士の方々でした。彼らはすぐさま動き始め、展開についていけずポカンとしている証言者を次々と捕まえ、床に押し付け、固く固く両の手を身体の後ろで縛り付けました。しかしそこで、


「どうして私まで!! どうしてだ!! ライノ!! 早く私を解放しろ!!」


 証言者達と同様に、床に押し付けられたリュド様が叫び声を上げました。


「お父様!! お母様!! ライノが!! ライノを!! 無礼なライノを早く殺してください!!」


 彼の切実な声は虚しく、陛下がその場をお立ちになって「構わん。そやつも連れてけ」と騎士に命じられましたのでした。





 

 

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