第36話
史人が搬送された病院で、多希はロビーの椅子に座って検査結果を待つことになった。町中はハナミネコ対策の結界が薄いが、病院はさすがに結界で厳重に保護されている。
スマートフォンを出して通知を確認すると、愛美から、すぐに来られないかもしれない、とメールが入っていた。
テレビでは、蒼右森県知事が早くも県庁で会見を行っていた。画面の端のLIVEの文字で、中継であることがわかった。
『本日、厚生労働大臣と介護施設を訪問したところ、介護士による他職員へのハラスメントが発覚しましたことを、ここで発表します』
穏やかな表情で会見に臨む知事を見て、多希は知事に底知れぬ恐怖をおぼえた。同じ現場を見ていたのに、あぐりがハラスメントをしていたと判断するのか。施設長の涙の訴えに真剣に耳を傾けており、それを鵜呑みにしたような発言が始まった。
『蒼右森市内の介護施設において、この春から社会人として採用された介護士が、実習生だった頃から施設職員の業務の邪魔をしたり、入所している高齢者をわざと危険に巻き込んだり、自身は業務を怠るという、介護士であるという立場を利用して勝手な言動を繰り返していた、と関係者から報告があり、調査を行いましたところ、事実であることが判明しました。県の監督不行き届きであることを、ここで謝罪致します。しかしながらわたくしは、介護士という国家資格にも疑問を持っています。国が多額の資金を投与して大学や専門学校の介護士過程に学費の免除をすることで、志の低い者や銃器を持ちたいためだけに介護士になりたい若者が増えたことも事実です。国はこのまま、介護士に金を注ぎ込むつもりなのでしょうか。わたくし知事は、介護士の在り方を変えるべきだと思っております』
知事の饒舌の最中に、テレビ画面にテロップが流れた。
――
「……嘘、だろ」
故意にハナミネコを施設に侵入させたとして殺人未遂の罪に問われていた四万津は、第一審で無罪判決が出た。しかし、検察が控訴申立をすると、また裁判が始まることになる。
蒼右森県知事の会見でも、記者から裁判について質問が出た。判決をどのように考えているか、とのことだ。
『……ええ、先程、東都での介護士事件の裁判の結果が出ました。被告は無罪。控訴申立が決まりました。控訴申立は妥当だと考えます。だって、そうでしょう。介護士は、やりますよ。厚生労働大臣には進退を考えて頂きたいですね』
胸糞悪い会見に、いつのまにか歯を食いしばっていた。スマートフォンには、また愛美からメールが来ていた。橘子も会見を開くため病院に向かうのが遅くなるか、できなくなるかもしれない、という内容であった。
「史人くん、本当にごめんなさい。首までは確認していませんでした」
身内ではないが、現場で処置に当たった看護師だったことを良いことに、多希は家族面して病状説明を受けていた。
史人の火傷は、多希が思っていたものと少し違っていた。
背中から薬缶の熱湯をかぶったと思っていたが、実際は首の後ろに重点的にかかっており、後ろ髪の生え際も熱傷を負っていた。熱湯が襟首から背中に入ってしまっていた。スーツの裂けた部分であった肩から脇にかけた部分も、熱傷を負っていた。深部ではないが、たまたま皮膚科医が不在の日であり、念のため一晩入院することになった。
「骨とか内臓は問題無いみたいだから、寝て治すよ。仰向けになれないのがつらいけど」
入院着でリラックスした史人が、早速ベッドにごろんと
「それより、橘子さんの会見を見ようよ。状況はかなり厳しいんだろ?」
「そうなんです。知事の会見の後だから、どんなことになるか」
橘子の会見まで、まだ時間がある。多希は、先に別の場所に連絡を取ることにした。
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