攻略キャラを決めろって言われても……

 攻略キャラを決めろって言ったって、どうすれば良いんだろう。俺、このゲームのキャラクターなんて殆ど知らないのに。


 というかさ、「この手の作品」って磯貝は何度も言ってたけど、この手の作品でゲームのキャラクターに成り代わるのは普通、ゲームのことを良く知ってる奴なんじゃないの?

 

 何でこのゲームのファンである磯貝じゃなくて、俺が主人公にならなくちゃいけないんだよ。誰が俺をこんなことに巻き込んだかは知らないけど、勘違いだとしたら酷過ぎる。

 今すぐ踊り狂って神に願ったら、磯貝と立場を入れ替えてくれたりしないだろうか。バッドエンド含め全ルートをクリアしたと豪語してたあいつなら、簡単に元の世界に帰ってこれるだろ。


 はあ、恋愛か。人とまともに関わることすら避けてきた俺が「恋愛」って。無理ゲー過ぎる。第一、俺みたいなモブ陰キャのことを誰が好きになるんだよ。どんなに面は良くたって、性格がコレだと最悪だ。

……はは、まさか数日前まで磯貝に抱いていた感想が、自分に返ってくるとはね。人生って何があるか分からない。


 卑屈精神に染まり切った俺を見て、流石のイケメン皮であってもカバーしきれないと磯貝は判断したんだろう。

 磯貝と話し合った結果、俺は「朝日奈想来」ではなく、主人公として振る舞うべきだという話になった。そのほうが攻略もスムーズにいくはずだ、と。

 磯貝の言う通りだと思ったので、俺はここの世界の住民と接する時は主人公として振る舞うことに決めた。

 

 さて、俺は主人公のキャラクターから逸れないように注意しながら、みっつの行動をする必要があった。


1、攻略キャラの好感度をマックスにする。

2、攻略キャラ以外のキャラの好感度を下げ、キャラクター同士の仲を改善させる。

3、ゲームクリアのために、攻略キャラの恋愛イベントを全て回収する。

 

 本命以外とは会わなければ良いだけの話じゃないかと俺は最初思ったんだけど、磯貝はそれができたら良かったのですが、と言葉を濁した。さっき言ったように俺は全キャラクターと恋愛フラグが成立している状態なので、俺が望まなくとも、恋愛イベントは強制的に発生する。向こうから俺に会おうとしてくる。つまり、本命以外のキャラとは会わないというのは難しいみたいだ。

 

 だからひとまず全キャラクターの好感度を下げて、そこから本命のみ好感度を上げようというのが、俺達の作戦だ。


 ちなみに主人公のデフォルト名は「ジルベール・セリーヌ」というらしい。俺はそこに無理矢理「想来」という名前を入れたので、「想来・セリーヌ」というめちゃくちゃな名前になってしまった。これこそ何とかしたほうが良いんじゃないかと磯貝に聞くと、磯貝は笑いを堪えながら「名前は変更される前提で設定されてるんでござるから、何の問題もないでござるよ」と言っていた。あいつ、絶対に楽しんでる。

 

 磯貝が「学校に行く前に仮眠するでござる」と言って通信を切ってから、俺はバルコニーで踊り狂ってみたり、踊るのに飽きてからはこの世界のことについて考えていた。そうしているうちに、月は沈み、日が登ってくる。欄干に肘を突き、眩しい朝焼けと心地よい風に浸っていると、バルコニーの窓が開かれた。


「やあ、想来。こんなところにいたんだね。探したよ」


 オベール・ベルトラン。伯爵家の三男であり、主人公の幼馴染かつ長年の友人だ。家にこもっている主人公とは対照的に外で遊ぶのが好きで、主人公の家を訪れては、外の世界について教えてくれた。主人公が家の外に出たいと思うきっかけが、このオベールだった。


 オベールは俺の隣に立ち、欄干に手をかけると、ニコッと笑いかけてきた。ひとつひとつの仕草、立ち居振る舞いが様になっていて、同じ男として嫉妬する気すら起きない。


「怪我はどうだい? 痛くないかい?」

「大丈夫だよ」

「本当に? 本当に大丈夫なんだね?」

「大丈夫だって。もう、オベールったら心配性なんだから」


 口元に手を当て、クスクスと笑う。主人公、ジルベールの喋り方や仕草は磯貝から指南を受けている。教えられた通りに振る舞えば問題はないはずだ。


 それにしても、キャラクターを演じるっていうのは思いの外大変だな。恥ずかしいし、何より頭を使う。でも他人を演じているおかげか、人と話す時の緊張はいくらか和らいでいる。


「心配に決まってるじゃないか。君の美しい体に傷がつくなんて、俺には耐えられないよ」


 ああ? 美しい、だって? なんて気障きざなことを言うんだ、この人は……俺を褒めたって、何も出ないからな。

 

「あ、あはは……心配しなくても、あと数日もすれば傷は治る。そんなに不安がらなくても大丈夫だよ」


 オベールは憂いを帯びた表情を変えず、俺の手を取った。


「本当に大丈夫かい? 君は我慢強い人だ。誰にも相談せずにまた一人で抱え込もうとしてるんじゃないかい。何か力になれることはない? 辛かったらベッドに横になっていて良いんだよ」


 あまりに何度も怪我のことを聞かれるから、ついおかしくなって吹き出してしまう。

 こんなに誰かに怪我を心配されたのなんて幼かった頃、それも保育園の頃ぐらいだ。


「ありがとう、オベールは本当に優しいね」


 俺が笑うと、オベールも釣られたように笑った。

 

 磯貝からキャラクターの性格についてある程度話を聞いている。

 オベールは優しいが、闘争心が強い。恋愛面においてはかなり嫉妬心が強く、他のキャラと並行して好感度を上げていると、すぐに友情度が下がってしまうみたいだ。

 オベールを攻略するにしろしないにしろ、この人の友情度を優先して上げることがまずは先決だろう。メインキャラ故に様々なキャラクターとの関わりがあるので、誰かと顔を合わせる度に昨日のように喧嘩されては俺のメンタルが持たない。


 よし。ここは1回ガツンと叱っておくか。


 人生のあらゆるトラブルを回避して生きてきた俺は、誰かに怒った経験も、怒られた経験もほとんどない。

 ちょっと緊張しながら、声のチューニングをする。言うぞ。良し、言うぞ……言うぞ!


「お、オベール。昨日のことなんだけど、どうしてアレクサンドルさんにあんなに酷いことを言ったの?」


 緊張し過ぎて声が裏返ったけど、幸いにもオベールはそこには触れなかった。気が付かなかったのか、それとも触れないでいてくれたのか。

 オベールは顔をしかめる。

 

「昨日のことかい? あれは、アレクサンドルが君の体に無断で触れようとしたからだよ」


 言っとくけど、お前に触るのを許可した覚えもないからな。

 

「あの人は僕の頭の傷を見てくれようとしただけじゃないか。あんなに邪険に扱う必要はなかったんじゃない?」

「それはただの口実で、本当は君に触れたかっただけかもしれないだろ」

「……どうしてそんなふうに思うの? 人の優しさをそんな受け取り方するなんて失礼だよ。ましてや僕はそんなことをしてほしいなんて一言も言ってないんだよ」


 俺の言葉にオベールは酷くショックを受けた様子だった。声を震わせ、俺の手を強く握りしめる。


「君はアレクサンドルの味方をするつもりかい? 俺よりもアレクサンドルの方が好きなのか?」


……あー、これは中々面倒くさい拗らせ方をしている。流石は磯貝が「オベールはハッピーエンドでは優しいんだけどね……うん……」と言っていた男だ。

 というか、ハッピーエンド以外だとどういう感じなんだよこの人。怖いな。


 ここで嫌いだって言ったら、好感度は下がるかもしれないけど、友情度も間違いなく下がる。かと言って好きだと言ったら好感度が上がってしまう。それは困るな。ひとまず、明言はしないでおくか。


「……僕にはまだ、誰が好きとか嫌いとか選べないよ。でも2人には喧嘩をしてほしくない。仲良くしてほしいんだ」


 ちょっとあざと過ぎたかな。自分で言ってて、恥ずかしくなる。


「オベール、お願いだから約束して。僕を理由に誰とも喧嘩しないで。もし昨日のようなことをまたするつもりなら、僕は君とは結婚なんてしたくない」


 これにはオベールも相当ショックだったみたいで、顔を青くさせて「……分かった」と小さな声で言った。でもすぐに気を取り直したのか、俺の腰にそっと手を沿わせた。


「ここは寒い。風邪を引くといけないから、もう部屋に戻ろう」


 びっくりしすぎて声が出そうになったが、我慢だ、我慢。ジルベールはきっと悲鳴も上げないし、手を振り払いもしない。ここはひとまず受け入れよう。


「あ、ありがとうございます……」


 オベールは淑女をエスコートする紳士のように俺を部屋へと連れ戻した。ベッドに寝かせられ、包帯の上からキスをされる。


 チュッ、と音を立てるオマケ付きだ。


「な、何、今の」


 オベールは大人びた笑みを浮かべた。


「怪我が良くなる魔法だ。この俺が祈っているんだからきっとすぐに良くなる。出鱈目な医学の何倍も効き目があるはずだよ」


 俺は頭を手で押さえた。


「ふふ。そんなに顔を赤くさせちゃって、どうしたんだい?」


……こいつ、分かってるくせに!


「いきなりそういうことするのはやめろ……やめてよ!」

「どうして? ここには君と俺の2人しかいないのに、何を遠慮する必要があるんだい?」


 俺に遠慮してくれ。


 オベールが何かする度に俺は目眩を起こして倒れそうな気分だった。いっそのこともう、倒れてしまおうか。倒れて目を覚ましたら、元の世界に戻ってたりしないだろうか。

 

 オベールという男、とにかく全ての行動が甘ったる過ぎる。このまま会話を続けていたら、胃もたれを起こしそうだ。というか、心臓がもたない。


 ああ、早くここから逃げ出したい……。逃げ出して、何も考えずにできる作業ゲーを黙々としていたい……。


 俺が現実逃避に意識を飛ばし掛けたその時、ドアがノックされた。


 オベールがハッとして俺から離れる。誰かは知らないが、ナイスだ。


「義兄さん、もう起きてますか?」


 使用人姿の青年が姿を見せた。栗色の髪に、紺色の瞳。前髪は片方の目を覆っていて、いわゆる目隠れという髪型になっている。

 レオ・セリーヌ。主人公の義理の弟であり、セリーヌ家の召使いをしている。攻略対象なので、レオも歴としたαだ。


「お食事と薬をお持ちしました。お加減はいかがですか?」


 オベールはレオの手から食事の乗ったトレーを奪い取り、すぐそばの机に置いた。


「……やあ、ご苦労だったね、レオ。もう下がって良いよ。食べ終わったらまた呼ぶから、その時に来てくれれば良い」


 レオはオベールの姿を一目見て、盛大に顔をしかめた。


「……まだいらっしゃったんですか、ベルトラン様」


 オベールはムッと眉間にしわを寄せる。

 

「俺がここにいたら、何か問題があるのかい?」

「いえ、別に。ただ客人だとしたら随分と厚かましいなと思ったんです。何日も居座るなんて常識があったらあり得ませんよ。他のお客様はもう帰られたので、あなたも帰られてはどうですか?」

「何だって! それが客人に対する態度か!?」

「オベール!」


 俺はオベールの服の袖を引っ張った。


「止めないでくれ。売られた喧嘩は買う主義なんだ」


 どうしてそんなに血気盛んなんだよ。


「オベール。さっきの約束は忘れてないよね?」

「でも、向こうが先に酷いことを言ってきたんだよ。俺はただ、君のことが心配だからこうして側にいるだけなのに……」

「レオには僕のほうから叱っておくから、ここはお願いだから堪えて。ね?」


 俺が精一杯笑みを浮かべると、オベールは渋々といった様子で頷いた。


「……君の言う通りだ。今日は帰らせてもらうことにするよ。お邪魔したね」


 偉い! 偉いよオベール! よく我慢した! ありがとう!


 俺が歓喜したのも束の間、


「明日また来るよ、想来」


 そんな恐ろしいことをオベールは言う。これにはレオも黙っていなかった。

 

「結構です。義兄さんの看病は僕がちゃんとしますので。あなたの手を煩わせるつもりはありません」


 ガッツリ言ってくれるのは嬉しいけど、煽るなレオ。頼むから。


 オベールは悔しそうな表情を見せたものの、大人しく引き下がってくれた。形式的に俺とレオに一礼し、廊下へと続く扉を開ける。


「バヤール。帰るぞ!」

「かしこまりました、ご主人様」


 オベールの従者であるバヤールは扉を閉める直前、俺をチラッと見てひらひらと手を振った。俺が手を振り返すと、ニコッと笑って帰っていく。


 ……しまった。つい手を振り返してしまったけど、今のも好感度を上げる原因になるんじゃないか。というか、バヤールとは全然喋ってないけど、どうやって好感度を下げれば良いんだろう。無視をするとか? でも、主人公はそんな酷いことはしないはずだ。


……ああ、もう! なんで俺がNPCにこんなに振り回されなくちゃいけないんだよ!

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