第1話

『夕凪、準備は?』


骨伝導イヤホンから若い女性の声が発せられる。


「いつでもどうぞ」


『よし、そろそろターゲットが車から降りる。そこを狙え。すでに許可は出ている、申請は不要だ』


「了解」


少年が指を耳の横に当て、平坦な口調で答えると、腰に差した刀に手をかける。


「契約に従い、我が剣に宿れ、大蛇の首を堕とす者――」


ゆっくりと刀を抜刀すると、光の粒子が刀に集まり、鍛え上げられた刀剣を更に白銀に染め上げる。


眼下では、黒塗りの高級車が止まった。


『撃て』


号令。それと同時に少年が刀を振るう。


白銀の鞘はその瞬間に消し飛び、僅かな残滓が刃先から零れ落ちた。


刹那、斬撃が眼科の黒塗りの車の直ぐ側、今まさに車から降りた男性の首を刎ねた。


続けざまに数度、刀を振るう。


その刃も、同席していたボディーガードや運転手に致命傷を与えた。


カチッと刀を鞘に収めると、再び指を耳の横に当てて口を動かす。


「任務完了です。『夕凪』、これより帰還します」


『お疲れ様。後処理は任せて〜』


少年は通信を終え、屋上から階下に続く扉を開けてその場を去った。



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「ただいま」


少年はオフィスに入るとそう告げた。彼の長年の職場であり、言えのようなものであるそこには、成城市全域のマップが表示された巨大なホログラフィックを最奥に、幾つものホログラフィックディスプレイとバーチャルキーボードが並んでいた。


深夜にも関わらず数十人の職員が忙しなく動き回っている。


その横を通り過ぎ、ガラスで仕切られた個室に入る。中には女性が一人、執務用の重厚な両袖机に設置された3台のホロディスプレイを睨みつけていた。


陸上自衛隊特殊作戦群.祓除ふつじょ連隊.負号小隊『影祓かげばらい』小隊長碓氷うすい陽灯はるひ。少年の上司であり、育ての親である。


「小隊長。『夕凪』、ただいま帰還しました」


「ん? ああ…よく帰ってきた。こんな深夜に叩き起こして悪かったな」


陽灯が少年の存在に気づくと、ディスプレイを消し、少年に座るように促す。


「任務はつつがなく終わりました。あの後何か問題は?」


「いや、特に無い。これで反政府武装勢力は後ろ盾を失った。しばらくは大人しくするだろう」


陽灯は電気ケトルで湯を沸かし、コーヒーを淹れる。


「……朝火あさひ、お前、今年で幾つになる?」


コーヒーを少年――朝火にコーヒーの入ったカップを渡すと、彼の対面に座り直した。


「16です。『影祓ここ』で働き始めて10年ですね」


「そうか…もう10年も…」


陽灯が目を閉じ、天を仰いだ。


「あの、私の勤続年数がなにか?」


「…実はな。お前には長期休暇に入ってもらおうと、思っているんだ。」


そして神妙な面持ちで朝火にそう言い放つ。


「…どういうことでしょうか。休暇なら先月に頂いたばかりですが」


コーヒーを一口啜り、口を湿らせた朝火が不満そうに口を開いた。


「皆が職務に当たっているのに休暇は必要ないかと」


「…いや、お前に限って言えば休暇を返上して働いているも同然なんだが…」


「? どこがですか?」


朝火が何を言っているかわからないというように首を傾げ、それを見た陽灯はため息を吐いた。


「じゃあ、直近の事案を挙げてやる。項湾こうわん市で発生したポートマフィアの壊滅、これをやったのは?」


「私です」


「その時期は?」


「先程の春季休暇の時だったと記憶してます」


「…じゃあ、これは? 京都市で発生した旧士族の流れを汲む反政府勢力及び付随して発生した百鬼夜行の壊滅」


「それも私ですね。前回の冬季休暇にありました」


「架空の霊刀を崇める新興宗教の暴動を対処したのは?」


「私です。前回の――」


「そうだ前回の夏季休暇だ」


最後まで言わせることなく陽灯が割り込む。


「朝火、お前はここ最近の長期休暇でも大規模な任務に参加している。実質休んでいないと言っていい」


「相手が私達の休暇事情を考えて動いてくれるならそう言ったこともなくなるのですが」


「それは仕方ないが…流石にこれはまずいと思ってな。10年間任務漬けというのは前例にない」


「で、3年間も休暇ですか? 数日とかでいいと思うんですが」


「いや、この3年でお前には隼風はやかぜ学院に入学して卒業してほしいんだ」


突然の入学を話された朝火は面食らった。教養や戦闘技術は『新月』の隊員から叩き込まれた物で、今まで学校という場所に通ったことがなく、これからもそういったものとは無縁だと思っていたからだ。


「学院、ですか」


「ああ、お前はその立場上、同年代に友達がほとんどいないだろう。まあ、夕海は別として」


「まあ、そうですね」


「お前にはぜひ優秀な剣士が集う隼風学院で同年代との付き合い方を学んできてほしいんだ」


「そう、ですか」


朝火は少しの間逡巡する。突然のことで少し理解が追いついていないところがあるが、「学校」というものに通ったことのない朝火にとってそれは魅力的に映った。


「もちろん、急を要する事態やどうしても朝火の手を借りたいときには学院を休んでもらうことになるが…その辺りは私がしっかりと話を通しておく」


「私としては引き受けても構わないんですが……隼風学院は私の家から少し離れてますよね? あの子と夕海さんに迷惑がかかるかも…」


「隼風学院は全寮制を取っているから、お前には寮で暮らしてもらうつもりだ。夕海もあのお方も、私が面倒を見るから問題ない」


「…一応、返事は保留にさせてください。あの子の意見も聞いておきたいので」


「…分かった。話は以上だ。二人を心配させているだろうから、早く戻ったほうがいい」


「分かりました」


そう言って朝火は席を立った。退室の間際に、一度振り向いて陽灯の方を向く。


「さっきは僕の心配をしてくれたけど、母さんも無理しないで。ほどほどにね」


任務のときには絶対に見せない心配そうな表情で朝火がそう言うと、今度は陽灯が面食らったように目を見開き、苦笑した。


「ああ、もちろん。気をつけるよ。朝火」


「では、コードネーム『夕凪』、これにて退勤させていただきます」


「うむ。ご苦労だった」


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