012

「……料理、冷めてしまうよ?」


「はっ、食べましょう! いただきます!」


優しい味わいの料理はどれもがスルスルと喉を通っていく。

陽茉莉は落ちつかない心を、食べることで必死にごまかしていた。


ずっと憧れていた『車椅子の君』が目の前にいる。一緒に食事をし、気に入ったと言われ……。


(そんな……まさか……。でもそれってすごくすごく嬉しい……)


亮平のことを憧れの目で見ていたことは確かだ。

けれどそれはファンだとか推しだとか、そんなミーハーな気持ちでいたはずなのに。


亮平と触れ合って、こうしてお喋りをして、陽茉莉の中にある亮平への気持ちがどんどん変化していく。それは自分でも自覚するほどに気持ちが大きくなる。


「私、調子に乗っちゃうかもしれません」


「調子に乗る?」


「水瀬さんの言葉、素直に受け取ってもいいですか?」


頬をピンクに染めながら尋ねる陽茉莉は大変にいじらしく、亮平は心臓を何かに掴まれた感覚に陥った。


なんだろう、この感覚は。

胸がきゅっとなってモヤモヤっとして、手を伸ばして掴みたくなるような、そんな感覚。忘れていた何かを思い出すような、そんな曖昧な気持ち。


「……俺の方こそ、調子に乗りそうだ」


言えば、


「じゃあ調子に乗ってください」


今度は陽茉莉が真面目な顔をして言うものだから、亮平は目を見開く。そして呼吸をすることを忘れ……。


「ぐっ、げっほっ」


先ほどの陽茉莉と同じ現象に陥り咳き込んだ。


「わああっ、大丈夫ですか?」


陽茉莉はおしぼりを手に慌てて席を立ち、亮平の元へ駆け寄る。そっと背中を撫でるその動きはとても優しくあたたかで、亮平の心にぽっと明かりが灯った。


「……ああ、もうっ」


亮平は前髪をくしゃりと掻きあげる。

陽茉莉とは半年前にほんの少し関わっただけ。今日だって訪ねてきてからまだ二、三時間しか経っていないというのに。


「……本当に調子に乗るよ?」


「はい」


「今度、デートしよう」


亮平からの誘いに陽茉莉は「うわあっ」と口元を押さえる。


「嬉しいです。どこに行きましょう?」


頬を染めながらも大喜びする陽茉莉を見て、亮平の心も浮き足だつ。


こんなに緊張したのは久しぶりだった。

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