第159話 背中を追う


「唐沢さん……大丈夫かな……」


 そんな声を上げてみれば、雫ちゃんからは冷笑を。

 巧君からは困った様な笑みが向けられてしまった。


「今日は様子を見に行くだけって言ってましたし、そこまで心配する事ではないのでは?」


「黒獣だって子供じゃねぇんだから、勝手に帰ってくんだろ。大人しく待っときゃ良いんだよ」


 二人からはそんなお言葉を頂いてしまったが。

 たった一人だけ、部屋の隅で大人しくしている人が居た。

 関東に帰る途中で仲間になった、ゲンジさん。

 私達をこの部屋に送り届けてから、ずっとRedo端末を見つめている。

 いったいどれ程の集中力なのか。

 一時も目を放さない勢いで、ジッと端末に視線を送っている彼。


「あ、あの……ゲンジ、さん? その、貴方も少し休んだ方が良いんじゃ……」


「すんません、俺は大丈夫ですから放置で大丈夫っすよ。もしも兄貴がログインした時、それは何か問題があった時っす。だから、その時はすぐにでも駆け付けないと……俺、最強の捨て駒になるって約束しましたから」


 此方に一切視線を向けず、彼はそんな事を言い放った。

 最強の捨て駒って……それは、誇って良い事なのだろうか?

 そんな風に思ってしまうが、とても真剣な彼の様子に止めろとは言えなくなってしまい。


「ゲンジさんは……その。なんで黒獣にそこまで尽くそうって思ったんですか? 助けられた訳でもない、何かしらのきっかけがあった訳でもない。なのに、なんでそこまでするんですか? この地域も、黒獣の指示でずっと調べていたんですよね?」


 彼の正面に座り、そんな質問を投げかけてみれば。

 ゲンジさんはチラッと一瞬だけこっちを見てから、再び端末に視線を戻した。

 そして。


「リサさん、でしたよね。高校生っすか?」


「そう、ですね……」


 不意にそんな質問をされ、反射的に答えてしまったが。

 彼は真剣な表情のまま、言葉を続けた。


「大学に行けるなら、行った方が良いっすよ。社会の荒波って、言葉以上にキツイんで。有利になる条件は、出来る限り揃えておいた方が良いっす」


「えぇと?」


 大学、大学か。

 あんまり考えた事無かったな。

 私頭良くないし、なりたい自分っていうのも無かったので。

 高校を卒業したら、どこかに就職しなきゃなぁ程度に考えていたが。


「俺、社会をドロップアウトした駄目人間なんすよ。入社して、最初の会社を三ヶ月で辞めました」


「あ、あの……どうして、ですか? 仕事が合わなかった、とか?」


「違いますよ、理沙さん。社会人にとって仕事ってのは、合う合わないじゃなくて、どれだけ自分を合わせられるかっす。認識が甘かったってのもありますけど……俺、高校の時からずっとバイトしてて、社会人になってすぐ車買ったんですよ。親父とお袋を乗っけて、飯に連れて行って、初任給全部渡して。今までありがとうって、もう大丈夫だからって。そう言う事がしたかったんすよ」


「素敵な親孝行だと……思いますけど」


 何か問題があったのだろうか?

 唐沢さんと話している時とは違って、とても無表情。

 だからこそ、感情が読めなくてこちらとしては混乱する他ないのだが。


「新しい車を買った、それって社会人にとって数少ない話題になるんすよ。だからですかね? 仕事が終わって、駐車場に戻ってみれば……ガリガリに傷付けられてました」


「え? は? えっと?」


 ちょっと状況が急展開過ぎてついて行けないというか、そんな事あるのって感じなのだが。

 彼は、乾いた笑い声を上げながら。


「そう、普通の反応はそんなんですよ。あり得ねぇ~って思いますよね。でも、ただの悪戯だって言って警察もろくに取り合ってくれませんでした。でも俺、情けなくって。せっかく就職出来た会社で、高卒だから何だって言われて、こんなイジメを受けるんだって両親に知られたく無くて。飯に連れて行く事も、車に乗せてやることも出来ませんでした」


 それだけ言って此方に視線を向けてから、ゲンジさんは促す様な瞳で。


「つまり社会人になったからって、どいつもこいつも大人になる訳じゃないんですよ。ガキみたいな嫌がらせするし、気に入らなければイジメて来るんですよ。それにブチギレて、疑わしい奴を端からボコった結果……俺みたいな中途半端な人間が出来上がった訳です。そっからはクビになったり、転職したり。社会的に言うクズっすね」


 ハハハッと乾いた笑い声を上げながら、彼は再び端末に視線を向けた。

 どこまでも疲れた様な瞳で、涙などとうに乾いてしまったかの様な瞳を。


「社会って、学生の頃思ってたよりつまんねぇなって。会社って、結局こんなもんかぁって思って。そんな時にRedoに参加したんすよ。でもゲーム内でもぜぇんぶ一緒。金の為、自らが有意に立つ為にプレイヤーは固まって動く。集団で一人をボコッたり、リアルの方でリンチしてポイント奪ったり。何処に行っても、結局一緒。そう、思ってました……でも、兄貴とnagumoは違った」


 グッと端末を握り締めながら、彼の視線は鋭くなり。


「nagumoは、マジで武士って感じの態度な上に……弱者は狩らない。俺みたいな奴は、平気で見逃してくれるんですよ。そして兄貴を調べてみれば……ホントビックリしましたよ。アレだけ派手に暴れている賞金首が、殺しを肯定していない人間はサレンダーで逃がす? いやいやあり得ないでしょうって疑いました。でもあぁいう人ほど、仁義ってモノがしっかりしている。この時代には無い何かを持っているって、そう思っちゃうじゃないですか」


 そう言いながら、彼はフレンドリスト見つめ。

 黒獣の状態をチェックしていた。

 もしも彼の身に災いが降りかかった時に、すぐに対処出来るように。


「古臭いって、男臭いって笑われるかもしれないですけど。俺は、そういう人の下に就きたいっす。あの人の下なら、全力で仕事が出来る。あの人の為なら、身を削っても仕事が出来る。そういう人を、俺は見つけたんです。周りからしたら何だお前って思われても、俺は兄貴の手下でも良いから傘下において欲しいって思っちゃいます。人生に疲れた奴ほど、こういう馬鹿な事考えるんですよ」


 そう言って、ジッとRedo端末を見つめるのであった。

 私は、彼の様に強い気持ちを持っているだろうか?

 自らの安全を、どうしても最優先に考えているのではないだろうか?

 人間だから、という意味では仕方ないのかもしれない。

 でも黒獣という旗印の元に集まったのなら、この人くらいの決意を抱くべきではないだろうか?

 それくらいの説得力が、彼の言葉にはあった。

 社会を経験し、その上で自らの求める先に居る人を追う。

 これって、現代社会ではなかなか難しい上に容易には出来ない事なんじゃないか?

 そんな風に思ってしまうと、彼の行動に不思議と共感出来てしまうというか。

 などと、思っていれば。


「ログインしました! 俺、援護に行ってきます!」


「私も行きます!」


「どこですか!? 戦艦を作っても問題無い場所ですか!?」


「あぁくそ、メンドクセェおっさんだな……いっちょ派手にかましてやるか」


 ゲンジさんの声と共に、全員が立ち上がるのであった。

 唐沢さん。

 貴方は、今。

 少なくともコレだけの面々に必要とされていますよ。

 そして、すぐにでも助けに向かおうとするパーティが居ますよ。

 そう、伝えなければ。

 あの人は、すぐに一人で戦おうとしてしまうから。

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