第137話 能力の違い


「隣の部屋に居たのに、私だけ呼ばないというのは如何なものかと」


 翌日、車の中で理沙さんが少々不機嫌になっていた。

 先日の対戦はrabbitが絡まれた事に始まり、俺に連絡を入れた結果部屋に居た巧君も参戦した形。

 なので、理沙さんには関わらせなかった訳だが……流石に良くなかったか。

 とはいえ、彼女の場合は俺達の中で唯一キルログ0なのだ。

 だからこそ、どうしても戦闘に参加しないといけないという場合以外は無理しなくても……とか思ってしまったが。

 ソレはソレ、コレはコレという事だろう。

 まぁそうだよね、パーティ組んでる訳だし。

 “もしも”を考えたら、多分俺でも怒ると思う。

 特に一緒に行動している間なら余計に。


「でも大葉さんの場合は……その、僕達と違って綺麗な存在な訳ですし。だから、その……」


「巧君、そういう話じゃないの。私だってプレイヤーだし、前回だって二人に攻撃指示を出したのは私。だったらもう、綺麗でも何でもない」


 俺の言いたい事を巧君が代弁してくれた訳だが、理沙さんは更に目尻を吊り上げピシャリと言葉を遮った。

 彼女の中でも、以前よりもずっと覚悟が決まっているという事なのだろう。

 だとすれば、守る存在と意識し過ぎるのは失礼に価するのかもしれない。

 RISAというプレイヤーは、既に賞金首やレイドモンスターとも戦闘できる程に卓越しているのだから。


「でもまぁ確かに、RISAが居た方が私やfortは状況把握しやすいのは確かなんだよな。単純に周りを見る目が増えるし、逃げ回る相手を一か所に誘導できる“脚”も持ってる。黒獣の場合、私達とスイッチして戦う感じになるっしょ? 黒獣を銃撃に巻き込んでも平気で生きてそうだから、そこは楽だけど」


 rabbitとしては、理沙さんが戦闘に加わる事は賛成の様だ。

 まぁ確かに、rabbitとfortの組み合わせに俺が合わせられるのかと言われると……ちょっと自信無いけど。

 こういう組み合わせとか戦術を考えるのはescapeの役目だったからな……どうしても、慣れない。


「雫ちゃんもそう言っている事ですし、今度は私も参戦します」


「あぁ……うん、そうだね。確かに俺じゃ、二人が暴れてもポカンと見てる事しか出来なかったし」


「ちゃんと言葉にして下さい唐沢さん、次は私も呼ぶって」


「分かりました……次に戦闘に巻き込まれた場合、理沙さんにもお知らせします……」


 なんかこう、一度何かを決めた女子って強いよね。

 今の理沙さん、これまで以上に圧が強いんだけど。


「んな事よりさぁ、なんかまた渋滞酷くねぇ? 高速道路ってこんなもんなの? トロットロ走りやがって……あぁぁもう面倒クセェなぁ」


 後ろの席からげんなりしたrabbitの声が聞えて来る。

 だが彼女の言う様に、これはちょっと異常というか……まぁ高速なんて、事故でもあればこんなものだが。


「行きはここまででは無かったですよね……普段がどうなのか分からないですけど、こういうモノですか?」


 助手席の巧君も不安そうな声を上げながら、高速道路の事故情報を調べている。

 どうかな、ホント。

 昨日なんか、大事故でもあったんじゃないかって程に渋滞していたし。


「下道に下りようか。あまりにも時間が掛かる様なら、今日もどこかのホテルに泊まろう。リユ、道路状況と照らし合わせて今日移動できそうな距離の計算。それから、俺達が泊っても都合が良さそうなホテルを探してくれ。あとナビ」


『あいあいさー! お任せくださいませぇ!』


 トロトロと移動しながらリユに指示を出し、そのまま高速道路から降りてみれば。

 皆から、何か凄くジッと見つめられている気がする。


「えぇと、何?」


 流石に耐えられなくなり、運転しながらそんな言葉を洩らしてみれば。


「Redo端末って、そんな事までやってくれるモノなんですね……リズ、やって貰って良い?」


『嫌ですよ、それくらいマスターのスマホでも調べられるじゃないですか。それに、Redo端末はゲームの為にほとんどの能力を割いています。リアルの情報は其方でお調べする方が合理的ですよ? それに今は“リユ”が担当しているのですから、私は必要無い筈です』


 理沙さんがそんな声を上げ、相棒である筈のリズが普通に相手の要望を断っているんだが。

 ……うん? どういう事?


「アリス、リユと同じ事って出来る?」


『ごめんねたっくん……そう言う事をすると、著しく端末としての能力が下がっちゃうから、出来ればやって欲しく無いなって。escapeさんから貰ったスマホでやって貰って良い? 緊急だったら、ちゃんとするから。その時は言ってね?』


 どうやら巧君の方のアリスも同じような反応らしく、皆困った顔を浮かべていた。

 今までRedoの端末は非常に便利だ、なんて思っていたけど。

 もしかして、リユが特殊なだけだったりするのだろうか?


「おい“ラビラビ”、お前はどうなんだよ?」


『は? メンドクサイ。自分で出来る事は自分でやりなよご主人様ぁ~』


 初めて声を聞いたが、rabbitの端末は“ラビラビ”と言うらしい。

 ファンシーな名前の割に、態度は物凄く悪いが。


『マッスタァー、良い所見つけましたよ! 山の上に建ってるちょっとお高いホテルで、プレイヤーどころか物理的に人が少ないです。従業員に敵が居ない限り、多分夜は安全ではないかと! 従業員の履歴も可能な限り漁って、プレイヤーの可能性がある人物を探りますので、もう少々お待ちを! あ、高速下りました? 次の交差点右でーす』


 今までの会話を聞いていなかった御様子で、リユが元気に声を上げて来る。

 俺にとってのRedo端末と言えば、コレが普通だ。

 十二分に助けてくれて、リアルの方で仕事の補佐までしてくれる様な。

 まるで一緒に生活している感覚に陥る程、身近に感じる存在。

 それは、特殊な事だったのか?


「リユ……お前は、なんでそこまで俺を助けてくれるんだ?」


 その質問に対し、数秒間リユは黙った後。


『はい? 何を今更。だってこれくらい出来ないと、マスターはすぐ困った顔をするじゃないですか。ジメジメは嫌いなので、私は私で働いてるだけですよ?』


 と、いうことらしい。

 なんというか、もう俺にとってはいつも通りな空気な訳だが。


『何と言っても、マスターは放っておくとすぐ無理をしますからねぇ。いやはや、困ったものです。無理をさせない為には、やはり面倒を見る人間は必要です。いつだって運が悪い上に、不幸を受け入れちゃうとんでもない人ですからね。心配のし過ぎでリユちゃんも過保護になってしまいます』


「ハハッ、随分と頼りになるな」


『ホントですよ! マスターはもっと普段から私に感謝して、私の遊びにも付き合うべきです! 放置されると暇なんですよー! もっと遊びましょうよー!』


 えらく気楽な声を上げて来るリユ。

 周りの反応を含め、改めて違和感を覚えた。

 面倒を見る“人間”は必要、か。

 まるで自らを人間だと認識しているかの様な言葉だ。

 だがリユ自身気が付いていないのか、普通に会話を続けているが。


『三元豚のステーキが出て来るホテルみたいですからね! しっかりと味わって明日に備えて下さい!』


「ホント、このテンションならお前が隣で食ってくれれば、会話に困らなそうなんだけどな」


『キャッ! マスターからまたナンパされちゃった! 浮気! 死刑!』


「判決が速い」


『あ、感想聞かせて下さいね? 美味しかったらレビューしておきます』


「へいへい」


 本当にいつも通り。

 だからこそ不安を煽る……と言う事はないが。

 もしかしたら、何かしら特別な事情があるのかもしれない。

 変にプレイヤーに干渉してくるのもそうだが……度々、リユの言葉と妻の言葉が被るのだ。

 もしかしたら、なんて予想をした所で答えは分からないが。


「リユ、何か音楽流しくれよ」


『はいはーい。最近の流行にも詳しくなりましょうか、人気の音楽でも流しておきますね』


 そんな会話をしながら、俺達はホテルへと向かうのであった。

 特別、その言葉がちょっと嫌いになりそうだ。

 リユは……escapeの様に居なくなったりしないだろうな?

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