第58話 シナリオ


「全く……連日忙しいな」


『お疲れ、黒獣。でも今日は、あの派手な鎧の男は居なかったね。事態が進まないのは、とてもつまらない。もうちょっとしっかりしてくれよ、前衛』


 対戦を終え、道端でスポーツドリンクを飲んでいれば。

 イヤホンマイクからはescapeの声が聞こえて来る。

 本当にもう、コイツは観察と報告はしてくれるけど援護をしてくれない。

 以前の様に武器を使用して助けてくれれば良いものを、なんて恨み言の一つでも言ってみれば。


『あぁ~無理無理。fort相手には、あんなの豆鉄砲だって』


 と言う事らしく、結局俺が近付いて殴る事しか出来ないらしい。

 理不尽だろうが! とか言いたくなるが、コレを言ってしまえば理沙さんさえも戦場に送り込まれ兼ねない。

 ソレが発生した場合、間違いなく守り切れないだろう。

 なので、無理。

 だから此方で対処する他無いのだが……なんだろう、escapeの態度が無性に腹立たしい。


「そっちでどうにか調べられないのか? 凄腕ハッカーなんだろ?」


 とか何とか、煽ってみた結果。

 相手は少々押し黙り。


『少なくない情報は手にしている。けど、アンタに伝える前に処理して欲しかったってのが正直な所かな。全部公になる前に叩き潰してしまえば、お互いにダメージが少ないからね』


「と、言うと?」


 何やら意味深な事を言い始めたescapeは、これまでの事を語り始めた。

 理沙さんがfortの関係者、もしくは本人と既に接触している事。

 そしてソイツの住所なども既に割り出せている事。

 だとすれば、何故此方から仕掛けないのか。

 彼女に危険はないのかと問いただしてみれば。


『相手の特徴が今だ正確に分からない、こちらから攻め入った場合サレンダーを送って来る保証はない。だからこそ、叩き潰せるタイミングでは無いと駄目なんだ。そして何より、RISAだ』


 そこで言葉を切った彼は、一度大きな溜息を溢してから。


『相手は恐らく家庭的な問題を抱えている、更には保護者となる男性と子供の二人暮らし。アンタが持ち帰った情報により、敵は俺を警戒している事は分かっている。だからこそ普通のネットに繋がる様な端末を使用していない。この時点で既に問題なんだよ』


 確かにescapeの事を知っていたら、ただのスマホやパソコンだって使うのが怖くなるだろう。

 ソレは分かる。

 しかしながら、ソレがどう理沙さんと繋がって来るのかが分からない。

 更に言うなら、相手はescapeの特技を知っているからこそ警戒しているだけなのでは?

 そんな風に思ってしまうのだが。


『普通のネットでも確実に手掛かりになりうると知っているのは、現状AKとRISAだけだ。他のプレイヤーは、俺の“実績”を噂程度にしか知らない筈だからね。でも相手はソコを警戒している。つまり俺を直接知らなくても警戒できるくらい情報収集に長けた相手だって事だ。RISAが此方の情報を提供した、という事でもない限りはね』


「彼女が俺達を裏切った、なんて言うつもりか?」


『最後まで話を聞きなよ、黒獣。どれもこれも確証に至らない情報ばかりで、こっちも断言は出来ないんだ』


 勿体ぶった言い回しをしながら、彼は更にため息を吐いて。


『相手は俺がRedoのシステムに手を加えられるって事に気が付いている可能性が高い。そうでないのなら、RISAが未だに無事で居る説明が付かない。賞金首の所持する端末なら、俺の索敵妨害は効いていないと思って良い。そして前回の奴も此方と似た様な事をしていると見た。こっちの索敵を阻害する程度に力はあるって事。であればどうだ? 狙いは俺って話が出てきている以上、RISAや黒獣は手掛かりとして生かしているだけの可能性もある。そしてアンタの予想が全て正しかった場合……全部が悪い方向に向かう』


「俺の予想……fortは子供じゃないかって話か?」


 帰り道を歩きながら、そんな声を溢してみれば。

 彼は何度目か分からないため息をつきながら、此方に画像データを送って来た。

 そして、ソイツを確認してみれば。


『有住 巧、小学生。俺の予想が正しければこの子がfortであり、この前登場したやけに派手なのはこの子の保護者。もっと言うならRedoのシステムを理解した上で、fortというプレイヤーを生み出した可能性すらある。分かるだろ? このゲームにおける鎧は、何の情報を元に生成される? 意図的に環境を作り、都合の良い思考回路に近付け。そして望んだプレイヤーを生み出すには……子供という存在は非常に便利だ』


「狂ってる……」


 思わず、自らのスマホを握りつぶしそうになってしまった。

 その際ポケットに入ったリユから警告が入り、何とか思いとどまったが。

 それでも、これが事実だとすれば。


『そしてもっと悪い事に、その少年とRISAがリアルの方で頻繁に接触している。止めろとは言っておいたけど、あの良い子ちゃんは聞かなかったみたいだね。彼女は劣悪な環境の少年を救う為に行動しているのだろうけど……それは作られた環境。更に言うなら、RISAは相手がfortだという可能性を全く考えていない。コレがどういうことか、分かる?』


「手を差し伸べた相手が……彼女の友人、irisアイリスの仇であると知らない。コレが相手の作戦の内なら彼女が危ない。しかしもしもfortの方も気づいていない、もしくは戦う意思が無いのだとしたら」


『相手も、劣悪な環境で手を差し伸べてくれたただ一人の大人だと感じてみろ。本当に後味が悪い展開だよ。両者にとって救いが無い上、戦った所で誰も救われない。それを安全な場所から管理している奴が居るとしたら? 仕組んだのが人間だったらまだ良いけど。本当に全てが“偶然”だった場合、次に怪しくなってくるのはRedoそのものって事だ。これも、俺の“妄想”にはなってしまうけどね』


 本当に、酷い話もあったモノだ。

 人の関りなんて、俺等が全て予想出来るモノでは無いが。

 もしも狙ってこの形にした奴が居るのなら、ソイツは悪魔だ。

 しかし本当に偶然だと言うのなら、神様って奴こそ悪魔なのだろう。

 以前escapeが言っていた、この世界は作り物なのではないかと言う仮説。

 その話を少しでも信じられた理由、それはリユの妄想話を聞いていたから。

 Redoに参加している間、俺たちの肉体は現実世界から失われゲーム内に囚われる。

 ずっとログインしている状態を保てば常に“向こう側”に居る事も可能なのではないか。

 普通だったら、あり得ない。

 食べる事も、寝る事も、そして水分さえも必要無いなんて。

 生きている人間だったら、絶対あり得ないのだ。

 だからこそもしかしたら、俺達は既に“生きていない”のかもしれない。

 そう思ったからこそ、escapeの仮説にも納得出来た。

 そして今回の件が本当に“偶然”だった場合。


「コレがRedoの用意したシナリオなら、抗う価値はありそうだ」


『ククッ、ハハハッ! そう、それで良い。何処までも抗おう、黒獣。俺達はプレイヤーとして頂点に君臨する事を目的としていない。Redoそのものを調べる為のパーティだ。なら……今回の一件は鍵になるかもしれないよ?』


「それはお前の目的だろうが」


『でも、アンタだって知りたいだろう? なら、協力者だ。何か分かったらまた連絡するよ、それじゃまた』


 それだけ言って、escapeは通話を終えるのであった。

 あぁ、クソだな。

 本当に、クソだ。

 まるで人間の思考を試している様な、そんなイベント。

 偶然という言葉で終わらせるにしては、あまりに酷な繋がり合い。

 コレがRedoの求める先なのであれば、俺は。


『牙を剥きますか? マスター』


 ポケットに入った端末から、そんな声が聞えて来た。

 服の上からソイツを掴み、ギュッと力を入れてから。


「お前はその時、どちらに付く?」


『もちろん、マスターの御傍に。なのでこうして、ポケットにでも入れておいて下さい。ベッド脇に放置されたら、拗ねてしまうかもしれません』


「肝に銘じておくよ」


『はい、お願いします。マスター』


 リユの言葉を聞きながら、再び帰路に着くのであった。

 もう少しくらい、コイツにも付き合ってやっても良いのかもしれないな。

 いざという時、俺の味方になってくれる様に。

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