第25話 待ち合わせ
Redoを起動し瞼を開いてみれば、いつも通り人っ子一人いない世界が広がっていた。
「あぁ……行かなきゃ、駄目だよねぇ……」
『そんな事ばかり言っていると、約束の時間に遅れますよ』
リズからお小言を言われ、ため息を溢してから足に力を入れた。
ダンッ! と音が響く程に踏み出してみれば、景色が早送りの映像の様に流れていく。
普通の人では味わえない、限界を超えた“速さ”。
スキル込みでこの速さだから、常にとはいかないが。
でも私は、この感覚が好きだった。
Redoを始めて良かったと思える、数少ない特権。
私は今、誰よりも速く走る事が出来る。
なんて、思っていられれば良かったのだが。
「お、お待たせしました……」
目的地の公園に到着した時には、私より先に黒獣が到着していた。
いつも見ても怖い。
見た目だけでも威圧している様な物々しい外見に、彼の周囲に纏わりつく“死”の匂い……とでも言えば良いのか。
とにかく普通じゃないって感じがするのだ。
私を三度も助けてくれた相手に、こんな感想を持つのは失礼なのかもしれないが。
それでもやはりこの感覚だけは、いつまで経っても抜けてくれなかった。
「おう、待ってたぞ」
何でもない風に声を返して来る黒獣。
次の瞬間には襲ってくるのではないかと、常にビクビクしてしまう。
思わず相手の間合いに入らない様に距離を置いてしまうが……多分無意味なのだろう。
こんな距離、おそらく彼なら一瞬で詰めて来る。
敵と認識されてしまえば、次の瞬間には私の命は灯火を消すのだ。
そんな怖い相手と、何故あえて対面しているかと言えば。
「あ、あの……このメール。本当に貴方なんですか? その、えっと……」
『マスターの事なら、AKでも黒獣でも好きな様に呼んでくださいな。本人も大して気にしませんので。あ、ちなみに鎧は“スクリーマー”って言います。叫ぶ者、まさにそのまんまですねぇ』
私の声に答えるのは、彼の端末。
以前も思ったが、こちらのリズとは違い随分と緩い雰囲気で喋る子だ。
個体によって性格が違うという話はあったが、ここまで変わるモノなのかと驚いてしまう程。
というか、黒獣とギャップがありすぎて未だに慣れない。
確か“リユ”って言ったっけ。
私の端末がリズで、向こうの端末がリユ。
なんだろう、姉妹か何かかな? とか思っちゃうほどに親近感を覚えてしまうが。
『率直に質問致します、そちらの目的は一体何でしょう? ウチのへっぽこ……ではなくお馬鹿。ゴホンッ、失礼いたしました。ウチのマスターを仲間にした所で、そちらに何のメリットも無い様に思えますが』
「リズ!? 君は私の端末の筈だよねぇ!?」
懐から響く聞き慣れた声が、ナチュラルに罵倒してくるんだが。
というか、黒獣相手にそんな質問を投げて良いのかと内心ドキドキしてしまう。
そんでもって、相手はと言えば。
「目的……目的ねぇ。トラブルには巻き込まれる様だし、餌くらいにはなるんじゃねぇか?」
彼は呆れた雰囲気で、ため息を吐きながらベンチに腰を下ろした。
どこまでも退屈そうに、私と話している事自体がくだらないと思っていそうな態度で。
『まず第一に、先日戦闘した蜘蛛女の情報源として有用だから、です。貴女は彼女と近しい存在ですよね? だからこそ、仲間に引き入れようと考えました。殺すのは簡単ですが、生かしておいた方が幾分か利用価値もある。ここまでは納得して頂けますよね?』
ろくに話そうとしない黒獣に代わって、彼の端末が答えてくれる。
まぁ、予想通りの答えだ。
それ以外に私の利用価値なんかないだろうし、戦闘力では彼の足元にも及ばない。
だったらやはり、私は決めなければいけないのだろう。
紗月を彼に売るか、私が彼と対立するか。
思わずグッと唇に力を入れながら、相手の事を睨んでいれば。
「確かにアイツにはイライラさせられたが……まぁ、良い勉強になった。だが次に勝つのは俺だ、絶対に喰い殺してやる。あぁ、えぇとなんだっけ? 白いお前にはあんまり期待してねぇよ。強くねぇし、面白くねぇからな」
「んなぁ!?」
本当に退屈そうに、欠伸なんかかましながら黒獣がそんな事を言い放った。
分かってはいたけど、正面からこうも貶されると流石にカチンと来る。
とはいえ、反論したりは出来ないが……。
それからやはり、先ほどのメールは彼が送ったものだとは思えない。
もしかして、“リユ”の方が私たちとコンタクトを取ろうと送って来たモノなのか?
なんてことを思いながら、静かに彼を眺めていれば。
『いやぁ申し訳ない、マスターは“こっち側”に来るとガラッと性格が変わっちゃいまして。そちらにもありませんか? 変に気分が高揚したり、普段だったら絶対やらない行動を取ったりと。こちらの場合は鎧が特に特殊でして……今はこんなですけど、普段は真面目で誠実な子なんですよ?』
「お前は俺の保護者か何かか?」
『失礼しました、口が滑りました。なので、鎧姿のまま端末を掴むのは勘弁して頂けるとぉぉぉ! ちょいちょいちょい! 砕けますって! 鎧姿のマスターは握力計を簡単に握りつぶすくらい力があるんですからマジで止めて下さい! ストォォォップ!』
何故かコントの様なやり取りを始めた黒獣とリユだったが、彼が舌打ちを溢しながら鎧の中に端末を仕舞う事で決着がついた様だ。
何だろう、イメージと違うと言うか。
誰かと絡んでいる時の彼は、口は悪いけど“普通”に見える。
先程リユが言っていた様に、戦ってさえいなければもしかして常識人?
とかなんとか、色々想像してしまう訳だが。
『と、とにかくですね……納得しやすいだろう目的としてはそんな所です。そんでもって、本音を言いますと』
「本音……」
ゴクッと唾を呑み込みながら、次の言葉を待ってみれば。
『私としては、Redoプレイヤーの仲間が居た方が情報収集楽なのと。マスター的にも、いざって時の保険はやっぱり必要かなと思いまして。この人常にソロプレイの猪突猛進なので、今の内に少しでも信頼出来そうな人に唾を付けておこうかと。中でもRISAさん、貴方は未だRedoにおいて殺人を犯していない。それはウチのマスターにとって“狩る”対象には――』
「リユ、一旦お喋りは止めだ。お客さんが来たぞ」
説明していたリユの声を遮り、黒獣がベンチから立ち上がって周囲を警戒している。
急に何だ?
Redoを起動しているから、普段以上に強襲の恐れはあるし、確かに警戒するに越したことは無いが。
でもそう言う場合は、端末が教えてくれる筈じゃ――
「あれ?」
首を傾げながらリズを覗き込んでみれば、周囲のプレイヤーリストに……というか、このフィールドにもう一人居る。
対戦という訳でもなくゲームさえ起動していれば、普段より広範囲のプレイヤーを検知出来る。
リズも今までそうやって教えてくれていた訳だし。
さっきまでは私のRISAというプレイヤーネームと、彼のAKという名前が表示されていただけ。
間違いなく、その筈だったのに。
今ではもう一人、“
誰だ、コイツは。
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