12話 底辺の意地
「うっま!?」
「ナイス!悠太!」
隣で成田と渡辺の反応を聞きながら、
牧田大二郎は試合を観戦していた。
さっきまでの冷たい空気とは打って変わり、
熱を持った空気が場を支配する。
その空気を一瞬にして作り出した二人は、
静かにハイタッチを交わしていた。
「もうちょい優しくできないの?
危なかったんだけどなー」
「とか言ってしっかり決めてるくせに、
よく言うよほんと。このイケメン」
1組から歓声が起きる。
ただ点を決めたわけではない。
相手の本気のプレーに対して、
足りない実力を補う為、先読みによる
完璧なタイミングのカバーで対応。
その後、
相手が使ってきた技で抜き去り、
あまつさえ誰も予想できない場所にパスを出し、ゴールを生んだ。
あらかじめ敵を左に寄せていたこともそう。
そして何より、
この一連のプレーを素人がやったということ
その意外性がさらに熱を生み出していく。
大二郎は静かにその二人のうち、
髪が長い少年を静かに見据える。
昔、確かにこの目で見たことがあると言っても、高揚せずにはいられなかった。
(周りを焚き付ける天才、か)
決して言葉ではない。
いつだってそうだった。
プレーで、背中で彼は魅せてくれる。
自分は勝つ気だと。
諦めていないと。
だからこそ自分も諦められない
彼と一緒にバカをしたくなる。
そして1組の誰もが望み始めていく
ここからの逆転劇を。
もっと彼が見たいと
「さぁ行くぞ。
こっからが正念場だ!!」
「舐めやがってッッ、
1組ごときがッ」
試合が再開され、
4組のバスケ部が切り込んでいく。
先ほどと同様、そのドリブルに落ち着いて
対応する木村。
「負けらんねぇんだわ!
あんなこと言われた後なら尚更!」
「クソッ」
「こっちに出せ!」
一人がコースに入り、フォローに入る。
フェイントを織り交ぜながら思考する。
ここで強引に抜け出せたとしても
後ろでまたアイツが待機している。
ならパスで、
「ほらよ!」
「なるほどねぇ」
だがそのパスは通らなかった
爽やかな少年がパスと同時に
体を滑り込ませパスカット。
「確かに落ち着いたらある程度は
いけるね、ほいっ工藤君」
「ナイスカット悠太っ」
悠太と呼ばれた男は、
工藤と呼ばれた男にパスを出す。
「勇人!こっち!」
「あいよっ!」
木村が左ではなく右に切り込んでいく。
その途中、4組のメンバーが止めに行くが、
「木村君!こっち」
「木村!後ろ見ろ!」
工藤と悠太がフォローに入り、
簡単に取ることができない。
悠太の方ならまだしも、
工藤の方が動き方に一貫性がなく、
読み切ることができない。
それに、
「よっと!」
工藤に注視してしまうと、
木村自身に抜かれる。
さっきまでのドリブルと全然違う。
ただ右や左に走るだけではない。
体重移動、重心、目の向き、
体の向き、全てを意識するように
ドリブルできている。
もはや素人の動きではない。
そのまま右から切り込み、
レイアップを決める。
「しゃっ!!見たか勇人!!」
「ナイス木村!」
まるで別物。
人が丸ごと入れ替わったようなレベルで
プレーが違う。
そして
「工藤君!」
「こっちだ勇人!」
「おっけーおっけーっ」
いつだって中心にいるこの男の戦い方。
視野が広い、なんてレベルじゃない。
「な!?」
「あえ!?俺じゃない?」
「ナイスっ、」
木村と悠太も呆気に取られる。
二人が自分のゴールを狙う中、
工藤自身が空いたスペースに切り込んでく。
その後、二人のどちらかにパスするかと
読んでいた4組も騙される。
後ろの方から走ってきていた、
佐伯という男子が、
工藤と逆に走り込んでいた。
そして工藤は、そのまま前を向いたまま
左にビハインドパスをした。
そのまま左からレイアップを決められる。
「ナイスパス工藤君!」
「おう!そっちこそナイスランだったぞ!」
信頼しているもの同士のパス、
お互い本気でやっていることを理解しているからこそできる連携。
工藤勇人はその連携を
他の4人全員とやりきっている。
5人が全員勝つ気だからこそできる連携
今の空気を作り出した張本人。
(こいつほんとに素人なのか・・?)
身震いする。
プレーの質だったり、動き方
常に相手の逆をつくような戦い方
自分の考えが全て読まれているような感覚。
自分や味方を使いスペースやコースを作ることで、他4人が暴れることができる環境を
作りだしている。
着実にまた一つ
4組は追い詰められていく。
(やりやすい・・)
鹿島悠太は、パスを出し、
工藤が作り上げたスペースを活用しながら
考えていた。
先程まで、
まるで分からなかった勝利のイメージが
今はある程度分かる。
どこをつけば、誰がどのように動いて、
誰かが動けば、また違う誰かが動く。
きっと彼にはこれ以上、鮮明に
勝利のイメージが思い描けているんだろう。
(あったま良いなぁ工藤君・・・)
心の底からそう思った。
元々佐藤由紀から話を聞いた感じ、
頭を使ってプレーしていることは分かっていたが、想像を超えている。
かなり場慣れしている。
足りない実力差を埋めるための方法、
それを彼は知り尽くしている。
現に今、脅威であった相手のドリブルをある程度封じ込めている。
それぞれの距離感。
ディフェンスをする際、味方との距離感を
縮めることで、ドリブルするスペースを
減らし、または誘導している。
相手がドリブルで抜いてきたとしても、
すぐ他の誰かがカバーできるような距離。
そして1on1の守り方。
無理にボールを取らず、抜かさない為の
ディフェンス。
その結果、相手が痺れを切らして無理やりドリブルしてきたところを狩る。
取られそうなところで相手がパスを出したとしても、広い視野を持って周りを見続ける
工藤がそれをカット、
完璧なタイミングで間に入る。
それに。
「うックソッ!」
「うっし!」
単純にディフェンスのクオリティが高い。
バスケ部でもないのに。
実力の壁、経験の壁を、
彼は持っているあらゆる能力を総動員して埋めている。
視野、身体能力、身体の使い方、
先読みできる頭の良さ。
時には味方を使いながら有利にことを
進める指揮能力。
そしてその能力は、彼が努力して身につけたものだとわかる。
彼が最初から強ければ
あれだけ佐藤由紀は熱中していない。
あれだけ熱弁しない。
ただ、そう。
圧倒的な差を埋めるだけの努力と苦難、
それを見ていた佐藤由紀から
話を聞き、実際に見た事で確信した。
彼が生み出す熱の凄さを
今この試合は、彼が中心で回っている。
(そりゃあ有名になるし、
佐藤さんがあれだけ熱弁するわけだ)
サッカーではないバスケでこの強さ。
もしこれがサッカーなら・・・
「よしっ!」
「ナイス!」
そして今しがた
工藤君からのパスを受けた音村君が
点を決める、再びこちらに点が入った。
これで11対11、横並びに戻る。
自分の心をこの場の熱が満たしていく。
テニスをしているときのような感覚。
高揚していく自分と同じように、
この場にいる人間全員が熱に浮かされている
いつのまにか冷え切った空気は消え失せ、
気づけばそこは、
どこまでも純粋な
勝負の場と化していた。
(負けらんねぇ)
木村大樹はその意思を強く持ち、
目の前の敵を抜き去る。
先ほどとは別物。
ただなんとなくで体を動かしていた時とは
違う。
体の向きや目線、体重移動。
それらを駆使した上でフェイントを織り交ぜ
ドリブルをする。
その戦い方を教えてくれた男を
思い出しながら。
『もっと頭使いながら戦うんだよ
相手にとっての嫌なコースとか、
体の向きとか姿勢をフェイクにするとか』
『フェイクにする?』
『そう。当然、視線が左に向いていれば、
相手はそこを警戒してくる。
でも、そこを警戒してくるってことは
他の注意が逸れるわけだ。
そんな感じで、相手の注意を色んな場所に
散漫させることで、相手の体を動かすんだ
相手の体が動けば、空いたスペースに
こっちのチームのやつがいけばパスが
出せる。逆にそのパスをフェイントにして
逆方向にドリブルもできるかもしれない。
そんな感じだ。』
『でも、そんなうまくいくか?
相手はバスケ部だぞ?』
『そのために、俺含めた他の4人が動き回る。
いつだって最低でもパスが出せるような
状況を作る。逆に敵はそのパスを警戒する
からそれも使う。
言ってしまえば、警戒した分だけ
他の警戒が遅れる。そこを徹底的につく』
そう言った男、勇人は見事に有言実行を
果たしていた。
相手の警戒という部分をつき、
これでもかというほどに相手の逆をつく。
それによって崩された相手のバランスを、
時には自分を囮にしながらついていく。
勇人や悠太、自分は警戒されるが、
その分だけ後ろの二人、
佐伯と音村は警戒が緩い。
だからこそ、その二人を使ったり、
その二人すらも囮にして勇人が決める。
そして今は、
「木村こっち!」
「行かせねぇよお前は!」
勇人をマークしていた一人ともう一人が
勇人を警戒する。
その一人分、警戒が緩む。
その空いたスペースを活用し、
ドリブルで切り込む。
レイアップをしようとしたところで
非バスケ部が止めにくる。
右か左か、そう考えた後思いつく。
そのまま左に切り込む、
だが視線が左に向いていたのがバレたのか、
完璧に読まれる。
食い付いた!
木村はそのまま右にパスを出した。
少し前に、勇人が魅せたノールックパス。
右に一切視線を向けていないので、
誰かいるかも分からない。だが、
(いるはずだ、あいつなら。予測してるはず
勇人と俺が左に人を集めた。
この状況ならきっと!)
そしてそこには予測通り、
爽やかな少年が丁度、そのパスを
走りながら受け取った。
「かっこいいねノールック。
僕もやろうかな?」
そういいながらも右にいた一人を
少し強引に抜き去りレイアップを決めた。
「あと一回だ・・・
あと一回ゴールに入れれば、
俺たちの勝ちだ。」
そういって俺、工藤勇人は
改めて気を引き締める。
さっきの悠太のレイアップで13点目。
11対13で逆転を為し遂げ、
あと残り2点まで来た。
「絶対勝とうぜ!」
「「「「おう!!」」」」
1組の方から大きな歓声と
応援の声が聞こえてくる。
その一人には佐藤さんがいた。
「頑張って〜!!工藤く〜ん!!」
大声で応援してくれる佐藤さんと、
その隣で静かに頷いてくれる浅野さん。
やめて佐藤さん恥ずかしい
大声で名前呼ばないで・・
「工藤くーん?モテるねぇ」
「うっせぇ!しばくぞイケメン!」
珍しく悠太が揶揄ってくる。
気分が高揚しているからか、少し顔が赤い。
「尚更負けられないね、あれは」
「だな。よし!行くか!」
そうして試合が再開された。
「クソッなんで、、
なんで1組なんかに、なんで底辺なんかに」
相手のPGの奴が悪態をついてくる
それを聞きながら冷静にマッチアップ、
同じように距離を取り、相手に抜かれないように立ち回る。
「経験者なんだろお前?
じゃねぇと説明つかねぇぞあのプレー」
どうやら疑っているようだ
「いんや?初心者だぞ。
でもな・・」
「うっ!」
そういって距離を自ら詰める。
今までこちらから距離を詰めることは
なかった。無理にボールを奪おうとすれば
簡単に抜かれるからだ。
そしてそれを承知で相手も前のめりにプレーをしていた
だが、その距離を詰めることは相手も
想定外、動揺による隙が生まれる。
一瞬の動揺
その一瞬の体の硬直が勝敗を分けることは、
俺も嫌というほど知っている。
「『圧倒的な格上と戦う経験』なら、
俺の方が上かもな?」
「なっ!?」
こちとらこのちっせえ身体で一人戦ってきたんだ
今更ビビるかよ!
相手からボールを奪ったあと、
声が聞こえてくる。
「工藤君!」
「勇人!よこせ!」
「工藤君!こっち!」
「工藤君!俺に出して!」
4人からそれぞれ声が聞こえてくる。
俺から佐伯君に、
佐伯君から木村に、
木村から音村君に、
音村君から悠太にボールが流れる。
「打たせねえ!」
「ちぇっ」
悠太がミドルレンジからシュートしようとしたところにディフェンスが入り込む。
張り付くようなディフェンス。
それに気づいた悠太は、
すぐさま飛んだ。
しかしシュートではなくフェイク。
飛びながら体の後ろに手を回し、パスを出す。
「決めてよ、キャプテン」
そうして中央に飛んできたボールを掴み、
俺はすぐさま跳躍する。
「了解、エース」
もらうぜ
ラストゴール
少年が放ったボールは
弧を描くようにリングに吸い込まれた。
11対15
試合の終了を告げるように
授業のチャイムが体育館に鳴り響く。
しかし
「しゃっおらぁぁ!!」
少年の叫びと、
観客の歓声で、
もはやそのチャイムは聞こえなくなっていた
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