Part,21 Karaoke
入学式、様々な
「じゃ、今日は解散!」
健次郎がそう言うと、皆揃ってスマートフォンを触り始める。何のために触るのかはわからない。ほぼ症状のようなものである。が、それでも皆はスマートフォンをやめようとはしない。なぜなら、スマートフォンがなければ生きていけないから。光斬はその中で数少ない、スマートフォンを触らずに過ごす珍しい人間だった。その理由とは――。
(スマホ買ったはいいものの、ネセントはそもそも無くても生きていけるタイプだしな……。あいつの目の前でスマホ弄ってたら気まずくなる……)
まずまず文化から異なるフェミーバーの、その姫と来た。スマートフォンなどかけ離れたものだろうと光斬は考えていた。
そのネセントを見ると、不器用ながらもスマートフォンを使う健気な姿があった。「何故そんなにも健気に使うのか」と聞かれるものなら、「いつでも連絡を取れるものなのなら、光斬といつでも連絡を取れるということ」と、かなり偏った考えから生まれた行動だった。
「光斬ー」
後ろから聞こえる、さっき聞いた明るい声。紗葵だ。光斬は振り返って「んぁい」と適当な返事をすると、紗葵は既にQRコードが映されていたスマートフォンの画面を見せつける。
「連絡先交換しよ」
「OK」
光斬はすぐにそれを読み取り、連絡先を手馴れた手つきで交換する。
「ついでにこれにも入っといて」
紗葵は光斬に招待コードを送る。その瞬間に光斬は意図を理解し、送られた招待コードを使ってクラスチャットに入る。
「もうこんなに入れたのかよ」
人数が書かれたところを見ると、「18」と書かれていた。終礼が終わって放課後が始まってまだ間もないが、もうクラスの2分の1を集めていた。その行動力に光斬は驚きながらも、また手馴れた手つきでネセントにクラスチャットの招待コードを送った。
「この後カラオケ行くんだけど、来る?」
愛華が唐突に誘ってきた。対象は恐らく、光斬と紗葵だろう。
「予定見てもいい? 俺この後何かあるかもしれん」
「わかった」
光斬はすぐに神の代行者用の端末に持ち替え、風葉に連絡する。
《この後ってなにか任務ありましたっけ?》
送ると、2秒ほどで既読がついた。
《なかった気がする》
《何か遊びでも誘われた?》
風葉は見透かすように返事を返す。が、光斬はそんなことなど気にしてなかった。
「なかったわ。カラオケ行く」
「いいねぇ」
愛華はその場のノリで返事をすると、光斬と愛華は紗葵の方を向く。
「で、紗葵は?」
一緒に聞くと、紗葵は自信満々に答える。
「行けます」
3人はハイタッチをして、カラオケに行くことになった。
一方、ネセントはネセントでかなりのクラスメイトと連絡先交換をすることができた。そして光斬の方を見ると、丁度ハイタッチをしているところだった。
(何してるんだろ……)
ネセントは光斬の元に静かに近づき、背後に迫ったところで思いっきりおんぶされるような形で抱きつく。
「何してるの?」
「うおぉ!! びっくりしたぁ!!」
急に現れた彼女にしっかり驚いた光斬は、驚いた時のインパクトが強すぎたために、彼女の発言を全く聞き取ることができなかった。
「で、なんだ?」
「いや、楽しそうだから何してるんだろ? って」
「なるほどな。俺ら今からカラオケ行こうかなって」
「カラオケ……」
カラオケ。正式名称は空オーケストラ。1980年代には既に普及しており、日本の音楽最盛期を築いた大きなキーとなった、とても文化的に重要なものである。また、英語で表しても「karaoke」と表されるように、日本発祥であると世界的に理解されている。
カラオケをネセントは知らなかった。ネセントが育った月にはカラオケなどという大衆文化は存在しておらず、文化的には地球とかけ離れたものとなっていた。そのため、ネセントは彼の言う「カラオケに行く」の意味がわからずにいた。――が、ネセントにとってカラオケが何なのかはあまり重要ではなかった。
「光斬にとって、カラオケは楽しい?」
「まあな。ストレス発散できたりして、仲も深められるし楽しいな」
光斬が楽しいと思うかどうかが重要だった。光斬が楽しくないと思えば、それはネセントにとって楽しくないと思ってしまう可能性が高い。それは、先に文化に触れた者が感じ、楽しいと思えばその文化は続き、楽しくないと思えばその文化はいずれ廃れていく。その摂理と同じである。わざわざ楽しくないものを続けるのは文化的なリソースの無駄であり、より新しい文化に重点をシフトさせた方が良い。ネセントは光斬を通じてその考えに辿り着き、考えをまとめた。
「なあ、こいつも一緒に連れてってもいい?」
「え? 全然いいよ。逆に大歓迎!」
愛華がそう言うと、ネセントは少し笑みを浮かべた。
――――――――――――――――――――――
移動中、ネセントは光斬にカラオケについて聞いていた。
「ねぇ」
「どした?」
「カラオケって何?」
「あー。そう言えば、あそこにカラオケはないか」
「文化がそこまで発展しなかったからね」
「まあ……。簡潔に言うと、歌を歌う場所だな」
「歌を歌う場所……。歌は月にもあったよ」
「そうなのか。じゃあそれをマイクに向かって歌って、機械が自動で採点してくれるんだよ」
「へぇー……。機械ってそんな採点もできるんだ」
「まあ、あれはインチキだと思うけど」
「インチキ?」
「ああ。声の深さとかがしっかりあって、表現力もある人より、音程に合わせるだけ、ビブラートやらを適当に出すだけのやつの方が採点が高かったりするしな」
「まあ、その辺は成長途中の機械だから仕方ないんじゃない?」
「そういうもんか」
「そういうものだよ」
――――――――――――――――――――――
「え、ネセントちゃん歌上手くない!?」
「なんか、プロの歌手っぽい?」
「所作も綺麗というかなんと言うか……」
「姫様?」
(姫様なんだよなぁ……。結構リアルに……)
愛華と紗葵は、ネセントが歌っているところを見てビックリしていた。無論、光斬もだ。驚きすぎて正気に戻っているが。
歌い終えたネセントは、すぐにくるりと回転しみんなの方を向く。
「テレビで何回か聞いたくらいだったんですけど……、大丈夫でした?」
「全然大丈夫。これで大丈夫じゃなかったら神経疑うよこの機械」
採点結果がモニターに表示される。点数は97.105点。かなり高い点数だ。
「いやうますぎでしょ。歌い慣れてなくてこれは……」
「俺の立場ないんだが?」
光斬も何曲か歌ったが、点数は全てそこまで高くはなかった(89.517点)。
――――――――――――――――――――――
「いやー、カラオケ楽しかったね」
紗葵はカラオケを終えてから、ずっとこの言葉を口にしている。それほど楽しかったのだろう。
「じゃあ、今日はこれで解散かな」
「OK。フェミーバーにだけは気をつけろよ」
「大丈夫。家近所だから」
愛華は光斬に心配させまいと家の場所を曖昧に伝え、そのまま帰路に着いた。紗葵も地下鉄のホームへ降りていく。
「……ネセント」
「わかってる。それぞれの家、送っていこう」
「俺は電車慣れてるから紗葵の方」
「じゃあ私は愛華ちゃんの方だね」
短く会話を済ませ、2人はそれぞれの後を追った。
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