帰宅
その後、会場を含む一帯は駆けつけた騎士団によって制圧された。
しかし、既に現場は間抜けの殻。残されたのは私を含む十数頭の馬だけだった。
事務所は焼失し、証拠になるような物は何一つ見つからなかったらしい。
完璧な逃走ぶり、尻尾をつかむのも難しいだろう。
そして、アシュが救出されたそうだ。
森の中で倒れているのを発見されたらしい。
良かった。見舞いをしたいところだが、馬ではどうしようもない。
アシュの年齢は、元16歳の私と同じか少し若いと思う。その歳の割には超越した身体能力を持っているが、無理に大人っぽく振る舞っているところとか、何というか風貌に既視感があった。
まるで少し前の自分を見ているような。
そして、私は彼女に興味がある。
私は彼女の心が読めるらしいのだ。
厳密に言えば、彼女が強く思った言葉が聞こえる。
それが分かったのは、アシュが馬房の掃除に連れてこられたとき。
ー・ー
そこは草かけ暴れ馬のっ。
アシュに怪我でもさせる気か。
“かっ、かっこいい…。”
なんだ今の声は。頭に直接響いてきた。
誰だ。ここの誰一人、口を開いていない。
んん?
脳内に次々と流れ込んでくる早口言葉。
“・・・ああ、なんてたくましいの。その鍛え上げられた胸筋、太腿。それでいて一歳にもなっていないなんて!・・・”
馬の前には恍惚とした表情を浮かべたアシュが立っていた。
今のはアシュの…なのか。
あの、おっさんに小刀を向けた、女子の私でもかっこいいと思った、アシュなのか。
ー・-
今でも信じることが出来ない。
だから会いたい。確かめたい。
この異世界にも馬オタクが存在すると!
ー・-・-
「ブチちゃんっ!」
「ミア、お水とご飯を持ってきてあげなさい。」
「うん。きっとお腹すいてるもんね。食いしん坊さんだから。」
騎士団から私を引き取りに来たゲルタさんは、前にも増してすっかりやつれていた。
感覚が狂って分からなかったが、私は半月以上も失踪していたらしい。
農場に帰った時、ミアは馬房から飛び出してきた。
殴られはしなかったが、肩が涙でべちょべちょになってしまった。
「ブチちゃん、これおばちゃんのレタスだよー。いっぱい食べてね。」
ミア、ありがとう。
久しぶりの我が家、久しぶりの幼じょっ、ゴホン。家族!
「モーッ!」
タレ君も心配かけたね。
私は今、とっても幸せだ。
異世界に馬として生まれ変わり、変なスキルが発覚して、立て続けに事件に巻き込まれて。
でもこうして生きている。馬生は思ったより悪くないかもしれない。
「あっ、マリアナだ!」
そうだ、挨拶が遅れてしまった。
ただいま!お母さん!
えっ。
ドーン、グハッ、ドサッ。
横腹に強烈な一撃を食らった。
酷いよ、何するんだよ娘に向かって…っ。
ペロン、ペロン…。
…ごめんなさい、お母さん。
そして、ありがとう。
しばらくは変に動き回らないようにしよう。
もうあんな目に遭うのは嫌だ。
私はのびのびスローライフを送るために生まれ変わったのだから。
いやいや忘れてはいけない。
スキルが分かったとき私は誓った、競走馬になると。
絶対になってみせる。そう望まれたからじゃない。
ここには、私がいなくなってこんなにも心配してくれるミアたちがいる。
その笑顔を守るためならなんだってできる。
自分が望むから夢を追いかけるんだ。
ー・ー・-
疲れているだろうからと、練習は二週間後に再開されることとなった。
またパパの奇行が見られるのか…。
でもそろそろ本格的にやらないと。
新馬戦まで後一年だ。
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